48 / 56
海 ④
しおりを挟む グレンは相変わらず休日は街に出かけているらしい。
「視察も兼ねているからね。それに街のみんなの顔も見たいんだ」
そんな風に言っていた。
王様なのに、忙しいだろうに。ちゃんと街の空気を感じたいらしい。
そう。街だ。
アンフェールの好奇心がむくりと起き上がる。
アンフェールは現在の街を知らない。古代竜時代の街なんて遥か昔だ。色々変わっているはずなのだ。
精霊の目を通して街を見た事はあるけれど、それはあくまで精霊の目。
見えるビジョンはふんわりぽやんなのだ。
見たい。歩き回りたい。そしてグレングリーズが作った国を、グレンが治める国を知りたい。
ぱぁぁぁぁっ、とアンフェールの夢の情景が花開く。
これは崇高な目的なのだ。
別に美味しいものが食べられるんじゃないかなんて微塵も思っていない。
連れてってくれないだろうか。
王弟だって視察してもおかしくないと思うのだ。
「兄上、私も街に行きたいです」
「駄目だ」
秒で断られた。
もっと、うーん、とか思い悩む間合いを入れてくれてもいいのに。
「私は外の世界を知りません。この国を支える者として、このままではいけないと思うのです」
アンフェールは尤もらしい理由をひねり出した。王族ぶりっこだ。
表情も真面目だ。
こんなに真剣に国の事を考える弟を見たら、グレンも考えを改めると思うのだ。
思った通り、グレンはうっとなった。
グレンは真剣に国の事を考えている。だから弟の高い志を折る事はしないだろう。
策士アンフェールはにやりと笑った。
「……私一人ではアンフェールを守りきれるか不安だ。護衛もつけていいなら相談してみよう」
勝った。
アンフェールの中の小さいアンフェールたちが拳を突き上げ、わ~わ~と勝鬨を上げた。
◇◇◇
「おっ、殿下、可愛いな!」
「ありがとうございます」
エドワードが軽い調子で声を掛けてくる。
離宮の馬車どまりには既にエドワードとロビンが待っていてくれた。
本日の護衛はロビンとエドワードだ。
ロビンはグレンの夜間護衛をしていただけあって、体術に関してはかなりのものらしい。
エドワードも第二王子の閨係を目指した時点から体術を仕込まれたんだそうな。七年、かなり強くなったんだぞ、と自慢された。
アンフェールは素のままだと目立って仕方がない。
なので目立つ髪を隠し、『認識阻害』の魔道具を使って目立たないようにしている。
『認識阻害』の魔道具は眼鏡だ。太古の時代から『認識阻害』と言えば眼鏡だ、という位定番の魔道具である。
アンフェールと親しい者は顔を認識してしまうけれど、知らない者は認識できないという術が仕込まれている。
髪の毛はシンプルにアップスタイルにして、帽子をかぶっている。側仕え達は可愛い髪形にしたいとウズウズしていたが、そこは抑えて貰った。
ファッションは街中にいそうな平均オブ平均の少年の格好らしい。
これでどこから見ても街の子にしか見えないのだ。
「エドワードとロビンの普通の恰好を初めて見ました」
「はは。様になってるだろ? でもロビンは目立つかもな」
エドワードの言葉に、ロビンをまじまじと見てしまう。
普段着を着ている壁だな、って思う。ロビンが側にいるだけで、アンフェールは全然目立たないだろう。
「すまない、待たせた」
グレンがやって来た。
ラフなシャツと簡素なパンツスタイルだ。それでも内側から品の良さがにじみ出ている。番びいきのスパイスを抜いても平民には見えない。
カッコいい。
アンフェールは見惚れてしまう。番はいついかなる時もカッコいいのだ。
そんなアンフェールとは逆に、グレンはこちらを見て早々渋い顔をする。
「アンフェールの可愛さが、隠せていないと思うのだが……」
「兄上、認識阻害の魔道具を付けているのです。眼鏡なのですが」
「認識出来ているが……」
「親しい相手には効かないんですよ。だから兄上には分かってしまうのです」
そう言っただけでグレンは途端に機嫌が良くなった。
弟に親しいと言われただけで喜んじゃうなんて、本当に可愛い兄なのだ。
「本当は護衛であればギュンターに頼みたかったのだがな。今は忙しいらしい」
グレンは今回の護衛が二人であることの説明をしてくれた。
ギュンターが忙しい理由は、アンフェールが渡した証拠資料関係で動いているからだ。
あちらはとても重要な事なので邪魔してはいけない。
ぶっちゃけ何に襲われてもアンフェールは一人で対処できる。『護衛を付けた』というアリバイ用の護衛なら誰でもいい。
「でも、エドワードとロビンとお出かけできるのは嬉しいです!」
アンフェールはギュンターに処々任せてしまっている分、彼をフォローしたくなってしまった。
ギュンターが来られなかった結果、教会時代の仲良し二人と時間を共に出来るのだと、嬉しさを前面に出して伝えた。
「いやあ、そうですね! ダブルデートみたいだなぁ! 勿論俺の相手はロビンですよ!」
何故か急にエドワードが音量高めにロビンとの仲を主張しだした。
なんだろう。二人の仲が良いのは知っている。
エドワードの方を向いていたグレンがこちらを向く。優しい微笑みを浮かべていた。
「……そうか、アンフェールと私がカップルか」
「兄上と仲良しなのは嬉しいです」
ダブルデートごっこでも、カップルごっこでも嬉しい。
グレンと顔を見合わせ、えへへ、と笑い合った。
手を取ってくれる。
アンフェールはグレンにエスコートされ、馬車に乗り込んだ。
馬車は街に向かいガタゴト走る。いつもと違う情景が車窓に流れるだけで随分刺激的だ。
グレンは普段馬に乗り、街に行くらしい。
馬に乗るグレンは精霊時代何度も見ている。絵本の王子様のようにカッコ良くて憧れてしまう。
アンフェールも一回くらい乗ってみたい。
アンフェールは前世でも今世でも馬に乗った事は無い。でも馬に『乗せて』ってお願いすれば乗れる気がする。
しかし一度も乗った事が無い十四歳が急に乗馬が出来るのも不自然だ。
だからいつも大人しく馬車に乗せられている。
「兄上、私も馬に乗ってみたいです」
アンフェールは馬内のグレンに視線を移した。おねだりするよう、上目遣いだ。
「……一人で乗るのは危ない。二人で乗ろう」
グレンはアンフェールの肩に腕を回した。
「いいのですか!」
「ああ。ちょっと先になるが纏まった休暇が取れる。その時に遠乗りをしてみようか」
「はい!」
アンフェールは嬉しくなってしまった。
グレンが纏まった休暇が取れると。しかもその時に遠乗りに連れていって貰えると。
目の前のエドワードが「さりげなく次のデートの約束を成立させる手腕」と小さな声で呟いていた。
「視察も兼ねているからね。それに街のみんなの顔も見たいんだ」
そんな風に言っていた。
王様なのに、忙しいだろうに。ちゃんと街の空気を感じたいらしい。
そう。街だ。
アンフェールの好奇心がむくりと起き上がる。
アンフェールは現在の街を知らない。古代竜時代の街なんて遥か昔だ。色々変わっているはずなのだ。
精霊の目を通して街を見た事はあるけれど、それはあくまで精霊の目。
見えるビジョンはふんわりぽやんなのだ。
見たい。歩き回りたい。そしてグレングリーズが作った国を、グレンが治める国を知りたい。
ぱぁぁぁぁっ、とアンフェールの夢の情景が花開く。
これは崇高な目的なのだ。
別に美味しいものが食べられるんじゃないかなんて微塵も思っていない。
連れてってくれないだろうか。
王弟だって視察してもおかしくないと思うのだ。
「兄上、私も街に行きたいです」
「駄目だ」
秒で断られた。
もっと、うーん、とか思い悩む間合いを入れてくれてもいいのに。
「私は外の世界を知りません。この国を支える者として、このままではいけないと思うのです」
アンフェールは尤もらしい理由をひねり出した。王族ぶりっこだ。
表情も真面目だ。
こんなに真剣に国の事を考える弟を見たら、グレンも考えを改めると思うのだ。
思った通り、グレンはうっとなった。
グレンは真剣に国の事を考えている。だから弟の高い志を折る事はしないだろう。
策士アンフェールはにやりと笑った。
「……私一人ではアンフェールを守りきれるか不安だ。護衛もつけていいなら相談してみよう」
勝った。
アンフェールの中の小さいアンフェールたちが拳を突き上げ、わ~わ~と勝鬨を上げた。
◇◇◇
「おっ、殿下、可愛いな!」
「ありがとうございます」
エドワードが軽い調子で声を掛けてくる。
離宮の馬車どまりには既にエドワードとロビンが待っていてくれた。
本日の護衛はロビンとエドワードだ。
ロビンはグレンの夜間護衛をしていただけあって、体術に関してはかなりのものらしい。
エドワードも第二王子の閨係を目指した時点から体術を仕込まれたんだそうな。七年、かなり強くなったんだぞ、と自慢された。
アンフェールは素のままだと目立って仕方がない。
なので目立つ髪を隠し、『認識阻害』の魔道具を使って目立たないようにしている。
『認識阻害』の魔道具は眼鏡だ。太古の時代から『認識阻害』と言えば眼鏡だ、という位定番の魔道具である。
アンフェールと親しい者は顔を認識してしまうけれど、知らない者は認識できないという術が仕込まれている。
髪の毛はシンプルにアップスタイルにして、帽子をかぶっている。側仕え達は可愛い髪形にしたいとウズウズしていたが、そこは抑えて貰った。
ファッションは街中にいそうな平均オブ平均の少年の格好らしい。
これでどこから見ても街の子にしか見えないのだ。
「エドワードとロビンの普通の恰好を初めて見ました」
「はは。様になってるだろ? でもロビンは目立つかもな」
エドワードの言葉に、ロビンをまじまじと見てしまう。
普段着を着ている壁だな、って思う。ロビンが側にいるだけで、アンフェールは全然目立たないだろう。
「すまない、待たせた」
グレンがやって来た。
ラフなシャツと簡素なパンツスタイルだ。それでも内側から品の良さがにじみ出ている。番びいきのスパイスを抜いても平民には見えない。
カッコいい。
アンフェールは見惚れてしまう。番はいついかなる時もカッコいいのだ。
そんなアンフェールとは逆に、グレンはこちらを見て早々渋い顔をする。
「アンフェールの可愛さが、隠せていないと思うのだが……」
「兄上、認識阻害の魔道具を付けているのです。眼鏡なのですが」
「認識出来ているが……」
「親しい相手には効かないんですよ。だから兄上には分かってしまうのです」
そう言っただけでグレンは途端に機嫌が良くなった。
弟に親しいと言われただけで喜んじゃうなんて、本当に可愛い兄なのだ。
「本当は護衛であればギュンターに頼みたかったのだがな。今は忙しいらしい」
グレンは今回の護衛が二人であることの説明をしてくれた。
ギュンターが忙しい理由は、アンフェールが渡した証拠資料関係で動いているからだ。
あちらはとても重要な事なので邪魔してはいけない。
ぶっちゃけ何に襲われてもアンフェールは一人で対処できる。『護衛を付けた』というアリバイ用の護衛なら誰でもいい。
「でも、エドワードとロビンとお出かけできるのは嬉しいです!」
アンフェールはギュンターに処々任せてしまっている分、彼をフォローしたくなってしまった。
ギュンターが来られなかった結果、教会時代の仲良し二人と時間を共に出来るのだと、嬉しさを前面に出して伝えた。
「いやあ、そうですね! ダブルデートみたいだなぁ! 勿論俺の相手はロビンですよ!」
何故か急にエドワードが音量高めにロビンとの仲を主張しだした。
なんだろう。二人の仲が良いのは知っている。
エドワードの方を向いていたグレンがこちらを向く。優しい微笑みを浮かべていた。
「……そうか、アンフェールと私がカップルか」
「兄上と仲良しなのは嬉しいです」
ダブルデートごっこでも、カップルごっこでも嬉しい。
グレンと顔を見合わせ、えへへ、と笑い合った。
手を取ってくれる。
アンフェールはグレンにエスコートされ、馬車に乗り込んだ。
馬車は街に向かいガタゴト走る。いつもと違う情景が車窓に流れるだけで随分刺激的だ。
グレンは普段馬に乗り、街に行くらしい。
馬に乗るグレンは精霊時代何度も見ている。絵本の王子様のようにカッコ良くて憧れてしまう。
アンフェールも一回くらい乗ってみたい。
アンフェールは前世でも今世でも馬に乗った事は無い。でも馬に『乗せて』ってお願いすれば乗れる気がする。
しかし一度も乗った事が無い十四歳が急に乗馬が出来るのも不自然だ。
だからいつも大人しく馬車に乗せられている。
「兄上、私も馬に乗ってみたいです」
アンフェールは馬内のグレンに視線を移した。おねだりするよう、上目遣いだ。
「……一人で乗るのは危ない。二人で乗ろう」
グレンはアンフェールの肩に腕を回した。
「いいのですか!」
「ああ。ちょっと先になるが纏まった休暇が取れる。その時に遠乗りをしてみようか」
「はい!」
アンフェールは嬉しくなってしまった。
グレンが纏まった休暇が取れると。しかもその時に遠乗りに連れていって貰えると。
目の前のエドワードが「さりげなく次のデートの約束を成立させる手腕」と小さな声で呟いていた。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
リューズ
宮田歩
ホラー
アンティークの機械式の手に入れた平田。ふとした事でリューズをいじってみると、時間が飛んだ。しかも飛ばした記憶ははっきりとしている。平田は「嫌な時間を飛ばす」と言う夢の様な生活を手に入れた…。
焔鬼
はじめアキラ
ホラー
「昨日の夜、行方不明になった子もそうだったのかなあ。どっかの防空壕とか、そういう場所に入って出られなくなった、とかだったら笑えないよね」
焔ヶ町。そこは、焔鬼様、という鬼の神様が守るとされる小さな町だった。
ある夏、その町で一人の女子中学生・古鷹未散が失踪する。夜中にこっそり家の窓から抜け出していなくなったというのだ。
家出か何かだろう、と同じ中学校に通っていた衣笠梨華は、友人の五十鈴マイとともにタカをくくっていた。たとえ、その失踪の状況に不自然な点が数多くあったとしても。
しかし、その古鷹未散は、黒焦げの死体となって発見されることになる。
幼い頃から焔ヶ町に住んでいるマイは、「焔鬼様の仕業では」と怯え始めた。友人を安心させるために、梨華は独自に調査を開始するが。
『忌み地・元霧原村の怪』
潮ノ海月
ホラー
とある年の五月の中旬、都会から来た転校生、神代渉が霧野川高校の教室に現れる。彼の洗練された姿に女子たちは興味を示し、一部の男子は不満を抱く。その中、主人公の森月和也は、渉の涼やかな笑顔の裏に冷たさを感じ、彼に違和感を感じた。
渉の編入から一週間が過ぎ、男子達も次第に渉を受け入れ、和也の友人の野風雄二も渉の魅力に引き込まれ、彼の友人となった。転校生騒ぎが終息しかけたある日の学校の昼休み、女子二人が『こっくりさん』で遊び始め、突然の悲鳴が教室に響く。そしてその翌日、同じクラスの女子、清水莉子が体調不良で休み、『こっくりさん』の祟りという噂が学校中に広まっていく。その次の日の放課後、莉子を心配したと斉藤凪紗は、彼女の友人である和也、雄二、凪沙、葵、渉の五人と共に莉子の家を訪れる。すると莉子の家は重苦しい雰囲気に包まれ、莉子の母親は憔悴した姿に変わっていた。その異変に気づいた渉と和也が莉子の部屋へ入ると、彼女は霊障によって変わり果てた姿に。しかし、彼女の霊障は始まりでしかなく、その後に起こる霊障、怪異。そして元霧原村に古くから伝わる因習、忌み地にまつわる闇、恐怖の怪異へと続く序章に過ぎなかった。
《主人公は和也(語り部)となります》
アポリアの林
千年砂漠
ホラー
中学三年生の久住晴彦は学校でのイジメに耐えかねて家出し、プロフィール完全未公開の小説家の羽崎薫に保護された。
しかし羽崎の家で一ヶ月過した後家に戻った晴彦は重大な事件を起こしてしまう。
晴彦の事件を捜査する井川達夫と小宮俊介は、晴彦を保護した羽崎に滞在中の晴彦の話を聞きに行くが、特に不審な点はない。が、羽崎の家のある林の中で赤いワンピースの少女を見た小宮は、少女に示唆され夢で晴彦が事件を起こすまでの日々の追体験をするようになる。
羽崎の態度に引っかかる物を感じた井川は、晴彦のクラスメートで人の意識や感情が見える共感覚の持ち主の原田詩織の助けを得て小宮と共に、羽崎と少女の謎の解明へと乗り出す。
消えた影
you
ホラー
大学生の「葵」は、ある日突然、幼馴染の「光太郎」から数年ぶりに連絡を受ける。彼はおびえた様子で「影が消えるんだ、俺の影が…」と語る光太郎の言葉は、葵に不安と疑念を抱かせるが、冗談だろうと思いながらも会う約束をする。
その夜、指定された場所に現れた葵は、薄暗い公園で光太郎の姿を見つける。しかし、光太郎の体には影が一切ない。冗談ではなく本当に影が消えていることに恐怖を感じた葵は、原因を聞いた。
光太郎は学校でうわさになっていたオカルトサイトを見つけ、そこに書かれている「自分の影を売り渡すと、夢が叶う」という謎めいたオカルト儀式を冗談半分で行った結果、彼の影が消えてしまったというのだ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる