9 / 12
土砂降りの雨
しおりを挟む
再生屋の門の中は二人ともすでにわかっているつもりだった。門をくぐれば、門の外よりも薄暗くてちょっと湿っぽい。そんな景色が続いているはずだった。ところが、門の中で二人を待ち受けていたのは思いもよらぬ光景だった。
ザアァァァ。ドォォン。
門の中に入った二人は一週間前、あの男の子が来た時に音で聞こえていたような雷雨に遭遇していた。
「な、なにこれ……」
「走っていくしかないよ。亜希、行こう」
「え? 何? 何にも聞こえない」
隣にいる奈津の声すら雨と雷の音でかき消されていく。
「走ろうって言ってるの!」
奈津が大声を張り上げて、亜希の手を掴んだ。荒れた雨と雷の中、今にも滑りそうな敷石の上を飛び跳ねるように走る。陸上部顧問が勧誘を考えるほどの速さである。あっという間に店の入り口の前にたどり着いた。ただし、酷い雨に打たれた二人の体はずぶ濡れで……はない。
間違いなく雨に降られた二人の体の上で、撥水加工されたレインコートに落ちた水滴の様に、雨粒が丸い玉を作り出していた。二人が自分たちの体の水滴を手で払うと、雨粒は次から次へと地面へ落ちていく。そして雨に降られたことが嘘のように、二人の体の表面から水分がなくなっていった。
「なに……これ」
亜希が自分の体を見て、怪訝な顔をする。自分の体の上で起きた現象が信じられないとでも言いたいのだろう。
「服も体も乾いちゃったね」
奈津がいつものように、白い歯を見せながら亜希に笑顔を見せる。目の前で建物が姿を変えたり、自分一人ではたどり着くことができなかったりと、奈津は既に再生屋について亜希以上に不思議な現象に遭遇している。今更何が起きても動じなくなっているのかもしれない。
「う、うん」
「中、入る?」
体の水滴を払うために離した手を、もう一度繋ごうと奈津が亜希に向けて手を伸ばす。
「入る。一緒に、居てくれる?」
「もちろん!」
亜希の甘えた言葉に、奈津が嬉しそうに笑った。普段は自分が甘える側だと、自覚しているからこそ、亜希の態度が嬉しくて仕方ない。
二人は固く手を繋いで、再生屋の引き戸を開けた。
一週間前と何も変わることのない暗闇が目の前に広がる。うなぎの寝床のように細長い店内を、障害物をよけながら進む。
ほぼ暗闇の様な店内を真っ直ぐ歩いて、店の奥に進んでいくと、先週も聞いた年齢の判断しづらい声が二人の耳に届く。
「ようござった。修理はもうはい、いっつか終わっとる。雷雨はおそぎゃあなかったんか?」
「走ってきたので……」
「ほうかね。ほんじゃあオルゴールは返すで」
女からオルゴールを受け取った亜希が、その小さな箱の横に付いている金具をクルクルと回す。途端にその小さな箱からは可憐な音が可愛らしいメロディを奏でた。
「なおってる……」
「亜希! 良かったね!」
「気に入ってもらえたかね」
「あ、あの。対価って?」
「亜希ちゃんはもう払っとるから、あんきと持って帰りゃあ」
「わたし……何も払って……」
「対価って何ですか?!」
また帰されちゃあたまらないと、奈津が女と亜希の会話に口を挟む。
「対価かい? ここまで来る間に怖い思いをしただろう?」
「こわい……雷雨のこと?」
「奈津ちゃんは、再生屋に色々思うことがありそうね。さぁ、どうしたものかしら」
女は何もない天井に視線を上げて、考え込んでいる様だった。その口調からは古い名古屋弁も消え、誤魔化すことをやめた様にも見える。
「再生屋に来られるのは、亜希だけですよね?」
奈津の追求に驚いた顔をしたのは、女ではなく亜希だ。
「私だけ?」
「そう! 亜希だけなの。私一人じゃあ店すら見つけられなかった」
「一人で来たの?!」
「ちょっとね。まぁ、それはともかく、私じゃあ辿り着けなかったの。再生屋は、来る人を選んでるってこと」
「んー。奈津ちゃん、惜しいわ。来る人を選んでるんじゃなくて、本気の願いがある人の前にしか姿を現さないのよ。直したいものへの想いの強さが必要だってことね」
「だから、亜希だけ?」
「亜希ちゃんの想いは本物だってこと。この店を見つけ出して、あの雷雨にさえ耐えることができれば、最初に言った通り、何だって直してあげるわよ。直すものによって、対価は人それぞれだけど」
ザアァァァ。ドォォン。
門の中に入った二人は一週間前、あの男の子が来た時に音で聞こえていたような雷雨に遭遇していた。
「な、なにこれ……」
「走っていくしかないよ。亜希、行こう」
「え? 何? 何にも聞こえない」
隣にいる奈津の声すら雨と雷の音でかき消されていく。
「走ろうって言ってるの!」
奈津が大声を張り上げて、亜希の手を掴んだ。荒れた雨と雷の中、今にも滑りそうな敷石の上を飛び跳ねるように走る。陸上部顧問が勧誘を考えるほどの速さである。あっという間に店の入り口の前にたどり着いた。ただし、酷い雨に打たれた二人の体はずぶ濡れで……はない。
間違いなく雨に降られた二人の体の上で、撥水加工されたレインコートに落ちた水滴の様に、雨粒が丸い玉を作り出していた。二人が自分たちの体の水滴を手で払うと、雨粒は次から次へと地面へ落ちていく。そして雨に降られたことが嘘のように、二人の体の表面から水分がなくなっていった。
「なに……これ」
亜希が自分の体を見て、怪訝な顔をする。自分の体の上で起きた現象が信じられないとでも言いたいのだろう。
「服も体も乾いちゃったね」
奈津がいつものように、白い歯を見せながら亜希に笑顔を見せる。目の前で建物が姿を変えたり、自分一人ではたどり着くことができなかったりと、奈津は既に再生屋について亜希以上に不思議な現象に遭遇している。今更何が起きても動じなくなっているのかもしれない。
「う、うん」
「中、入る?」
体の水滴を払うために離した手を、もう一度繋ごうと奈津が亜希に向けて手を伸ばす。
「入る。一緒に、居てくれる?」
「もちろん!」
亜希の甘えた言葉に、奈津が嬉しそうに笑った。普段は自分が甘える側だと、自覚しているからこそ、亜希の態度が嬉しくて仕方ない。
二人は固く手を繋いで、再生屋の引き戸を開けた。
一週間前と何も変わることのない暗闇が目の前に広がる。うなぎの寝床のように細長い店内を、障害物をよけながら進む。
ほぼ暗闇の様な店内を真っ直ぐ歩いて、店の奥に進んでいくと、先週も聞いた年齢の判断しづらい声が二人の耳に届く。
「ようござった。修理はもうはい、いっつか終わっとる。雷雨はおそぎゃあなかったんか?」
「走ってきたので……」
「ほうかね。ほんじゃあオルゴールは返すで」
女からオルゴールを受け取った亜希が、その小さな箱の横に付いている金具をクルクルと回す。途端にその小さな箱からは可憐な音が可愛らしいメロディを奏でた。
「なおってる……」
「亜希! 良かったね!」
「気に入ってもらえたかね」
「あ、あの。対価って?」
「亜希ちゃんはもう払っとるから、あんきと持って帰りゃあ」
「わたし……何も払って……」
「対価って何ですか?!」
また帰されちゃあたまらないと、奈津が女と亜希の会話に口を挟む。
「対価かい? ここまで来る間に怖い思いをしただろう?」
「こわい……雷雨のこと?」
「奈津ちゃんは、再生屋に色々思うことがありそうね。さぁ、どうしたものかしら」
女は何もない天井に視線を上げて、考え込んでいる様だった。その口調からは古い名古屋弁も消え、誤魔化すことをやめた様にも見える。
「再生屋に来られるのは、亜希だけですよね?」
奈津の追求に驚いた顔をしたのは、女ではなく亜希だ。
「私だけ?」
「そう! 亜希だけなの。私一人じゃあ店すら見つけられなかった」
「一人で来たの?!」
「ちょっとね。まぁ、それはともかく、私じゃあ辿り着けなかったの。再生屋は、来る人を選んでるってこと」
「んー。奈津ちゃん、惜しいわ。来る人を選んでるんじゃなくて、本気の願いがある人の前にしか姿を現さないのよ。直したいものへの想いの強さが必要だってことね」
「だから、亜希だけ?」
「亜希ちゃんの想いは本物だってこと。この店を見つけ出して、あの雷雨にさえ耐えることができれば、最初に言った通り、何だって直してあげるわよ。直すものによって、対価は人それぞれだけど」
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子
ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。
Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。
涙が呼び込む神様の小径
景綱
キャラ文芸
ある日突然、親友の智也が亡くなってしまう。しかも康成の身代わりになって逝ってしまった。子供の頃からの友だったのに……。
康成は自分を責め引きこもってしまう。康成はどうなってしまうのか。
そして、亡き親友には妹がいる。その妹は……。
康成は、こころは……。
はたして幸せは訪れるのだろうか。
そして、どこかに不思議なアパートがあるという話が……。
子狼、子龍、子天狗、子烏天狗もいるとかいないとか。
私をもう愛していないなら。
水垣するめ
恋愛
その衝撃的な場面を見たのは、何気ない日の夕方だった。
空は赤く染まって、街の建物を照らしていた。
私は実家の伯爵家からの呼び出しを受けて、その帰路についている時だった。
街中を、私の夫であるアイクが歩いていた。
見知った女性と一緒に。
私の友人である、男爵家ジェーン・バーカーと。
「え?」
思わず私は声をあげた。
なぜ二人が一緒に歩いているのだろう。
二人に接点は無いはずだ。
会ったのだって、私がジェーンをお茶会で家に呼んだ時に、一度顔を合わせただけだ。
それが、何故?
ジェーンと歩くアイクは、どこかいつもよりも楽しげな表情を浮かべてながら、ジェーンと言葉を交わしていた。
結婚してから一年経って、次第に見なくなった顔だ。
私の胸の内に不安が湧いてくる。
(駄目よ。簡単に夫を疑うなんて。きっと二人はいつの間にか友人になっただけ──)
その瞬間。
二人は手を繋いで。
キスをした。
「──」
言葉にならない声が漏れた。
胸の中の不安は確かな形となって、目の前に現れた。
──アイクは浮気していた。
遊女の私が水揚げ直前に、お狐様に貰われた話
新条 カイ
キャラ文芸
子供の頃に売られた私は、今晩、遊女として通過儀礼の水揚げをされる。男の人が苦手で、嫌で仕方なかった。子供の頃から神社へお参りしている私は、今日もいつもの様にお参りをした。そして、心の中で逃げたいとも言った。そうしたら…何故かお狐様へ嫁入りしていたようで!?
懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。
梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。
あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。
その時までは。
どうか、幸せになってね。
愛しい人。
さようなら。
愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。
石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。
ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。
それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。
愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。
この作品は他サイトにも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる