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94.本当の自分
しおりを挟む「……ほら、ヤツィルダ。つべこべ言わず、俺と一緒に来い。これ以上、レイドを待たせたくない。それは、ヤツィルダだって同じ思いだろ?」
ヤツィルダの情報が必要だったとはいえ。今も苦しんでいるレイドを、俺は早く解放してやりたい。
ヤツィルダは、顔を覆っていた手をゆっくりと下ろし。レイドを視界に入れ、『うん……』と涙をぐしぐしと拭った後。
俺を、心配そうに見た。
『でも、本当に良いのか? 俺の記憶が全部入ったら、ヤマダ自身じゃなくなるかもしれないんだぞ……?』
ん? 俺自身じゃなくなる……? なんだ、それ?
「なに、言ってんだ? ヤツィルダは俺だろ? 何で、俺自身の記憶が入って、俺じゃなくなるんだよ? むしろ、それで……やっと俺に戻れる」
ヤツィルダは何かを納得したように、表情を緩めた。
『はははっ! やっぱり、ヤマダは俺だな~! 考え方が、俺とそっくりだ』
「何を、今更言ってんだよっ! 俺なんだから、当たり前だろ。……ってか、俺俺言ってさ。俺、混乱して来たんだけど?」
『あ、奇遇だな? 俺もだ』
それで何だか肩の力が抜け。俺がフゥ~とため息を吐くと同時に、ヤツィルダもため息を吐いていて。顔を見合わせ、お互いに苦笑いした。
――俺は、自分と同じ姿のヤツィルダに手を差し出す。
「ヤツィルダ、手を」
『うん……』
差し出した俺の手に、ヤツィルダがおずおずと手を乗せた――――。
「ぅっ……! うぅっ!!」
莫大な歳月の記憶が、俺へと流れ込んできて……それに頭の中を掻き回されているようだ。
『ヤマダ……』
掠れたような声を出したヤツィルダを、何とか視界に入れる。
ヤツィルダは、酷く申し訳なさそうな顔をして俺を見ていた。
「そんな、顔、すんなよ。さっき、言ったばっか……だろ? やっと、俺に……戻れ、るんだ」
それでも、その表情を崩さないヤツィルダの手を離し――ぎゅうっと、その身体ごと強く抱き締めた。
触れる面積が広くなったからか、流れてくる記憶が急速なものとなる。
『ヤマダ……。俺、お前に惚れそう』
「は、ははっ! それ、い、いな……。自分、自身に、惚れる、なんて、いい経験だよっ!」
――ヤツィルダも、俺の背に腕を回してきて。強く抱き締め返された。
『ヤマダ、ありがとな』
ヤツィルダがそう言った瞬間――欠けていた何かが、カチリと埋まったような感覚がした。
********
「ああ、そうだったな……。ヤツィルダ――いや、俺はこうだった」
まだ少し、頭の中が回っている感覚はするが。俺の、全ての記憶が戻ってきた。
だからといって、その【ヤツィルダ】として生きていた、前世の俺だけではなく。
前の世界や、核としての【ヤマダ】として生きていた記憶、考えも俺の中にしっかりと根付いている。
……でも、自分に惚れるとか言ったのは、今はちょっと恥ずかしい。なんか、一人芝居みたいじゃん。
「――……なんだか、う~ん。やっぱり、やっと戻ってきたって感覚だな……。まさか、元々戻るべくして、ヤツィルダとして生きていた時の記憶が残されていた、とか?」
俺があのまま逝きたくないと思ったから、意識や記憶がレイドの中に入っていたんだと……無理やり納得していた。でも、レイドの中に入った原理は、いくら考えてもよく分からない。
まさか、全てこうなることが分かっていた誰かが――いや、そんな先の未来が分かるわけないか……。
もっと、考えたいことは山ほどあるが……。今は、先にやらなきゃならないことが目の前にある――。
「よ~し! いっちょやるか!!」
俺は、視線を下に向け。未だ、俺らしき骨を抱えているレイドの肩を――おもいっきり掴んで、揺らしまくった。
お、良かった! ヤツィルダとしての意識や記憶と混ざっても、レイドに触れられてるってことは……ちゃんと現世の俺だって認識されてる証拠だな。
「お~~いっ!! レイド、目を醒ませ~~~!! お~~いっ!!」
「――うぅ……? な、なん……だ?」
レイドは揺らされながらも、俺の方へと顔を向け。キョトンとした表情を浮かべた。
「目が醒めた? おはよう!!」
「え……? ヤ、ヤマダ? え、これは……何だ? 俺は、一体、何をして……?」
レイドは周りを見渡し。それから、自分の抱えていたものに気が付き、驚いている様子だった。
そりゃそうだ。意識が戻った途端、俺に揺らされまくり、更には自分の腕に人骨を抱えてるんだもんな~。もし俺だったら、飛び上がって驚く自信がある。
見たところ、レイドは泣いていたことを覚えていないみたいだな……。俺が来た事で、この世界を否定したからか?
魔術塔内に骸骨がゴロゴロしてるなんて、あり得ないもんな~っと思って辺りを見る。
すると、クリムルのお酒を入れている煌びやかな棚が目に入った。
それで、俺はずっとレイドに言ってやりたかったことを思い出す。
「レイド、お前さ~! せっかく、お前の為にクリムルのお酒用意したのに、何で確認すらしてないんだよ!! 飲まないにせよ、引き出しを開けるくらいはしろよなっ!」
幻と言われるクリムルのお酒は、色々な伝手を得て漸く手に入った代物だった。
まぁ~、レイドを魔術塔に引き入れるっていう、下心があったから用意したんだけど。
「……え?」
レイドは、目を見開いて俺を凝視していた。
ん? あ、ヤベ……! レイドに、ヤツィルダの意識やら記憶やらの状況説明もせず、普通にその会話から入っちゃったわ。とりあえず、軽く説明しとくか。
「え~と……。なんか、ヤツィルダの時の意識とか記憶みたいなのが、レイドの中に入っちゃってたみたいで……。それと、一緒になった……みたいな? ん~……なんて説明すれば――うわっ!?」
レイドに腕を強く引かれ、身体を搔き抱かれた。
「――ヤツィルダっ!! すまなかった……っ!! 俺の、俺のせいで……」
レイドは身体をブルブルと震わせ、嗚咽を漏らし泣いている。
「レイド……」
レイド……。せっかく意識が戻ったのに、またそんな風に泣いて……。
「むしろ……。俺のほうが、レイドに謝らなきゃならない。あの後の事を、全て丸投げした形になっちまったからな……。ごめんな、レイド。責任を負わせるようなことをして、お前を酷く苦しめちゃって……」
「それはいいんだ……。ヤツィルダのお陰で、魔術塔の者達と知り合えた。とても、良い者達だった。きっと、ヤツィルダが塔主だから……そのような者が集まるんだろうな」
そう、レイドから言われたことで……。何だか、色々なことが頭の中に巡ってきた。
魔術塔という組織を作って、人を勧誘した時のこと。初めの頃は馬鹿にされていて、上手くいかなかった時のこと。こんな俺の元についていきたいと言ってくれた子達が、魔術塔に来た時のこと――。
それらの記憶を思い出せて。嬉しさと寂しさが混ざったような、感情がぶわりと溢れ出てくる。
ヤマダだけの時は、記憶がないからだろう。どこか他人事のような気持ちが大きかったけど……今は違う。
「――レイド、ありがと、な……」
俺の記憶にある、大切な人達を。レイドも大切に思ってくれていたことが、その言葉から分かり。胸に温かいものが広がる。
それから直ぐ、ふわりと意識が浮かび。何かに引き寄せられた感覚がした。
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