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顔も、声も、人生も
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「と、飛ばされてくる人なんているんですか?」
「んん? ほんなもんおるわけないがね」
真剣に聞いた質問も、体よくあしらわれた様に感じる。その場で地団駄を踏んでしまいたくなる苛立ちを抑え切れずに、亜希の眉間にシワがよった。
「再生屋って何でも直してくれるって本当ですか?」
「何でも……ほんなことも知らずにござったのか?もちろん何でも直したるよ。服も靴もおもちゃも」
こんな異様な雰囲気でも、ただの修理屋のようで、亜希はほっと胸をなでおろした。
しかし、次に続く言葉に目を丸くする。
「顔も、声も、人生も何だって直したる」
商店街の中の、ただの修理屋とは思えない言葉が響いた。その途端、亜希の身体中を恐怖が鳥肌となって駆け巡る。
「あ、あ、あ、あのっ……」
恐怖が唇を引きつらせ、喉を渇かし、歯を鳴らし、言葉にならない言葉を紡ぐ。奈津の方を横目に見れば、既に固まって動けないようだ。
「きょ、きょうっ、今日はっ……や、や、止めて……」
「はよこっちに出してみやー。その、オルゴール」
今日は止めておこうと、もう帰ろうと、そう言いかけた言葉は、女の声に遮られる。
そして聞こえてきた言葉に、亜希は更に驚きを隠せない。
「なっ、なんっで……お、お、オルゴールって」
「ふふん。貴女が大切にしてるものやろ。それに、壊けてる。私わかってしまうんだよ」
亜希の戸惑いを鼻で笑った女が、理由にならない理由を話す。止まったままの亜希の足を動かすように、また誰かが背中を押した。
見ることのできない誰かの手によって無理矢理女の前に突き出される形になった亜希は、手の震えを抑えながら、オルゴールを女の前に出した。
女が亜希の手からオルゴールを受け取ると、ほとんど見えなかったはずの女の体の輪郭が、先ほどよりもはっきりしてきているように感じる。
そして目の錯覚かと思うぐらいゆっくりと、女の顔が見えるようになっていった。
徐々に見えるようになった女の顔を見て、亜希は息を呑んだ。その顔はあまりにも、美しかった。
キレイや可愛いといった形容詞では表現し切れない、まるで美術館に飾られた彫刻のようにその女の顔は整っていた。その顔立ちはまさに、作りものそのものである。
彫刻の様な顔立ち、若い人のような声で繰り出される昔ながらの名古屋弁の混じった会話。亜希は女の話した『顔も、声も、人生も、直したる。』その言葉を信じそうになっていた。
「亜希、亜希。本当にオルゴール預けるの?」
女と亜希との会話を呆然としながら聞いていた奈津が、亜希の耳元でささやく。奈津の言いたいことはよくわかる。亜希だって断ろうとしていたところだ。ただ、女の有無を言わせぬ雰囲気と、壊れているものがオルゴールだと当てられた驚きに、断るタイミングを逃してしまった。
「だって、ここまで来て断れないよ。もう渡しちゃったし」
亜希が負けずに奈津の耳元でささやく。そんな二人の様子を見ながら、女が嬉しそうに目を細めた。
「仲の良いこと。それじゃあ、オルゴールは預かっとくから。一週間ぐらいしたら取りにきてちょうよ。亜希ちゃん」
女の口から突然自分の名前が呼ばれ、亜希は驚きで全身が硬直する。
「は、はい……」
何で亜希の名前を知ってるのだろうなんて、そんな質問は無意味に思えた。既に女はオルゴールのことも知っていたし、そもそもこの店に入るように背中を押されたのも、女の前に出されたのも亜希だ。
何もかもお見通しだと女の目がそう言ってるようだった。
「ん?ちいと待って。雨が降ってくる。酷い雷雨が来るから、それが止んでから帰りゃあ。別のお客さんもみえるで、ふちっこに寄って」
亜希と奈津の帰宅を止めようと、女が雷雨と客の訪れを告げる。今日の降水確率は0%だったはずだ。今朝登校前にテレビから流れていたニュースの気象予報士の言葉を思い出す。
亜希の怪訝な顔にも動じずに、ニヤッと歯を覗かせて笑う。亜希と奈津はその視線から逃れるように、女に言われた通り道を開ける。
その時だった。ザアッという雨の音とドォォンという雷の音が耳に入る。
そして、店の入り口から、亜希達よりも小さい子が一人で歩いて来た。
「んん? ほんなもんおるわけないがね」
真剣に聞いた質問も、体よくあしらわれた様に感じる。その場で地団駄を踏んでしまいたくなる苛立ちを抑え切れずに、亜希の眉間にシワがよった。
「再生屋って何でも直してくれるって本当ですか?」
「何でも……ほんなことも知らずにござったのか?もちろん何でも直したるよ。服も靴もおもちゃも」
こんな異様な雰囲気でも、ただの修理屋のようで、亜希はほっと胸をなでおろした。
しかし、次に続く言葉に目を丸くする。
「顔も、声も、人生も何だって直したる」
商店街の中の、ただの修理屋とは思えない言葉が響いた。その途端、亜希の身体中を恐怖が鳥肌となって駆け巡る。
「あ、あ、あ、あのっ……」
恐怖が唇を引きつらせ、喉を渇かし、歯を鳴らし、言葉にならない言葉を紡ぐ。奈津の方を横目に見れば、既に固まって動けないようだ。
「きょ、きょうっ、今日はっ……や、や、止めて……」
「はよこっちに出してみやー。その、オルゴール」
今日は止めておこうと、もう帰ろうと、そう言いかけた言葉は、女の声に遮られる。
そして聞こえてきた言葉に、亜希は更に驚きを隠せない。
「なっ、なんっで……お、お、オルゴールって」
「ふふん。貴女が大切にしてるものやろ。それに、壊けてる。私わかってしまうんだよ」
亜希の戸惑いを鼻で笑った女が、理由にならない理由を話す。止まったままの亜希の足を動かすように、また誰かが背中を押した。
見ることのできない誰かの手によって無理矢理女の前に突き出される形になった亜希は、手の震えを抑えながら、オルゴールを女の前に出した。
女が亜希の手からオルゴールを受け取ると、ほとんど見えなかったはずの女の体の輪郭が、先ほどよりもはっきりしてきているように感じる。
そして目の錯覚かと思うぐらいゆっくりと、女の顔が見えるようになっていった。
徐々に見えるようになった女の顔を見て、亜希は息を呑んだ。その顔はあまりにも、美しかった。
キレイや可愛いといった形容詞では表現し切れない、まるで美術館に飾られた彫刻のようにその女の顔は整っていた。その顔立ちはまさに、作りものそのものである。
彫刻の様な顔立ち、若い人のような声で繰り出される昔ながらの名古屋弁の混じった会話。亜希は女の話した『顔も、声も、人生も、直したる。』その言葉を信じそうになっていた。
「亜希、亜希。本当にオルゴール預けるの?」
女と亜希との会話を呆然としながら聞いていた奈津が、亜希の耳元でささやく。奈津の言いたいことはよくわかる。亜希だって断ろうとしていたところだ。ただ、女の有無を言わせぬ雰囲気と、壊れているものがオルゴールだと当てられた驚きに、断るタイミングを逃してしまった。
「だって、ここまで来て断れないよ。もう渡しちゃったし」
亜希が負けずに奈津の耳元でささやく。そんな二人の様子を見ながら、女が嬉しそうに目を細めた。
「仲の良いこと。それじゃあ、オルゴールは預かっとくから。一週間ぐらいしたら取りにきてちょうよ。亜希ちゃん」
女の口から突然自分の名前が呼ばれ、亜希は驚きで全身が硬直する。
「は、はい……」
何で亜希の名前を知ってるのだろうなんて、そんな質問は無意味に思えた。既に女はオルゴールのことも知っていたし、そもそもこの店に入るように背中を押されたのも、女の前に出されたのも亜希だ。
何もかもお見通しだと女の目がそう言ってるようだった。
「ん?ちいと待って。雨が降ってくる。酷い雷雨が来るから、それが止んでから帰りゃあ。別のお客さんもみえるで、ふちっこに寄って」
亜希と奈津の帰宅を止めようと、女が雷雨と客の訪れを告げる。今日の降水確率は0%だったはずだ。今朝登校前にテレビから流れていたニュースの気象予報士の言葉を思い出す。
亜希の怪訝な顔にも動じずに、ニヤッと歯を覗かせて笑う。亜希と奈津はその視線から逃れるように、女に言われた通り道を開ける。
その時だった。ザアッという雨の音とドォォンという雷の音が耳に入る。
そして、店の入り口から、亜希達よりも小さい子が一人で歩いて来た。
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