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池袋の雑踏を僕は腑抜けのように歩いていた。ここは何処だ…僕は繰り返し思った…ここは何処だ…景色はテレビの映像でも観ているかのようで、現実感は薄れていた。
そのとき陽が陰った。氷山に衝突した客船が沈むように、太陽は急速に輝きを失っていった。カラスたちが飛び立ち、空は夕暮れのように紫に染められた。
皆既日蝕だった。
太陽は隠されたが、流れるような白色の輝きだけは縁に残っていた。すべてが眠りに就いたかのように不思議な静寂が訪れた。
また目の前に道化が立っていた。
「遅かったな」
道化は又ゲラゲラと笑った。
「あんたに残ったのは渇望だけだ。渇望だけを永遠に感じ続ける。ある意味、地獄だな」
そう言うと道化はすぐに消えた。
「トモヒロ…」
背後で声がした。振り返ると、白いブラウスに青いプリーツスカートを身につけた女性が立っていた。
「ごめんなさい…トモヒロ」
麻里さんは言った。
「麻里さん…どうしてこんなことに…」
僕が言うと、麻里さんは淋しげに微笑んだ。
「太陽のせい、と言ったらトモヒロは怒るかしら」
「いいえ」
僕は首を振った。
「怒りませんよ」
麻里さんは頷いた。
「トモヒロと離れなければ、きっとこんなことにはならなかった。どこかで人生の歯車が狂ってしまったのね」
麻里さんは目蓋に涙を浮かべていた。
「あなたに近づけば、狂った歯車を元に戻すことが出来るような気がした。だけど、そうはならなかった。きっと遅過ぎたんだわ」
「ご主人を亡くされたというのも嘘ですね…ご主人は誰だったんですか」
「トモヒロは自己啓発セミナーに参加したことがあったでしょう…あの人…そして主人は私を教祖に祀り上げた」
「どうしてそんなことを…」
僕は言葉を失った。
「私がグノーシス主義に惹かれていたのは事実。だけど主人はそれをお金儲けに利用しようと考えたの。そして理趣経と宗教組織を知る為に、私は得度した」
「やっぱりロンドンに留学していた彼氏がご主人だったんですね。一度チラッと見ただけだから、僕にはわかりませんでした」
そのとき陽が陰った。氷山に衝突した客船が沈むように、太陽は急速に輝きを失っていった。カラスたちが飛び立ち、空は夕暮れのように紫に染められた。
皆既日蝕だった。
太陽は隠されたが、流れるような白色の輝きだけは縁に残っていた。すべてが眠りに就いたかのように不思議な静寂が訪れた。
また目の前に道化が立っていた。
「遅かったな」
道化は又ゲラゲラと笑った。
「あんたに残ったのは渇望だけだ。渇望だけを永遠に感じ続ける。ある意味、地獄だな」
そう言うと道化はすぐに消えた。
「トモヒロ…」
背後で声がした。振り返ると、白いブラウスに青いプリーツスカートを身につけた女性が立っていた。
「ごめんなさい…トモヒロ」
麻里さんは言った。
「麻里さん…どうしてこんなことに…」
僕が言うと、麻里さんは淋しげに微笑んだ。
「太陽のせい、と言ったらトモヒロは怒るかしら」
「いいえ」
僕は首を振った。
「怒りませんよ」
麻里さんは頷いた。
「トモヒロと離れなければ、きっとこんなことにはならなかった。どこかで人生の歯車が狂ってしまったのね」
麻里さんは目蓋に涙を浮かべていた。
「あなたに近づけば、狂った歯車を元に戻すことが出来るような気がした。だけど、そうはならなかった。きっと遅過ぎたんだわ」
「ご主人を亡くされたというのも嘘ですね…ご主人は誰だったんですか」
「トモヒロは自己啓発セミナーに参加したことがあったでしょう…あの人…そして主人は私を教祖に祀り上げた」
「どうしてそんなことを…」
僕は言葉を失った。
「私がグノーシス主義に惹かれていたのは事実。だけど主人はそれをお金儲けに利用しようと考えたの。そして理趣経と宗教組織を知る為に、私は得度した」
「やっぱりロンドンに留学していた彼氏がご主人だったんですね。一度チラッと見ただけだから、僕にはわかりませんでした」
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