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89.〖レイド〗過去(終)

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「あと、どれくらい身体が持つかだな……」


 ――最後の栄養剤を口に入れ、飲み込む。


 俺が懸念していた通り。この防御壁の中では、太陽のエネルギーすらも遮断している。これがなければ、とっくに餓死していただろう。

 だから、これを包みに入れてくれた皆には感謝しかない……――。



「はぁっ、はっ……! ――や、はり……遊んでいるのか?」


 ――俺が、地面に膝をついた途端。白い禁術機が停止した。


 俺の魔力や体力が消費し切った時に、あの白い禁術機が停止する。そして、俺の息が整うと――何か考える暇を与えないかのように、直ぐに起動する。

 それを、何故か繰り返しているのだ。


「ぐっ! はぁっ、はぁ……!」


 しかし、今回は立ち上がることすらも出来ずにいた。


 頭がクラクラする。最後の栄養剤を取ってから、どのくらい経った? ――……いや、それ以前に。ここに来てから、どれくらいの年月が経っている?

 栄養剤……。俺は、これを節約しながら飲んでいた。
 禁術機の暴走が、いつまで続くのかが分からなかったからだ。

 まさか、百年……経過してしまっているのか?
 そうだったのなら。何故、防御壁はまだ張られている?

 ミィーナが言っていた。この防御壁を張る機械を製作するには、己の魔力を注ぐのだ、と……。

 こんな長い期間の防御壁を、短期間で作るならば代償が――。


「――……まさか、己の命を、かけて?」


 俺は、その最悪な考えに首を振る。

 そんなことはない。このような状況下だから、変な考えが湧いてくるんだ。

 だって、ロンウェルは。ミィーナは、ぐっすり寝ているんだと言って――。


 ああ。そうだ、思い返してみれば……。ロンウェルは、まるで泣き腫らしたように目が真っ赤だった。



「――ッ! ああ、そういう、ことか……っ! くそっ!!」


 禁術機の攻撃にばかり意識を取られ。ただ助かると、口にしていただけだったが……。

 この状況にまでなって、今更ながら理解した。
 どうして、あれ程の栄養剤が入れられていたのかを。

 防御壁の張られる期間が分かっている、ミィーナでなければ……――あれ程に、大量の栄養剤を入れることはしなかっただろう。


 何故だ? 何故……? 俺でも、禁術機がこのような状態になるなど、思いつきもしなかった。

 だから、百年の防御壁や栄養剤だって、必要なかったかもしれない。それこそ、無駄死になってしまったら――。


『ハートシア様……。ハートシア様は、塔主様を心から愛しているのですか? 何があっても、それは変わりませんか?』


 その時。ふと、ミィーナに強い視線を向けられた、過去のことが思い起こされた。


 そうだった。あの時のミィーナの声――『心から愛している』と言っていた声が、酷く切なく……。そして、甘い声をしていた。


 ああ、そうか……。ミィーナは、ミィーナは……俺と同じ――。



 ヤツィルダを『心から愛している』のか。




 ――ガッ!! と勢い良く、目の前にあるものを手で掴み取り、口に押し入れた。


「ぅえ……っ! ――ング、グッ!」


 激しい戦闘をしている中であっても、まだ地面に疎らに生えていた雑草を――俺は、口に詰め、飲み込んでいた。
 大した栄養にならなくとも、このまま指を加えて死に行くわけにはいかない。

 口の中いっぱいに、生臭く苦いものが広がり。それに、吐き気が込み上げてくる。
 だが、手で口を強く押さえつけ、それを抑え込む。


「ぅ"う"……ング! ――はぁっ……! はぁ……はっ、ははは! お前には、俺の……この姿がどう見えている? 惨めだと、嘲笑っているのか……?」


 禁術機は、まるで俺を観察しているかのように。俺が雑草を食している最中も、じっと動かずにいた。

 もう、長い時間が経っている。今までの間隔で考えれば、禁術機は攻撃を始めていてもおかしくはないのに、だ。


「あ、きらめるものかっ! 絶対に……っ!!」


 悔しさによるものか、草の苦みによるもののせいか……勝手に涙が頬を流れ落ちていく。
 それに構わず、身体が動くようになるまで、その動作を続けた――。



 ********


「――はぁっ、はぁっ……! っ、ぅう"、う"……!!」


 周りが、グニャグニャと歪んで見える。

 栄養剤であれば、このように戦闘を行っていても1ヶ月は持っていた。
 雑草では、3日も持たなかった。


「……チッ! くそっ……」


 再び、足元の雑草を掴んだ。



 ――キィイインッ!!

 急に、前方から機械音のようなものが聞こえ、強い光が発生された。


「――――ッ!?」


 慌てて顔を上げる。

 光と共に、禁術機が消えていこうとしているのが、今のぼやけた視界からでも分かった。


 何故、急にこのような……? だが、防御壁があるから逃げることは――……。

 周りを見渡すと、防御壁が消えていることに気づき――考えるより先に、光の中へと飛び込んでいた。


「――ぅ、ぁあ"あ"あ"っ!!! 」


 バリバリバリバリッ!!! と音が鳴り、全身に激しい痛みが襲う。

 口から血が出てくる。次いで、目や鼻、耳からもボタボタボタと流れ出ているようだが……。そんなこと、気にしていられない。


「ぅう"、う"!! 禁、術機っ……に 、げる、なっ! たの、む……から! 願い、をっ、願、いを、聞い……て、くれっ……!!」


 手に握った、白い禁術機を絶対に逃がさないよう……――更に、両手で強く抱え込んだ。



『……うん、いいよ。何を願う?』



 空耳だろうか。幼い、子供の声が聞こえたような気がした。

 願いを言おうとした時。口からゴポゴポと血が大量に溢れ出し、言葉が出せない。


 だから、心の中で『ヤツィルダを幸せに……。ただ笑って、幸せでいて欲しい』――そう、強く願いを込めた。


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