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74.〖レイド〗過去
しおりを挟む俺の意識が何かに掴まれたまま――流され、流され、流され……。
時間系列がないような異空間では、これをされている時間が、長いのか短いのか。それすらも分からない。
俺が、この感覚に疲れ果ててしまった時。漸く、それが止まった。
――すると直ぐに、ガヤガヤガヤ……と騒がしい音が俺の耳に入ってきた。
酷く頭がグラグラとするが、何とか目蓋を上げる。
「ハートシア様!! 皆っ! ハートシア様が、目を覚ましたぞ!! うぅ……! うぅう、うっ……!」
騒がしい、と思っていた音は。魔術塔の者達の、悲痛に泣く声によるものだった。
「な、何が? 一体……?」
俺が、ここに戻って来れたということは。科学班の者達が、あの禁術機の解術を見つけたということだろうが。
しかし、あのような状況で……。少年は、大丈夫なのか?
その事が気になって仕方ない。だが、今は、こちらで何が起こっているのかを把握しなければ。
何故、皆がこのように泣いているのかを――。
「塔主様! 塔主様っ! ちゃんと、ハートシア様がこちらに戻って来ましたよっ!!」
塔主……? ヤツが国に、帰って来たのか?
あれから、どのくらい経ったんだ……。
一月、程だろうか?
魔術塔の者達が囲み、一生懸命に話しているところへ。まだクラクラとする頭を押さえながら、近づいて行った。
恐らく、ヤツに話しているようだが。何故そのように皆が泣き、必死なんだ……?
まさか、ヤツがあの禁術機と戦闘か何かをし、魔力切れでも起こしてしまったのだろうか?
確かに、馬鹿みたいに魔力量の多いヤツが魔力切れでも起こせば。周りの者達が、このように錯乱するのも頷けることだからな。
魔術塔の者達が、ヤツを取り囲んでいるから。状態確認が出来ない。
「おい、俺に見せてくれ」
仕方なく、皆にそう言うと。魔術塔の者達が泣きながらも離れていき――ヤツの姿が、俺の目に映る。
「な、に……?」
ヤツは、まるで乾燥した地面のように、身体中がひび割れ。ボロボロと崩れ落ちていた。
「おっ! レイド、ずいぶん遅かったな~!! まったく、待ちくたびれたじゃんか!」
こんな状況であるのに、そんな事を気にもしていないという様子で、プリプリと頬を膨らませて怒った顔を作っている。
「は……? な、なに? 一体、これは……っ!?」
俺は直ぐ、ヤツに極・回復魔法を使う。
「えっ!? レイド、お前、いつ回復魔法まで覚えたんだっ!? スゲー! 普通、そんな個人の性質を無視するようなこと、出来ないのにっ!!」
ヤツが、凄く感動したかのように、キラキラとした目を俺に向けてきた。
「~~~ッ! お前は!! 今の、自分の状況を分かっているのかっ!?」
何故? 何故……? 回復が、出来ないんだ?
回復している筈。ちゃんと、回復する魔力を……ヤツへと流せている筈なんだ。
どうして、ヤツの身体が崩れ落ちていくのを、止められない……?
俺は、上手くいかない事で焦り。滴ってくる冷や汗を拭いながらも、絶えずヤツを回復し続けた。
「レイド、もういい……。これは、無理なんだ」
いつも煩いくらいの大声で話す、ヤツの静かな声に驚き。その顔へと視線を向けると――柔らかな微笑みを浮かべて、俺を見ていた。
「止めろ……っ! そんな顔は、お前に似合わない」
「はははっ! 何それ~? 俺、レイドに、どう見られちゃってんの?」
駄目だ! 駄目だ!! 崩れるなよっ! これ以上、崩れないでくれっ!!
「くっそ! くっそ!! ふざけんなっ! くそがっ!!」
「レイドって、たま~に、口悪くなるよなっ! いつもはすかした感じで、出来る男を気取ってんのにさ! なんか、凄いウケるんだけど~っ!! あっははははーーー!!!」
ヤツが大笑いするせいで、腹の辺りがボロボロと大きく崩れてしまう。
「止めろっ! 笑うなっ!!」
「え~~っ!! だって、面白いんだもんなぁ~! う~ん……。じゃあ、条件付きで笑うの止めてやるよっ!」
ヤツが、ニンマリとした笑みを浮かべた。
「それは、なんだ……?」
「ふっふっふ! この前、俺が言ってた契約書にサインしてくれよ~~っ!! 魔術塔を、いま以上に盛り上げようぜっ!! お前がいれば、皆のモチベも上がるしさ! し・か・も!! 今だったら、あの酒だってついてくるぞぉ~~~?」
ヤツが、どうどう? みたいな顔をしているが。俺がいつも通りに、それを了承しないと思っているのか、大げさにおちゃらけて言っているように感じる。
「分かった……サインしよう」
「なんでだよ~~!! レイドが魔術塔にいれば……って、うぇえっ!? え? え……? 俺、もう耳が無くなっちゃってる、とか? 幻聴??」
ヤツは驚きからか目を見開き、俺を凝視している。
「契約書はどこだ?」
「え、幻聴じゃない? マジで……?」
「だから、サインすると言っているだろう? その契約書がどこにあるのか、早く教えてくれ」
ヤツが未だ、驚きが抜けない顔をしながらも。何かを唱える。
すると、俺の目の前に、契約書のようなものが現れた。
俺は、その契約内容を見る。
魔術塔で大きな法律を作る時や、何か国を巻き込む程の活動をする時など、魔術塔によるその取り組みに関し。俺が、最終的に審査し、必要か必要ではないかを決定することが出来る……――最終決定権を与えるというものだった。
確かに。ヤツが以前、そのようなことを言っていたな。
「別に、無理はしなくても良いぞ……? あ、あのな! 本当は、俺がただ、レイドの嫌がる顔を見てやろうと思って、契約書を作っただけなんだよな~! だから――」
「いや、そうじゃないだろう……? これは、高級な魔法具だからな」
これほどまでに繊細な物ならば。一流の魔法具職人が、高度な技術で作り上げた契約書だろう。
この契約書は。俺達以上に強い魔術師ではないと、契約書の存在自体を破棄することが出来ないようにされている。
それ以外の者が。例え……破いても、燃やしても、更にはどこかへ捨てても。綺麗な状態のまま、魔術塔に戻って来るような、巧妙な魔法がかけられていた。
このような性能ならば、製作する時間だって長くかかるだろうし……。勿論、とてつもなく高額だ。
ただの嫌がらせのためだけに、出来ることではない。
俺は、ヤツが何かモゴモゴと言っているのを横目で見ながら。その契約書に、魔法で了承の印を刻んだ。
印を刻んだ契約書を、ヤツが見えるように目の前に持って行き、見せる。
「あ、レイド、本当に……」
ヤツは、契約書に刻まれた印を、目に焼き付けるかのようにじっと見て。とても嬉しそうに、輝くような笑顔を浮かべていた。
俺が意地を張らずに、この契約書を了承をしていれば。もっと早くに、この笑顔を見ることが出来たのだろうか……?
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