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僕の気持ち 1
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「俺、誰よりも笠原を選ぶって伝えたつもりだったんだけど。本当に伝わってない?」
僕の部屋のリビング、そこまで黙ったままの早川が、僕の頬に手を添えてそう言った。
僕の顔はまだ熱が残ったままで、ひんやりとした早川の手が心地良い。
「つ、伝わってる」
「じゃあ、どうして逃げるんだ?」
「だって……優斗と行くだろうって思って……」
僕の言葉に呆れた顔をした早川が僕から離れて、一人がけのソファに座る。
「笠原もおいで」
ポンポンっと早川の体の前、膝の間の空間を手で叩くと、僕の顔を見て穏やかに微笑む。
その笑顔に誘われるように、そっとソファに近づいて行けば、早川の腕に腰を抱き止められた。
「捕まえた」
そう言った早川の腕に、ぐっと力が入る。
捕まえられるってわかってて近づいて行った僕に、断る権利なんてなくて。
一人がけのソファに早川と二人。
大きめのソファとはいえ、二人で座るスペースはない。
早川の足に乗せられるようにして、後ろから抱きすくめられた。
「重たくない?」
「そんなに、やわじゃない」
「何で、優斗と行かなかったの?」
「まだそんなこと言ってる。お前の方が先約。それにお前を選ぶって、そういうことだろ? どうしてあいつと一緒に行くって考えるんだよ」
「優斗が選ばれないことなんてない。みんな、僕より優斗が良いって……」
「みんなって?」
「友達とか、家族とか」
「俺を『みんな』に入れるな。笠原には何度言っても伝わらないみたいだけど、俺はお前を選ぶから。お前より……は俺にはない」
早川の頭が、気がつけば僕の背中に触れていて、そこから感じる温かさに、改めて距離の近さを実感する。
早川が何度も繰り返してくれる、僕を選ぶって言葉の意味が、僕にはようやく理解できてきた。
早川にとってあの言葉は、あれきりのことでも、僕がもう一度誰彼構わず相手していた日々に戻るのを止めるためでもない。
僕の隣に誰がいたって、僕を選んでくれるって、そういうことだ。
「へ、へへっ」
「どうした?」
僕の笑ってるのか泣いてるのかよくわからない声に、早川が後ろから僕の顔を覗き込む。
早川の言葉が嬉しくて、照れ臭くて、泣き笑いみたいになってしまった。
「なんて顔、してるんだよ」
僕の顔を覗き込んだ早川が、思わず吹き出したのが見える。
「へ、変……だよね」
「変……かもな。可愛いけど。泣きたいの? 笑いたいの?」
「どっちだろ。嬉しくて、嬉しすぎて、泣けた」
僕の嬉し涙は、これまで流したどの涙よりも温かかった。
「こんな風に言ってもらえる日がくるなんて思ってもなかった。想像したこともないよ」
「こんなことでいいの? そしたら、これから何度だって言ってやるよ。笠原が聞き飽きるぐらい、繰り返してやる。手始めに、何回聞いておく?」
「そんな安売りするなよ。勿体ない」
「勿体ない? 聞いておかないと、勿体ないと思うけど」
早川とのくだけた会話が、徐々に僕の涙を止めていく。
僕がなりたい姿を見せるんじゃなくて、僕のありのままを見せられる相手。
なりたい姿を、努力してる姿を見ていてくれた課長とは違う。
僕を、僕のままで受け入れてくれるんだ。
人に言えないようなことを繰り返していた僕のことさえ、後ろから包み込んでくれる。
涙を拭ってくれる誰かが、早川ならいいのに。
「僕、わりと欲張りだよ。何度でも言って欲しくなる」
「願ったり叶ったりだな。俺は何度でも伝えてやりたい」
背中から伝わってくる早川の体温。
僕の体温と重なった部分だけが妙に熱く感じて、心臓が高鳴りすぎて苦しい。
僕が早川に対して思ってることを伝えたら、きっと早川は呆れてしまう。
広瀬課長が好きだって、そう言っていた僕はどこへ行ったんだって。そんな風に思われる。
だから、今は、このまま何も言わずに――。
「あー。やっぱり俺には無理だ」
突然後ろで響いた早川の声に、僕の体は硬直してしまった。
無理? 何が?
早川の言葉が僕の熱を急激に奪って、全身冷や水を浴びせられたように寒い。
「な、何が?」
早さを増していく鼓動が声を震わせる。バレないように抑え込みたくても、カタカタと鳴る歯が僕の緊張感を押し出して。
「俺、我慢しようと思ってたんだよ。笠原は広瀬課長が好きだから」
「うん……」
「その課長がいなくなってさ、その後も笠原にとってはきついことが重なって。そんな時に言うことじゃないって」
「何を?」
何を、言いたいんだろう。
言うのを我慢しなきゃいけないほどのこと?
僕は何を言われるんだ?
「今の笠原に言うのは、卑怯だろうなって。弱みにつけ込んでるんじゃないかって。でも、もう我慢できない」
背中に当たった早川の頭が不意に離れていく。
温かさが消えていく背中が寂しくて、早川の方を振り返った。
「やっぱり顔が見たいな。笠原、こっちに座って」
早川が器用に僕の横を抜けてソファから立ち上がると、交代に僕の体だけがソファの上。
何が起きるかわかってない僕の目の前には早川の笑顔。
「どうかした?」
「笠原は優しいからさ、俺に同情とかするなよ」
「へ? 同情? そんなのしないよ」
「お前の、率直な気持ちが聞きたい」
「僕の気持ち?」
「俺、笠原が好きだ」
「ふぇ? な、何て……」
早川の告白に、頭の中が真っ白だ。
「聞こえなかった? それとも、もう一度言って欲しいってこと?」
「ち、違う。そうじゃなくて」
「欲張りなんだよな。仕方ない。お前のこと、好きだよ」
「ま、待って。えっと……僕?」
今度こそ気のせいじゃない。
ちゃんと音になった言葉。
面と向かって好意を口にされたのが初めてで、どう返事をすれば良いかも、何を話せば良いかもわからない。
「笠原意外、誰がいるの。他の誰でもない、笠原隼斗が好きだ」
「えと……えっと……あの」
何度も繰り返される告白に、僕も気持ちを伝えなきゃって、焦れば焦るほど声にならない。
「はっきり言ってくれていい。課長が海外に行って、まだ大して時間も経ってないし。俺がどの面下げてって思うのもわかるし。だから、笠原の率直な気持ちが知りたい」
僕の気持ち。伝えても呆れられない?
嫌がられない?
早川が真正面から伝えてくれた好意に、僕の言葉をきちんと伝えよう。
僕の部屋のリビング、そこまで黙ったままの早川が、僕の頬に手を添えてそう言った。
僕の顔はまだ熱が残ったままで、ひんやりとした早川の手が心地良い。
「つ、伝わってる」
「じゃあ、どうして逃げるんだ?」
「だって……優斗と行くだろうって思って……」
僕の言葉に呆れた顔をした早川が僕から離れて、一人がけのソファに座る。
「笠原もおいで」
ポンポンっと早川の体の前、膝の間の空間を手で叩くと、僕の顔を見て穏やかに微笑む。
その笑顔に誘われるように、そっとソファに近づいて行けば、早川の腕に腰を抱き止められた。
「捕まえた」
そう言った早川の腕に、ぐっと力が入る。
捕まえられるってわかってて近づいて行った僕に、断る権利なんてなくて。
一人がけのソファに早川と二人。
大きめのソファとはいえ、二人で座るスペースはない。
早川の足に乗せられるようにして、後ろから抱きすくめられた。
「重たくない?」
「そんなに、やわじゃない」
「何で、優斗と行かなかったの?」
「まだそんなこと言ってる。お前の方が先約。それにお前を選ぶって、そういうことだろ? どうしてあいつと一緒に行くって考えるんだよ」
「優斗が選ばれないことなんてない。みんな、僕より優斗が良いって……」
「みんなって?」
「友達とか、家族とか」
「俺を『みんな』に入れるな。笠原には何度言っても伝わらないみたいだけど、俺はお前を選ぶから。お前より……は俺にはない」
早川の頭が、気がつけば僕の背中に触れていて、そこから感じる温かさに、改めて距離の近さを実感する。
早川が何度も繰り返してくれる、僕を選ぶって言葉の意味が、僕にはようやく理解できてきた。
早川にとってあの言葉は、あれきりのことでも、僕がもう一度誰彼構わず相手していた日々に戻るのを止めるためでもない。
僕の隣に誰がいたって、僕を選んでくれるって、そういうことだ。
「へ、へへっ」
「どうした?」
僕の笑ってるのか泣いてるのかよくわからない声に、早川が後ろから僕の顔を覗き込む。
早川の言葉が嬉しくて、照れ臭くて、泣き笑いみたいになってしまった。
「なんて顔、してるんだよ」
僕の顔を覗き込んだ早川が、思わず吹き出したのが見える。
「へ、変……だよね」
「変……かもな。可愛いけど。泣きたいの? 笑いたいの?」
「どっちだろ。嬉しくて、嬉しすぎて、泣けた」
僕の嬉し涙は、これまで流したどの涙よりも温かかった。
「こんな風に言ってもらえる日がくるなんて思ってもなかった。想像したこともないよ」
「こんなことでいいの? そしたら、これから何度だって言ってやるよ。笠原が聞き飽きるぐらい、繰り返してやる。手始めに、何回聞いておく?」
「そんな安売りするなよ。勿体ない」
「勿体ない? 聞いておかないと、勿体ないと思うけど」
早川とのくだけた会話が、徐々に僕の涙を止めていく。
僕がなりたい姿を見せるんじゃなくて、僕のありのままを見せられる相手。
なりたい姿を、努力してる姿を見ていてくれた課長とは違う。
僕を、僕のままで受け入れてくれるんだ。
人に言えないようなことを繰り返していた僕のことさえ、後ろから包み込んでくれる。
涙を拭ってくれる誰かが、早川ならいいのに。
「僕、わりと欲張りだよ。何度でも言って欲しくなる」
「願ったり叶ったりだな。俺は何度でも伝えてやりたい」
背中から伝わってくる早川の体温。
僕の体温と重なった部分だけが妙に熱く感じて、心臓が高鳴りすぎて苦しい。
僕が早川に対して思ってることを伝えたら、きっと早川は呆れてしまう。
広瀬課長が好きだって、そう言っていた僕はどこへ行ったんだって。そんな風に思われる。
だから、今は、このまま何も言わずに――。
「あー。やっぱり俺には無理だ」
突然後ろで響いた早川の声に、僕の体は硬直してしまった。
無理? 何が?
早川の言葉が僕の熱を急激に奪って、全身冷や水を浴びせられたように寒い。
「な、何が?」
早さを増していく鼓動が声を震わせる。バレないように抑え込みたくても、カタカタと鳴る歯が僕の緊張感を押し出して。
「俺、我慢しようと思ってたんだよ。笠原は広瀬課長が好きだから」
「うん……」
「その課長がいなくなってさ、その後も笠原にとってはきついことが重なって。そんな時に言うことじゃないって」
「何を?」
何を、言いたいんだろう。
言うのを我慢しなきゃいけないほどのこと?
僕は何を言われるんだ?
「今の笠原に言うのは、卑怯だろうなって。弱みにつけ込んでるんじゃないかって。でも、もう我慢できない」
背中に当たった早川の頭が不意に離れていく。
温かさが消えていく背中が寂しくて、早川の方を振り返った。
「やっぱり顔が見たいな。笠原、こっちに座って」
早川が器用に僕の横を抜けてソファから立ち上がると、交代に僕の体だけがソファの上。
何が起きるかわかってない僕の目の前には早川の笑顔。
「どうかした?」
「笠原は優しいからさ、俺に同情とかするなよ」
「へ? 同情? そんなのしないよ」
「お前の、率直な気持ちが聞きたい」
「僕の気持ち?」
「俺、笠原が好きだ」
「ふぇ? な、何て……」
早川の告白に、頭の中が真っ白だ。
「聞こえなかった? それとも、もう一度言って欲しいってこと?」
「ち、違う。そうじゃなくて」
「欲張りなんだよな。仕方ない。お前のこと、好きだよ」
「ま、待って。えっと……僕?」
今度こそ気のせいじゃない。
ちゃんと音になった言葉。
面と向かって好意を口にされたのが初めてで、どう返事をすれば良いかも、何を話せば良いかもわからない。
「笠原意外、誰がいるの。他の誰でもない、笠原隼斗が好きだ」
「えと……えっと……あの」
何度も繰り返される告白に、僕も気持ちを伝えなきゃって、焦れば焦るほど声にならない。
「はっきり言ってくれていい。課長が海外に行って、まだ大して時間も経ってないし。俺がどの面下げてって思うのもわかるし。だから、笠原の率直な気持ちが知りたい」
僕の気持ち。伝えても呆れられない?
嫌がられない?
早川が真正面から伝えてくれた好意に、僕の言葉をきちんと伝えよう。
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