3 / 5
出会い
しおりを挟む
今日の相手はやけに整った顔をしている。
糸が捕えてきた相手。その男がこちらを向いた瞬間、美しい顔立ちに息をするのも忘れて見惚れた。
これは、一瞬のうちに胃を満たすだけでは勿体無い。
そもそも退屈が故に捕えてきたのだ。
空腹を満たすべきは、まだまだ先のこと。
「何か、言いたいことがあれば聞いてやることもやぶさかではない」
体つきは男らしいが、その顔は角度によっては女にも見える。
その整った顔から、一体どのような声を聞かせてくれるのか。どのような言葉を紡いでくれるのか。
いつもの男たちと変わらぬ言葉であったなら、興醒めだ。
「私が望んでやってきた場所ではありませんから、これといって話すこともありますまい」
声音は他の男と変わり映えはしないが、その低音がやけに腹に響く。じんと響いた音が心地よい。
それにしても私を前にこれだけ冷静にいられるとは、肝の座り方も悪くない。
さて、どうしてくれようか。
✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎
糸に捕えられ連れてこられたのは、あの社の中か。張り巡らせられた蜘蛛の糸は、一人の女性を中心に作られているように見える。
この様な場所で糸を操って、まさか言葉が通じる相手だと思いもよらなかった。
「貴女が、私をここへ?」
私に何の用があるというのか? 初めて立ち寄った場所、これも奇縁というものか。
「わらわが捕えてきたわけではない。糸が勝手に運んでくるだけだ」
「その糸を操っているのは貴女でしょう?」
「わらわではないと言っておろう? 糸は勝手に伸びる。わらわが空腹だと言えば、すぐにでもどこかから人間が連れてこられる」
「空腹だったのですか?」
腹が空き、私が連れてこられた。それならば、待ち受ける運命は決まっている。
私の旅はここで終わりだ。
許されぬ相手へ情を抱いた私への罰。それならば、慎んで受けねばならぬ。
「いや。ただ退屈だったのだ」
退屈とは。何とも贅沢な悩み。
話し相手をご所望か? それとも遊び相手か。
「それでは退屈しのぎに、私が話し相手になりましょう」
「わらわの話し相手か! そのような申し出、初めて受けたぞ」
それはそうだろう。この様に不気味な場所でなければ、あの妖艶な体つき。生唾を飲み込む男がいないわけがない。
「あぁ愉快! もう人間は呼び寄せぬつもりではいたが、最後がこの男だとしたら何とも愉快な終わりだ」
「最後?」
「さよう。人間を喰らうのも、この様な場所で何を為すこともなく生き続けるのも退屈だ。もうわらわの気を動かすのは本能しかない。ただ、そんな生き様は虚しいだけであろう」
目を伏せながら自嘲的に笑ったその顔は、儚げにも見えて、余計に彼女への興味をそそる。
「そのように考えるとは……」
物の怪の類であろうに、まるで人間ではないか。
先の村の女性たちよりもずっと成熟した思考に、昨夜の居場所はここであるべきだったと、胸の中を後悔が騒つく。
「なんだ? わらわの様な物がそのように考えるのが不思議か? こう見えて、お主より長く生きておる。考えるのは、何も人間ばかりではない」
彼女の冷えた視線、唇をなぞる紅の舌を見れば、喉の奥が締められたように息ができない。
ヒューっと頼りない吐息をたてながら、もう一度口を開いた。
糸が捕えてきた相手。その男がこちらを向いた瞬間、美しい顔立ちに息をするのも忘れて見惚れた。
これは、一瞬のうちに胃を満たすだけでは勿体無い。
そもそも退屈が故に捕えてきたのだ。
空腹を満たすべきは、まだまだ先のこと。
「何か、言いたいことがあれば聞いてやることもやぶさかではない」
体つきは男らしいが、その顔は角度によっては女にも見える。
その整った顔から、一体どのような声を聞かせてくれるのか。どのような言葉を紡いでくれるのか。
いつもの男たちと変わらぬ言葉であったなら、興醒めだ。
「私が望んでやってきた場所ではありませんから、これといって話すこともありますまい」
声音は他の男と変わり映えはしないが、その低音がやけに腹に響く。じんと響いた音が心地よい。
それにしても私を前にこれだけ冷静にいられるとは、肝の座り方も悪くない。
さて、どうしてくれようか。
✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎
糸に捕えられ連れてこられたのは、あの社の中か。張り巡らせられた蜘蛛の糸は、一人の女性を中心に作られているように見える。
この様な場所で糸を操って、まさか言葉が通じる相手だと思いもよらなかった。
「貴女が、私をここへ?」
私に何の用があるというのか? 初めて立ち寄った場所、これも奇縁というものか。
「わらわが捕えてきたわけではない。糸が勝手に運んでくるだけだ」
「その糸を操っているのは貴女でしょう?」
「わらわではないと言っておろう? 糸は勝手に伸びる。わらわが空腹だと言えば、すぐにでもどこかから人間が連れてこられる」
「空腹だったのですか?」
腹が空き、私が連れてこられた。それならば、待ち受ける運命は決まっている。
私の旅はここで終わりだ。
許されぬ相手へ情を抱いた私への罰。それならば、慎んで受けねばならぬ。
「いや。ただ退屈だったのだ」
退屈とは。何とも贅沢な悩み。
話し相手をご所望か? それとも遊び相手か。
「それでは退屈しのぎに、私が話し相手になりましょう」
「わらわの話し相手か! そのような申し出、初めて受けたぞ」
それはそうだろう。この様に不気味な場所でなければ、あの妖艶な体つき。生唾を飲み込む男がいないわけがない。
「あぁ愉快! もう人間は呼び寄せぬつもりではいたが、最後がこの男だとしたら何とも愉快な終わりだ」
「最後?」
「さよう。人間を喰らうのも、この様な場所で何を為すこともなく生き続けるのも退屈だ。もうわらわの気を動かすのは本能しかない。ただ、そんな生き様は虚しいだけであろう」
目を伏せながら自嘲的に笑ったその顔は、儚げにも見えて、余計に彼女への興味をそそる。
「そのように考えるとは……」
物の怪の類であろうに、まるで人間ではないか。
先の村の女性たちよりもずっと成熟した思考に、昨夜の居場所はここであるべきだったと、胸の中を後悔が騒つく。
「なんだ? わらわの様な物がそのように考えるのが不思議か? こう見えて、お主より長く生きておる。考えるのは、何も人間ばかりではない」
彼女の冷えた視線、唇をなぞる紅の舌を見れば、喉の奥が締められたように息ができない。
ヒューっと頼りない吐息をたてながら、もう一度口を開いた。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
時守家の秘密
景綱
キャラ文芸
時守家には代々伝わる秘密があるらしい。
その秘密を知ることができるのは後継者ただひとり。
必ずしも親から子へ引き継がれるわけではない。能力ある者に引き継がれていく。
その引き継がれていく秘密とは、いったいなんなのか。
『時歪(ときひずみ)の時計』というものにどうやら時守家の秘密が隠されているらしいが……。
そこには物の怪の影もあるとかないとか。
謎多き時守家の行く末はいかに。
引き継ぐ者の名は、時守彰俊。霊感の強い者。
毒舌付喪神と二重人格の座敷童子猫も。
*エブリスタで書いたいくつかの短編を改稿して連作短編としたものです。
(座敷童子猫が登場するのですが、このキャラをエブリスタで投稿した時と変えています。基本的な内容は変わりありませんが結構加筆修正していますのでよろしくお願いします)
お楽しみください。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
愛する貴方の心から消えた私は…
矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。
周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。
…彼は絶対に生きている。
そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。
だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。
「すまない、君を愛せない」
そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。
*設定はゆるいです。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/chara_novel.png?id=8b2153dfd89d29eccb9a)
乙女フラッグ!
月芝
キャラ文芸
いにしえから妖らに伝わる調停の儀・旗合戦。
それがじつに三百年ぶりに開催されることになった。
ご先祖さまのやらかしのせいで、これに参加させられるハメになる女子高生のヒロイン。
拒否権はなく、わけがわからないうちに渦中へと放り込まれる。
しかしこの旗合戦の内容というのが、とにかく奇天烈で超過激だった!
日常が裏返り、常識は霧散し、わりと平穏だった高校生活が一変する。
凍りつく刻、消える生徒たち、襲い来る化生の者ども、立ちはだかるライバル、ナゾの青年の介入……
敵味方が入り乱れては火花を散らし、水面下でも様々な思惑が交差する。
そのうちにヒロインの身にも変化が起こったりして、さぁ大変!
現代版・お伽活劇、ここに開幕です。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます
おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」
そう書き残してエアリーはいなくなった……
緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。
そう思っていたのに。
エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて……
※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。
あまりさんののっぴきならない事情
菱沼あゆ
キャラ文芸
強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。
充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。
「何故、こんなところに居る? 南条あまり」
「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」
「それ、俺だろ」
そーですね……。
カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。
私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜
月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。
だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。
「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。
私は心を捨てたのに。
あなたはいきなり許しを乞うてきた。
そして優しくしてくるようになった。
ーー私が想いを捨てた後で。
どうして今更なのですかーー。
*この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。
妖狐
ねこ沢ふたよ
キャラ文芸
妖狐の話です。(化け狐ですので、ウチの妖狐達は、基本性別はありません。)
妖の不思議で捉えどころのない人間を超えた雰囲気が伝われば嬉しいです。
妖の長たる九尾狐の白金(しろがね)が、弟子の子狐、黄(こう)を連れて、様々な妖と対峙します。
【社】 その妖狐が弟子を連れて、妖術で社に巣食う者を退治します。
【雲に梯】 身分違いの恋という意味です。街に出没する妖の話です。<小豆洗い・木花咲夜姫>
【腐れ縁】 山猫の妖、蒼月に白金が会いにいきます。<山猫> 挿絵2022/12/14
【件<くだん>】 予言を得意とする妖の話です。<件>
【喰らう】 廃病院で妖魔を退治します。<妖魔・雲外鏡>
【狐竜】 黄が狐の里に長老を訪ねます。<九尾狐(白金・紫檀)・妖狐(黄)>
【狂信】 烏天狗が一羽行方不明になります。見つけたのは・・・。<烏天狗>
【半妖<はんよう>】薬を届けます。<河童・人面瘡>
【若草狐<わかくさきつね>】半妖の串本の若い時の話です。<人面瘡・若草狐・だいだらぼっち・妖魔・雲外鏡>
【狒々<ひひ>】若草と佐次で狒々の化け物を退治します。<狒々>
【辻に立つ女】辻に立つ妖しい夜鷹の女 <妖魔、蜘蛛女、佐門>
【幻術】幻術で若草が騙されます<河童、佐門、妖狐(黄金狐・若草狐)>
【妖魔の国】佐次、復讐にいきます。<妖魔、佐門、妖狐(紫檀狐)>
【母】佐門と対決しています<ガシャドクロ、佐門、九尾狐(紫檀)>
【願い】紫檀無双、佐次の策<ガシャドクロ、佐門、九尾狐(紫檀)>
【満願】黄の器の穴の話です。<九尾狐(白金)妖狐(黄)佐次>
【妖狐の怒り】【縁<えにし>】【式神】・・・対佐門バトルです。
【狐竜 紫檀】佐門とのバトル終了して、紫檀のお仕事です。
【平安】以降、平安時代、紫檀の若い頃の話です。
<黄金狐>白金、黄金、蒼月の物語です。
【旅立ち】
※気まぐれに、挿絵を足してます♪楽しませていただいています。
※絵の荒さが気にかかったので、一旦、挿絵を下げています。
もう少し、綺麗に描ければ、また上げます。
2022/12/14 少しずつ改良してあげています。多少進化したはずですが、また気になる事があれば下げます。迷走中なのをいっそお楽しみください。ううっ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる