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土砂降りの雨

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 再生屋の門の中は二人ともすでにわかっているつもりだった。門をくぐれば、門の外よりも薄暗くてちょっと湿っぽい。そんな景色が続いているはずだった。ところが、門の中で二人を待ち受けていたのは思いもよらぬ光景だった。

 ザアァァァ。ドォォン。

 門の中に入った二人は一週間前、あの男の子が来た時に音で聞こえていたような雷雨に遭遇していた。

「な、なにこれ……」

「走っていくしかないよ。亜希、行こう」

「え? 何? 何にも聞こえない」

 隣にいる奈津の声すら雨と雷の音でかき消されていく。

「走ろうって言ってるの!」

 奈津が大声を張り上げて、亜希の手を掴んだ。荒れた雨と雷の中、今にも滑りそうな敷石の上を飛び跳ねるように走る。陸上部顧問が勧誘を考えるほどの速さである。あっという間に店の入り口の前にたどり着いた。ただし、酷い雨に打たれた二人の体はずぶ濡れで……はない。
 間違いなく雨に降られた二人の体の上で、撥水加工されたレインコートに落ちた水滴の様に、雨粒が丸い玉を作り出していた。二人が自分たちの体の水滴を手で払うと、雨粒は次から次へと地面へ落ちていく。そして雨に降られたことが嘘のように、二人の体の表面から水分がなくなっていった。

「なに……これ」

 亜希が自分の体を見て、怪訝な顔をする。自分の体の上で起きた現象が信じられないとでも言いたいのだろう。
 
「服も体も乾いちゃったね」

 奈津がいつものように、白い歯を見せながら亜希に笑顔を見せる。目の前で建物が姿を変えたり、自分一人ではたどり着くことができなかったりと、奈津は既に再生屋について亜希以上に不思議な現象に遭遇している。今更何が起きても動じなくなっているのかもしれない。

「う、うん」

「中、入る?」

 体の水滴を払うために離した手を、もう一度繋ごうと奈津が亜希に向けて手を伸ばす。

「入る。一緒に、居てくれる?」

「もちろん!」

 亜希の甘えた言葉に、奈津が嬉しそうに笑った。普段は自分が甘える側だと、自覚しているからこそ、亜希の態度が嬉しくて仕方ない。
 二人は固く手を繋いで、再生屋の引き戸を開けた。


 一週間前と何も変わることのない暗闇が目の前に広がる。うなぎの寝床のように細長い店内を、障害物をよけながら進む。
 ほぼ暗闇の様な店内を真っ直ぐ歩いて、店の奥に進んでいくと、先週も聞いた年齢の判断しづらい声が二人の耳に届く。

ようござったよくきたね。修理はもうはいもういっつかとっくに終わっとる。雷雨はおそぎゃあなかったんか?」

「走ってきたので……」

「ほうかね。ほんじゃあオルゴールは返すで」

 女からオルゴールを受け取った亜希が、その小さな箱の横に付いている金具をクルクルと回す。途端にその小さな箱からは可憐な音が可愛らしいメロディを奏でた。

「なおってる……」

「亜希! 良かったね!」

「気に入ってもらえたかね」

「あ、あの。対価って?」

「亜希ちゃんはもう払っとるから、あんきと安心して持って帰りゃあ」

「わたし……何も払って……」

「対価って何ですか?!」

 また帰されちゃあたまらないと、奈津が女と亜希の会話に口を挟む。

「対価かい? ここまで来る間に怖い思いをしただろう?」

「こわい……雷雨のこと?」

「奈津ちゃんは、再生屋に色々思うことがありそうね。さぁ、どうしたものかしら」

 女は何もない天井に視線を上げて、考え込んでいる様だった。その口調からは古い名古屋弁も消え、誤魔化すことをやめた様にも見える。

「再生屋に来られるのは、亜希だけですよね?」

 奈津の追求に驚いた顔をしたのは、女ではなく亜希だ。

「私だけ?」

「そう! 亜希だけなの。私一人じゃあ店すら見つけられなかった」

「一人で来たの?!」

「ちょっとね。まぁ、それはともかく、私じゃあ辿り着けなかったの。再生屋は、来る人を選んでるってこと」

「んー。奈津ちゃん、惜しいわ。来る人を選んでるんじゃなくて、本気の願いがある人の前にしか姿を現さないのよ。直したいものへの想いの強さが必要だってことね」

「だから、亜希だけ?」

「亜希ちゃんの想いは本物だってこと。この店を見つけ出して、あの雷雨にさえ耐えることができれば、最初に言った通り、何だって直してあげるわよ。直すものによって、対価は人それぞれだけど」
 
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