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92.鏡写しな人物

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「――んだ。……俺は、失敗してしまったんだ。……俺は、失敗してしまったんだ」

 レイドは『失敗してしまった』と、繰り返し言葉を発している。

「おい! レイドっ!! 俺は、ここにいるっ! 失敗なんかしてないぞ!!」

 レイドの肩に触れようとし――バチンッと、何かに弾かれる。

「はぁ!? な、なんだ……これ?」

 レイドの周りに、透明な壁があるかのように。何度触れようとしても、それに弾かれてしまう。
 試しに魔法を撃っても、同じく弾かれた。


「ど、どうすりゃいいんだ? レイド、俺の声が聞こえてないみたいだし……。まさか、これって……黒の禁術機の能力か? 苦しい記憶を見せるとか聞いてたのに……これって、一体――」
『ん~、それってさ……憶測だよな? だって、万全な力を持ってた状態の、黒い禁術機の術にかかって生き残った人達っていないだろ? だから、苦しい記憶のままで固定。または、事実を最悪なものにねじ曲げたりして、悪夢の続きを見せるんじゃないか? 多分だけど、全ての禁術機には何かしらの隠された力があって……その力は弱体化や破壊していても絶対に解析出来ないもの! みたいなさ~』
「……ああっ! そうか!! だったら、この状況は納得だ。絶対おかしいからな、こんなじょ……――ぁああ? へ……?」

 ん? あれ? 俺、誰と話して……?

 バッと振り返る。
 ――鏡写しのように俺そっくりな人物が、ニッコリと笑って近くに立っていた。

「……ええっ!? お、俺ぇ?」
『やぁ! やぁ! ――初めまして、俺!』


 目の前の人物は、シュパッ! と手を上げ。まるで親しい友に会ったかのように、明るく俺に挨拶をした。



 ********


「え~と、じゃあ……。そのヤツィルダが消える時に、意識だけがレイドの中に入った状態……ってことか?」
『そう、そう! とはいっても、ヤマダと共鳴して俺が浮き彫りになったから、別にず~~っとレイドの私生活見てたわけじゃないぞ! レイドがヤマダと一緒にいない時は、俺の意識は眠ってるんだ。ほらっ! ヤマダの魂が、前世の記憶を呼び覚ます、みたいな? あくまでも、魂の無い意識だけの存在だからな~! なんか、俺って凄くない? あははははっ!!』

 色々とややこしいから、お互いに【ヤツィルダ】と【ヤマダ】で呼び合うようにし。今の状態を打開出来る可能性のある、ヤツィルダと会話をすることにした。

 ヤツィルダは転生したのに、何故ここにいるかというと――『レイドに、最後の言葉を言えなかったことが心残りだったのかもしれないな~?』と言っていて。自分でも良く分かっていないようだった。

「ん~? 俺は、前の世界での記憶が強いからか……。それが、どう凄いのかがさっぱりなんだよな~」

 ヤツィルダが、首を傾げて。ああっ! という声を出した。

『そうか、ヤマダは前の記憶を持ったままだもんな~! そっちの世界には、そっちの常識があるかもなんだけど……。ヤマダは、元々こっちの人間の魂だし。輪廻もこっち側の流れだと思うから、一応、教えとくな? まあ、あくまでも語り継がれてる話だから……話半分で聞いてくれ』
「お、おお!」

 なんだか、自分にそっくりな姿の人に教えられるのって、不思議な気分になるな。

『そんなに難しく考えなくて良いんだけどな。魂が新しい生命に生まれる輪廻の道に流されているにつれて、記憶が洗われるんだ。だから、生まれ変わった時には前世での記憶は綺麗さっぱり消えてるってこと。ヤマダが前の世界でのことを覚えてるのも、その輪廻の流れに乗ってないからじゃないかな?』

 あ、こういう話は、前の世界でも聞いたことあったな。
 ただ、ヤツィルダが言っているように、語り継がれている程に常識としては言われていなかったけど……。

 それで、何でヤツィルダは自分が凄いって言ってたか。これを聞いて、何となく分かった。

「じゃあ、ヤツィルダが自分が凄いってのは。普通は消えてしまう、前世の意識ある記憶を、現世に落としていったからってことか?」
『ご名答! 通常じゃ、あり得ないんだけど、よく考えてみたら。俺って禁術機によって死んだし、そういうのも関係あるのかもな~』

 ヤツィルダは、レイドの方へスッと視線を向け。直ぐに顔を伏せてしまった。

『――さっき言ったように、レイドに言葉を伝えられなかったってのもそうだけどさ……。あんな状態のレイドを、残していくのも。スゲー嫌だな、とも思ったんだよな……』
「ヤツィルダ……」

 次は、俺がレイドに視線を向けると――悲痛な表情を浮かべ、ボロボロと涙を流している様子が目に映る。

『ヤマダも何となく気がついているかもだけど、レイドって人の名前をあまり呼ばないだろ?』
「あ、うん……そうだな」

 レイドと知り合ってから、今までで。更には、過去の記憶を見ても。数えられるくらいの一部の人間しか、名前を呼ぶことをしていなかった。

『あれって、レイドなりの防御本能だと思うんだ。ほら、極級魔術師って長い年月を生きるだろ? だから、この世界にいる殆どの人は自分よりもどんどん先に死んでいく……。それで、親しくしている人に対しても、多少の壁を作ることで……悲しさを軽減しようとしてたんじゃないかな?』
「そう、か……」


 黒の禁術機の動きが分からずに、ダンジョンの中で待っていた時。話の流れで、レイドから教えもらったことがある。魔術師の寿命についてだ。

 低級から強級までは、80~100年

 最級は、300~500年

 極級は、3000~5000年

 と言っていた。けど、俺には関係ない話だからと、聞き流すようにしていたんだ。――あの時、レイドはどんな顔をしていただろうか……?

 その時、ちゃんとレイドの顔を見ていなかったから……分からない。


 すると、急にヤツィルダがズイッと顔を寄せて来て。だからさ! と何やら興奮したかのように言った。

『もし、レイドが俺の名前を覚えて無かったら……。マジで、どうでもいい人間確定ってことじゃん? だって、同じくらいの時を生きるんだぞ!? しかも、けっこう長い年数一緒にいたのに、もしそうだったら……。流石に、悲しいだろ~~?』
「あ~、それは確かに悲しくなるな……。だから確認の為にも、レイドに名前を言って欲しいって言ったんだ?」

『……――まぁ、うん。そうなるのかな……』
「……?」

 何故か、ヤツィルダは戸惑ったような表情を浮かべていた。

「ヤツィ――」
『さぁ~てっ! そろそろ、レイドの目を醒ますか~~!!』

 ん? レイドの目を、醒ます……?

「え? どういうこと……?」
『うん? だから、この邪魔な壁みたいなのを消すからさ! ちょ~っと、待っててな~~?』

 ワキワキと手を動かすヤツィルダを、俺は半目で見る。

「おい~? 何で早くソレ、してくれなかったんだよ?」
『えぇ~? だってさ! 俺、ずっとずっと誰とも話せなかったんだぜ? 話したいだろ!? 少しくらいはさ~!!』

 プゥーと、頬っぺたを膨らましたヤツィルダを……。俺は、半目を飛び越え、棒のような目になって見た。


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