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僕、そんな奴だよ 2

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「笠原っ。ちょっと待って」

 少し重たいドアに手こずって、すんなり出て行くことのできなかった僕は、やっぱりどこまでいっても出来損ない。
 格好のつかない退場シーンに、早川が間に合ってしまった。

「何? もう話すことなんてないよ」

 これまでで出したこともない低い声に、自分自身が一番驚いた。
 諦めとか絶望とか怒りとか。そんな負の感情が身体中で渦巻いて、取り繕うことすらできない。
 喚き散らしたいような、泣き出したいような。
 何でも良い。どこかに当たり散らしてやりたい。

「どこ行くつもり?」

「帰るって、言った」

「家に?」

「当たり前だろ」

「それなら、良いけど……」

 それなら?

「僕が、あの人のところに行くとでも思った?」

「あ、いや。そういうわけじゃない……」

「じゃあどういうつもり? 名前も知らない人の連絡先なんて知るわけないだろ! それとも、行って欲しかった? 僕の話が本当だって、証拠でも欲しかった?」

「違うって」

「じゃあ何なんだよ! もう放っておいてよ! 早川は綺麗な場所で、僕のことなんて目もくれずに、生活してれば良いだろ!」

 抑えていた感情が、溢れ出してきてるのがわかる。気持ちよりも先に口が動いてるような、止めどなく出てくる言葉の、意味も理解できない。

「別にあの人じゃなくたって良いんだ! 誰だって! お望み通り、今すぐ引っかけてきてやる!」

 口に任せて一気に怒鳴りつけた。
 最後の一息まで聞いた早川が、僕の手首を掴んで、思い切り引き寄せた。

「ちょっ!!」

 引かれる力の強さに抵抗できない僕の体は、そのまま早川の上に倒れ込んだ。

「何するんだよ!」

「だから、違うって。あいつのところに行って欲しいわけでも、別の奴を連れてきて欲しいわけでもない。笠原が無事に家に帰ってくれるなら、それでいいんだけど、今は離せない」

 怒鳴りつけた僕とは違って、早川の声はさっきまでの威圧感とか驚きとか、そんなものどこかに置いてきた様に穏やかだった。
 早川の上に倒れ込んだ僕と早川は、玄関ホールに二人で座り込んでいて、気づいた時には僕は早川に抱きすくめられていた。

「笠原がどこかに行っちゃうかと思ったんだよ。家なら大丈夫だろって思ったのに、またあんなこと言うから。もうダメ。離してやらない」

 早川は、何を言ってるんだ?
 
「どうして? 僕がどこへ行こうと、何をやろうと関係ないだろ?」

「またそんなこと言う。やっぱり、離せないな」

 早川の胸に頭を押しつけられる様に抱きしめられて、早川が喋る度に吐息が髪の毛を揺らしていく。
 さわさわと揺れる髪の感触がくすぐったくて、全身がぞわついて。

「は、離して……」

「ダメ。また逃げるから」

「お願い……もう、逃げないから」

 早川に抱き込まれて、吐息が顔にかかって。くすぐったさは、直ぐに僕の疼きに変わった。

「なんて顔、してるの」

 焦らされてるような状況に、涙が浮かんでるのが自分でもわかる。泣きながら、顔を真っ赤にしてる僕は、これまでで一番変な顔をしてるだろう。

「離してって……言ってる」

「もう逃げない? そしたら離す」

「逃げない。だから……」

 こんな場所で、早川の隣で、こんな気持ちになってる自分が情けなくて悔しくて。
 溢れ出した涙が止まらずに流れ続ける。

 何もかも全部ぶちまけて、誰にも知られたくなかったことまでさらけ出して、これからどうすれば良い?
 あの沼には戻りたくない。
 でも戻るしかない。
 僕の居場所は、そこにしかない。

「離してやるから、そんなに泣くなよ」

 僕の背中に回されていた早川の腕が離れて、近かった顔も体も少し遠のいた。
 早川の部屋の玄関に座り込んで、次から次へと溢れ出てくる涙を拭って、僕は一体何をやってるんだろう。

「嫌だったか。悪い。あんな真似して」

 僕の涙の原因を自分のせいにした早川が、相変わらず涙の止まらない僕の顔を覗き込む。
 いつだったか見た、叱られた大型犬みたいな顔。
 課長のいない今、営業二課のエースがなんて顔してるんだ。

 涙は僕のせいで、早川のせいじゃないって伝えたくても、こぼれ落ちる涙は既に僕の意思じゃ制御できなくて。一体何で泣いてるのか、僕にも理解できない。
 首を横に振ることでどうにか伝えようとしたけど、心配そうに僕を見る早川には伝わってないだろう。

「笠原には、もうあいつには会ってほしくない。誰かを引っ掛けるだなんてこと、して欲しくない。毎週だなんて、そんな真似するなよ」

 僕の隣に並ぶように玄関ホールに座り込んで、早川が静かに話を始めた。

「俺が笠原のこと呼ぶから。必要なら、相手にだってなるから。誰だって良いなんて、もうそんなこと言うな」

 早川の声は泣いてる僕の耳にもしっかり聞こえて、心の中に染み渡る。
 僕にこんなことを言ってくれる人、誰もいなかった。
 こんな僕のことを知っても、呼んでくれるって。

 泣き顔を見られたくなくて俯いていた僕も、思わず顔を上げてしまった。
 本当に呼んでくれる?
 僕でも良いって、そう言ってくれる?

 早川の方へ顔を向ければ、目が合った早川が目を細めて笑った。
 僕のことを揶揄ってる顔じゃない。
 初めて見るその優しい笑顔に、やっと涙が引っ込んだ。

 早川の大きな手が、そっと僕の顔に近づいてくる。
 節の張った男らしい手が頬に添えられて、親指が涙の痕を拭ってくれた。

「良かった。やっと、泣き止んだ」

「ごめん……」

「俺こそ。嫌なことしたし、言わせたし。悪かったな」

「ううん。全部、本当だから」

 早川に向けて吐き出した全てが、たった一年前まで僕がやってきたこと。
 取り消すことのできない過去。

「もう良いよ。どれが本当でも構わない。これからは俺が真っ先に笠原を呼ぶ。笠原で良いなんて言わない。笠原が良いんだ。誰よりも、お前が良い」

「ありがとう」

「だから、もうやるな。そんな風に自分を安売りするな。もう少し、自分のこと大切にして」

 自分を大切にしようなんて、思ったこともない。役立たずの僕ならどうなっていいだろうって、何があっても構わないって、そう思ってた。
 早川はそんな僕が良いって言ってくれる。
 それなら、早川に言われるなら、大切にしてみようかな。
 大切ってどうすれば良いかわかんないけど。
 早川の為にやらなきゃ。
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