ダンジョンの核に転生したんだけど、この世界の人間性ってどうなってんの?

未知 道

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75.〖レイド〗過去

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「レイド。俺の手に、触れてくれ」


 ヤツに言われるがまま。もう動かすことが出来ない様子のその手に触れる。何かが俺の手に流れてきて……。魔力を渡されたようだ。

 これは、何かを承認するという意味を込めた魔力……? 通常の魔力ではないから、恐らくは――。


「これは、魔法具の承認魔力か?」
「そうそう! 流石、レイドは何でもお見通しか~! その契約書を作ったところに、この魔法具もお願いしててさ~。前に言ってただろ? 俺が認めないと開けられない引き出しに、クリムルのお酒を入れてるってさ……。その開けることの出来る権限を、レイドにも渡したんだ」


 そう笑いながら言っている、ヤツの肩部分が崩れて来て。俺は慌てた。

 ヤツがあまりにも、いつも通りの調子で話しているから、現状を忘れて――いや、ヤツがそう誘導したのだろうな。


 前に、誰かに聞いたことがあった。

 どんな相手でも、気がつけばヤツのペースに飲み込まれると。

 その者がそれに気がついたとしても、もうヤツの人柄に惚れ込んでおり、共について行きたくなってしまうのだと言っていた。

 だからこそ、魔術塔はここまで大きなものとなったのだろう――。


 俺は再び、ヤツの身体に手をかざし。回復魔法を流すと――魔力が、無機物なものに弾かれる感覚がした。


「どういう、ことだ……?」


 先程までは。血の通った生ある物に、俺の流した魔力が入っていく感覚だった。

 だが、今は……回復する事の出来ない――ただの物に当たって、弾かれている感覚しかなかった。


「塔主の部屋に、めっちゃくっちゃ煌びやかな棚があってさ~。その一番上の引き出しに、クリムルのお酒が入ってるんだ! 開け方は、魔術塔に入る時みたいに、レイドの魔力を流せば――」
「頼むから、少し黙っていてくれ!!」


 いくら流しても。魔力が弾かれ、ヤツに入っていかない。

 あの時、回復の手を止めてしまったからだろうか?

 あのまま続けていれば、もしかしたら――。


「レイド、お願いがあるんだ……」


 必死に回復魔法をかけながらも、そう言ったヤツの方へ目を向けると――右頬の辺りが、崩れ始めていた。


「――――ッ!!」


 その頬に、回復魔法をかける。


「レイド。もう、いいから……。俺の、お願い、聞いてくれよ……」


 悲しそうに、泣き出してしまったヤツを見て。俺は、魔力を流す手を止めた。


「なんだ……? なんでも、聞こう」
「え~? そんなこと言って、良いのか~~?」


 俺がヤツの願いを聞く、と言ったからか。ヤツの顔に笑みが戻って来た。

 それに、俺はホッとし。その笑顔をじっと見る。


 ヤツが、ひとつ息をついてから――ゆっくりと口を開いた。


「俺の……。俺の、名前を呼んでくれよ。ずっと、レイドに、名前を呼んで欲しかったんだ……」
「名前……?」


 俺が、呆然とヤツを見ていると……。ヤツは、酷くガッカリとした様子で、ため息を吐いていた。


「あ~……。もしかして、俺の名前知らなかったんだ~? じゃあ、別に――」
「ヤツ……ヤツィルダ・ラークス。名前を呼ぶならば、ヤツィルダ、だな」


 俺は心の中で……『ヤツィルダ』を『ヤツ』と勝手に短略して呼んでしまっていた。

 実際に、ヤツィルダに向かって何か呼ぶ時には、何故だか恥ずかしさがあって『お前』や『おい』としか呼べずにいたのだ。

 ヤツィルダは、俺をずっと名前で呼んでいたというのに――。


「ああ、良かったぁ~! 俺、名前すら覚えてもらえないくらいに……。レイドに、どうでも良い存在とか、思われるかと――……もう、安心して逝ける」
「――ッ!! ヤツィルダ、頼むから! 諦めないでくれ……っ! どうすれば、どうすればいいんだ……?」


 もう、ヤツィルダの身体は人の形を保っていなかった。

 肩から下は、砂のようになってしまっていて。肩から上の部分も、今にも崩れ落ちてしまいそうなのだ。


「ありがとう、レイド……。お前と出会えて、本当に良かった」


 俺の言葉に対して、ヤツィルダは何も返さない。
 だから、既に、自分の死を受け入れてしまっているのだろう。

 頭の中に、ヤツィルダと出会い過ごした何気ない日々が、走馬灯のように駆け巡ってくる。

 今になって、漸く。俺は、傲慢で馬鹿な人間であったのだと理解した。

 永遠に与えられると思っていた好意や優しさは、永遠などではなかった。
 ずっと共に居てくれると思っていた人は、今、消えかけている。


 消える……? 居なくなるのか、ヤツィルダが?
 嫌、だ。嫌だ。ヤティツダが死ぬなど……。

 本当は、ずっと前から……俺は――――。


「ヤツィルダがいなくなる未来など、考えられない! 嫌だ……! 俺の側に、ずっといてくれっ! ――愛している……っ、愛しているんだ!」


 目から涙が溢れ、流れ落ちていく。


「えっ? レ、レイド……? 嘘……」


 ヤティツダが、信じられないというように、目を大きく見開いていた。


「俺は……! ヤツィルダのことを、愛してるっ……! 今まで、冷たくしてすまなかった。なんでもする。これからは……ヤツィルダがして欲しいこと、なんでもするから……! お願いだっ! 生きることを、諦めないでくれっ!!」


 俺は泣きながらも、必死にヤツィルダに訴える。頼むから、死なないでくれと……全身で訴えた。


「ああ……レイド、俺――」



 ――パーーーーーンッ!! 軽い音を立て。俺の目の前で、ヤツィルダが弾け飛んだ。

 今、話していたというのに……。たった一瞬で、その姿が砂となっていた。



「は……? え? ヤ、ヤツィルダ……? あ……あ、な、ぜ? どう、して……っ!?」


 ヤツィルダ自身だった砂すらも、サラサラとどこかに消えてしまっている。


 何とか集中し、そこに存在していた筈の魂を見ると。スーと上へと浮かんで、輪廻へと向かっていて――俺はそれを、ただぼんやりと見送った。


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