【完結】出来損ないの僕が愛したのは優秀なきみたち

光城 朱純

文字の大きさ
上 下
25 / 30

優秀な弟 2

しおりを挟む
「笠原? 知り合い?」

 突然話しかけてきた優斗のことを気にしながらも、早川が静かに僕に尋ねてきてくれた。
 以前の時のように、威圧的な態度を取らずにいてくれたのは、優斗と僕が名前を呼び合っていたからかもしれない。

「僕の弟なんだ。優斗、こちらは僕の同僚の……」

「初めまして。隼斗の弟の笠原 優斗です。兄がいつもお世話になってます」

 僕の言葉を横から奪い取った優斗が、『本当に』なんて言葉が後ろに続くんじゃないかってぐらい深々と早川に頭を下げる。
 出来の悪い弟の代わりに頭を下げる兄貴の様な、昔から変わらない立ち振る舞い。

「初めまして。笠原の同期の早川 かけるです。お兄さんにはいつもお世話になってます」

 優斗のわざとらしいお辞儀もなんて事のない様な顔で、早川が名乗り出てくれる。
 優斗の態度を変に思ってるだろうに。

「早川さんは、今日もお仕事なんですか?」

 スーツ姿の早川と、私服の僕の組み合わせを変に感じたんだろう。
 優斗の質問は家族といえども踏み込み過ぎで、早川は嫌な思いをしてるはずだ。

「あぁ。月曜日までに仕上げるものが残っててね」

「お休みの日までお仕事なんて、大変ですね」

 優斗は僕にしたのと同じように、早川の頭から足の先までを見回した。
 僕と一緒に馬鹿にしていい相手かどうかを判断してるに違いない。
 優斗のこういう所が、僕は昔から好きじゃない。
 姿形で相手をランク付けするような真似、早川相手にしてほしくないのに。

 『身につけてるものだって、その人を判断する上で良い基準だろ?』
 そんな風に言われたことがある。
 見下されないようにまともな格好しろって、そんな文句と一緒に。

 ただ、早川は僕とは違う。
 仕立ての良いスーツ。高そうな腕時計。磨かれた靴。
 係長になってこれまでよりも気にする様になったって、前に話してくれたっけ。
 取引相手に侮られないように、部下に夢を見せるように、人から見られることをちゃんと意識してる。
 誰からも見られないからって、たかを括った僕とは違う。

「今日が珍しいだけで。普段の休日ならゆっくりしてるよ。きみも今日は仕事?」

 不躾な質問を投げかけた優斗に対しても、嫌な顔をせずに付き合ってくれてる早川には感謝しかない。
 土曜日の夜、自分と同じようにスーツ姿の優斗のことへと話題を進めていく早川は、あしらいかたも慣れたものだ。

「えぇそうなんです。休日だっていうのに、嫌になりますよ」

 優斗の視線が僕に一瞬向いたのは、この場に不釣り合いな私服だからだろう。
 お前だけ、仕事じゃないんだなって。
 そう言われてる様な気がする。

「お互い大変だけど、仕事なんてのはやれる時にやらないとな」

「そうですよね。今しかやれないこともありますから。チャンスはものにしていかないと」

 できる二人と、じゃない方の僕。
 心の中に普段から渦巻く劣等感が、ここぞとばかりに頭を出してくる。
 明るみにするわけにいかない感情を、表情でバレるわけにはいかない。

 二人に顔を見られたくなくて、俯けば地面の上で光る革靴。
 早川に負けず劣らずの格好の優斗は、やっぱりどこから見ても優秀な奴で。
 この場で出来損ないは、僕だけだ。

「早川さん! このまま飲みに行きません? もう少し話聞かせて下さいよ」

 自分の中の感情に意識が囚われていた僕の耳に、突如届いた優斗の声。
 誰にでも愛想の良い優斗は、こうやって誰の懐にでも入り込んでいく。
 早川も、僕なんかより話の楽しい優斗の方が良いよね。
 周りの大人たちも、僕の友達ですら、優斗と知り合えば優斗と親しくなって、僕より優斗が良いって言っていたから。
 仕方ない。優斗はできる奴だから。

「今夜? 笠原も行く?」

「ぼ、僕?!」

「あぁ。どうする?」

 優斗と早川と、僕?
 そんなの、ついていけるわけがない。
 ほら、早川の後ろから優斗が苦々しげな顔を見せてる。

「僕は、遠慮しておくよ。二人で行ってきていいから」

「笠原、行かないの?」

「うん。早川、優斗のことよろしく。また月曜日」

 自分の伝えたいことだけを一方的に伝えて、僕は早川に背を向けた。
 早川には僕と優斗を比べて欲しくない。
 比べられたんだって、知りたくもない。
 優斗の顔も、早川の顔すら見ることもできずに、その場から逃げ出してしまった。

 幸いにも今夜の約束は僕の部屋の近く。
 待ち合わせ場所までの道のりを、一直線に部屋へと戻った。
 今頃、何あいつ? なんて笑われてるかな。
 いつだって逃げ出してしまう僕のこと、早川も呆れてるに違いない。
 でも、選ばれないってわかってる。
 選んでもらえない瞬間に直面したくなかったから、逃げ出さずにいられなかった。
 
 あっという間に到着する見慣れた建物。
 セキュリティなんて考えられてる気配もないような僕の部屋。
 それでも、僕が僕らしくいられる唯一の場所だ。
 逃げた道中からやっと解放されることに安堵する。

「やっと、追いついた」

 その言葉が後ろから聞こえてきた時、僕の心は既に部屋の中にあったみたいで、つかの間の安心感が取り払われる。

「早川?」

 聞き慣れた声に後ろを振り向けば、髪を振り乱した早川が、息をあげて立っていた。

「笠原っ。思ったより、歩くの早いっ」

 肩で息をしながら話す早川の額には、似合わない汗が滲んでいて、乱れた髪を直しながら手で拭うのがわかる。

「どうしたの?」

「どうした? じゃないっ。また、俺から逃げる」

「逃げて……ない」

「嘘。バレバレなんだよ」

「ゆ、優斗は?」

「もちろん断ってきた。今夜は笠原と約束してるんだし、お前がいなくてどうするんだよ。名刺だけ渡したけど、番号すら書いてないからな。用があれば会社にかけてくるだろ」

「どうして……」

 優斗が断られるの?
 僕のこと、追いかけてきてくれるの?

「お前が先約だから。それに……」

 話をしながら、早川が一歩足を進めて僕との距離を縮める。

「誰よりもお前が良いって言ったよな。伝わってない?」

 そして、僕の耳元にそう言葉を落とした。
 その瞬間に僕の中から湧き上がる熱が顔まで上がって、頬が熱くなるのが自分でもわかる。

「また、そんな顔して。煽ってるの?」

「そんなことっ、してない」

「あーあ。今夜は俺の家の近くにすれば良かったな。そんな顔してる笠原、どこにも連れて行けない」

「どういうこと?」

「俺の家に来いって連れ込む」

 熱がおさまらない僕と目の前の僕の部屋。

「お、お、おれんちに、こいっ」
 
 僕がそう言うのが、正しいってことだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

平凡な俺が双子美形御曹司に溺愛されてます

ふくやまぴーす
BL
旧題:平凡な俺が双子美形御曹司に溺愛されてます〜利害一致の契約結婚じゃなかったの?〜 名前も見た目もザ・平凡な19歳佐藤翔はある日突然初対面の美形双子御曹司に「自分たちを助けると思って結婚して欲しい」と頼まれる。 愛のない形だけの結婚だと高を括ってOKしたら思ってたのと違う展開に… 「二人は別に俺のこと好きじゃないですよねっ?なんでいきなりこんなこと……!」 美形双子御曹司×健気、お人好し、ちょっぴり貧乏な愛され主人公のラブコメBLです。 🐶2024.2.15 アンダルシュノベルズ様より書籍発売🐶 応援していただいたみなさまのおかげです。 本当にありがとうございました!

契約結婚のはずなのに、冷徹なはずのエリート上司が甘く迫ってくるんですが!? ~結婚願望ゼロの私が、なぜか愛されすぎて逃げられません~

猪木洋平@【コミカライズ連載中】
恋愛
「俺と結婚しろ」  突然のプロポーズ――いや、契約結婚の提案だった。  冷静沈着で完璧主義、社内でも一目置かれるエリート課長・九条玲司。そんな彼と私は、ただの上司と部下。恋愛感情なんて一切ない……はずだった。  仕事一筋で恋愛に興味なし。過去の傷から、結婚なんて煩わしいものだと決めつけていた私。なのに、九条課長が提示した「条件」に耳を傾けるうちに、その提案が単なる取引とは思えなくなっていく。 「お前を、誰にも渡すつもりはない」  冷たい声で言われたその言葉が、胸をざわつかせる。  これは合理的な選択? それとも、避けられない運命の始まり?  割り切ったはずの契約は、次第に二人の境界線を曖昧にし、心を絡め取っていく――。  不器用なエリート上司と、恋を信じられない女。  これは、"ありえないはずの結婚"から始まる、予測不能なラブストーリー。

からかわれていると思ってたら本気だった?!

雨宮里玖
BL
御曹司カリスマ冷静沈着クール美形高校生×貧乏で平凡な高校生 《あらすじ》 ヒカルに告白をされ、まさか俺なんかを好きになるはずないだろと疑いながらも付き合うことにした。 ある日、「あいつ間に受けてやんの」「身の程知らずだな」とヒカルが友人と話しているところを聞いてしまい、やっぱりからかわれていただけだったと知り、ショックを受ける弦。騙された怒りをヒカルにぶつけて、ヒカルに別れを告げる——。 葛葉ヒカル(18)高校三年生。財閥次男。完璧。カリスマ。 弦(18)高校三年生。父子家庭。貧乏。 葛葉一真(20)財閥長男。爽やかイケメン。

大嫌いだったアイツの子なんか絶対に身籠りません!

みづき(藤吉めぐみ)
BL
国王の妾の子として、宮廷の片隅で母親とひっそりと暮らしていたユズハ。宮廷ではオメガの子だからと『下層の子』と蔑まれ、次期国王の子であるアサギからはしょっちゅういたずらをされていて、ユズハは大嫌いだった。 そんなある日、国王交代のタイミングで宮廷を追い出されたユズハ。娼館のスタッフとして働いていたが、十八歳になり、男娼となる。 初めての夜、客として現れたのは、幼い頃大嫌いだったアサギ、しかも「俺の子を孕め」なんて言ってきて――絶対に嫌! と思うユズハだが…… 架空の近未来世界を舞台にした、再会から始まるオメガバースです。

【完結】運命の番に逃げられたアルファと、身代わりベータの結婚

貴宮 あすか
BL
ベータの新は、オメガである兄、律の身代わりとなって結婚した。 相手は優れた経営手腕で新たちの両親に見込まれた、アルファの木南直樹だった。 しかし、直樹は自分の運命の番である律が、他のアルファと駆け落ちするのを手助けした新を、律の身代わりにすると言って組み敷き、何もかも初めての新を律の名前を呼びながら抱いた。それでも新は幸せだった。新にとって木南直樹は少年の頃に初めての恋をした相手だったから。 アルファ×ベータの身代わり結婚ものです。

初心者オメガは執着アルファの腕のなか

深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。 オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。 オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。 穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

モテる兄貴を持つと……(三人称改訂版)

夏目碧央
BL
 兄、海斗(かいと)と同じ高校に入学した城崎岳斗(きのさきやまと)は、兄がモテるがゆえに様々な苦難に遭う。だが、カッコよくて優しい兄を実は自慢に思っている。兄は弟が大好きで、少々過保護気味。  ある日、岳斗は両親の血液型と自分の血液型がおかしい事に気づく。海斗は「覚えてないのか?」と驚いた様子。岳斗は何を忘れているのか?一体どんな秘密が?

目が覚めたら異世界でした!~病弱だけど、心優しい人達に出会えました。なので現代の知識で恩返ししながら元気に頑張って生きていきます!〜

楠ノ木雫
恋愛
 病院に入院中だった私、奥村菖は知らず知らずに異世界へ続く穴に落っこちていたらしく、目が覚めたら知らない屋敷のベッドにいた。倒れていた菖を保護してくれたのはこの国の公爵家。彼女達からは、地球には帰れないと言われてしまった。  病気を患っている私はこのままでは死んでしまうのではないだろうかと悟ってしまったその時、いきなり目の前に〝妖精〟が現れた。その妖精達が持っていたものは幻の薬草と呼ばれるもので、自分の病気が治る事が発覚。治療を始めてどんどん元気になった。  元気になり、この国の公爵家にも歓迎されて。だから、恩返しの為に現代の知識をフル活用して頑張って元気に生きたいと思います!  でも、あれ? この世界には私の知る食材はないはずなのに、どうして食事にこの四角くて白い〝コレ〟が出てきたの……!?  ※他の投稿サイトにも掲載しています。

処理中です...