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海 ①

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 ――最初の記憶は、キラキラと輝いた両の眼だった。
 次に、寒くて凍えた身体が暖かなものに包まれる感覚がした。

 自我が出来てから、理解する。
 僕は、この子――未来ちゃんに助けられたんだと。
 車というものに轢かれた子猫だった僕を、動物病院といった場所に連れて行ってくれた。
 泣きながら『助けて、お願い!』と先生に訴えたのだと、未来ちゃんのおばあちゃんが誇らしげに笑って言っていた。

 それで、僕を『海』と名付け、2人の【家族】にしてくれた。

 未来ちゃんは、とってもとっても優しい女の子なんだ。
 僕は、未来ちゃんと10年も一緒にいるけど。一度も、怒った姿を見たことがない。
 僕が、悪戯をしても困ったように眉尻を下げるだけ。だから、そんな顔を見たくなくて、自然と悪戯するのは止めた。

 大好きな未来ちゃん。僕が死んだら、未来ちゃんの守護獣になろうと心に決めていた。
 守護獣とは、この世で経験をたくさん積んで、悟りを開けた動物がなれるものなんだ。
 僕は、既に人間の言葉も理解出来ていて、それになれる方法だって分かっている。
 未来ちゃんが天命を全うするまで、ずっとずっと守るつもりだ。
 でも、未来ちゃんは『海は、すごくすごく長生きしてね』っていつも言うから、後10年くらいは頑張って生きようと思ってる。

 それに僕も、出来るだけ長く生きていたい。

 だって、未来ちゃんにぎゅって抱きしめられるのが気持ちよくて、いつも喉が鳴ってしまう。
 『可愛いね』って言われて、頭を撫でられるのも大好きなんだ。



 ♢◆♢


 いつからだろう。未来ちゃんが、悲しそうな顔をするようになったのは……――。

 僕とおばあちゃんの前だと、元気な未来ちゃんだけど……僕には直ぐに分かった。
 未来ちゃんからは――強い悲しみの匂いがする。

 だから、隠れて未来ちゃんを見た時。悲しそうな顔を浮かべ、声を押し殺して泣いていた。

 なんでだろう……。なにが、そんなに辛いんだろう。

 だから、僕は……未来ちゃんを外に行かせたくなかった。
 きっと、外に行くから辛い思いをするんだ。

 けど、未来ちゃんは『帰って来たら、遊ぶね。待ってて』と僕の頭を撫でてから、外へ行く――。

 一度だけ。未来ちゃんが外に出る瞬間を狙って、ドアから飛び出そうとした時があった。
 ずっと未来ちゃんの側にいようと思ったんだ。

 でも、未来ちゃんは『行かないでっ! お願い、行かないで! ひとりにしないで……!』と泣きながら僕を引き留めた。
 未来ちゃんから離れようなんて、考えてもいなかったけど。そう勘違いさせてしまったようだった。

 それからは、玄関には近付かないようにした。未来ちゃんが、怯えたような怖がっているような……迷子の子供のような顔をしてしまうから――。


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