ウェントス

関谷俊博

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アメリカン・エアラインズ・センターでのステージは結構凝った演出がなされていた。ステージ上に投影された道化師の3Dスクリーン映像。道化師の笑い声は次第に高まり、一瞬の静寂が訪れる。
そして、爆音と共に複数の花火が打ち上げられ、スクリーンは落下。俺たちが現れるという仕掛けだ。
観客の響めきの中で、俺は叫んだ。
「ハロー!」
悲鳴のような歓声があがる。
「ウィー・アー・ジョクラトル!」
いつも通り、ボイス・オブ・ザ・スピリットで、ステージは幕を開けた。
俺はいつものように、醜悪に腰を振り、観客を小馬鹿にしたように舌を出し、奇声をあげながらステージを転げまわった。そう、俺たちはジョクラトル。真実を語る道化。どこでだって、俺たちは変わらない。
ボイス・オブ・ザ・スピリットの演奏が終わっても、歓声は収まらなかった。二曲目はラバー・オブ・ザ・テロリスト。邦題は「テロリストの恋人」。HALレーベル時代のヒット曲だ。日本語ではこんな歌詞になる。


流砂に足をとられ
溺れて堕ちる革命家を
僕は見つめている

テロリストは蜜の味

ドナウ川の岸
西方辺りに軍靴の音が高まり
馬の嘶きと怒号が入り混じる
 
ざわめく悪寒
昂揚する心

テロリストは息を潜め
流砂に足をとられながら
時を待つ

僕はそれを見つめている


ステージは順調に進み、ヤマ場に差し掛かっていた。
「ビー・ユアセルフ」
俺はMCで観客を煽った。
「エヴリワン・エルス・イズ・オールレディ・テイクン!」
オスカー・ワイルドの言葉だ。自分らしくあれ。他人の席はもう埋まっている。道化からのストレートなメッセージ。
「イェアー!」
観客は湧いた。拳を振り上げて。
ローディーのジェフが倉田にベースを渡す。ワールズエンドが始まった途端、倉田が慌てたのがわかった。堅実な倉田には珍しく音を外したりしている。白井も怪訝そうに、一瞬倉田を振り返った。どうした? 何が起きた?
倉田を気にかけながらも、俺は歌い始める。

アイ・ドロップ・ブレス・アット・ザ・エンド・オブ・ナイト…

一々面倒で仕方ないのだが、以下邦訳を纏めて記しておく。


夜の果てにそっと息をひそめ
冷たい焔に狂おしく身を鎮める

聞こえてくるのは
咆哮と怨恨の声ばかり

智慧の実を口にしたオウムは
頭の羽飾りをゆらしながら
けたたましく哄笑する

咲き乱れるラフレシア
泣き叫ぶマンドラゴラ

きみは確かに聞いた
世界の終りを刻む時計の音を


それ以降、ステージは順調に進んでいった。だがレイニィディストリクトの演奏が始まった途端、またそれは起きた。
倉田は初っ端から音を外した。その後、音を外すことは無かったが、倉田は明らかに怒っていた。
漸く事態が呑み込めた。ローディーのジェフがチューニングの違うベースを倉田に渡しているのだ。
コンサートは盛況のうちに終わったが、倉田は最後まで、ブスッとした顔のままだった。本当はベースを叩き壊したかったに違いない。
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