【完結】出来損ないの僕が愛したのは優秀なきみたち

光城 朱純

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二人の『また明日』 1

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「早川、大丈夫?」

「笠原、悪いけどもう少しそのままにしてやってくれないか」

 僕が用意した料理はそれなりに好評だったと思う。どれを出しても二人は『美味い』って言ってくれて、早川が持ってきてくれたお酒まで飲み明かした後。
 気がつけば早川が机に突っ伏してしまった。
 倒れてる様には見えない。顔色は悪くない。きっと、眠ってしまったんだろう。

「もう少しですか?」

「今日の為に、早川は仕事を詰め込んでたからな」

「今日の為?!」

「余程卵焼きが食べたかったのか……それとも笠原と俺が二人きりになるのが嫌だったのか」

「え……っと」

 広瀬課長と僕が?

「なんて。笠原が作ったものが食べたかったんだろうよ。独り暮らししてると、手料理に飢えるからなぁ」

 課長にも早川にも、自炊してる時間はないのかもしれない。
 残業続きの平日、休日出勤の土日。一体いつ休んでるのか。

「皆さん、無理しないで下さい」

 早川も広瀬課長も疲れきった顔が記憶に残ってる。

「今だけだから心配ない。これもすぐに終わるよ。相変わらず笠原は優しいな」

「こんなことぐらいしかできませんから」

 社内において出来の悪い僕には、心配することしかできない。

「ぐらいなんかじゃない。俺も、きっと早川も助けられてるよ」

「そうでしょうか。何もできてませんけど」

「自分のことは自分じゃわからないことの方が多い。笠原が考えてる以上に、俺たちはお前に救われてる」

 課長の言葉はお世辞には聞こえない。
 もちろん本音がわかるはずもないけど、お世辞じゃない、本心だって信じたいのは僕の欲。

「ありがとうございます」

「そうやって素直に受け取ってもらえる方が良い。早川もこうなってるし、そろそろ解散にするか」

 広瀬課長がそう言うと、立ち上がってキッチンへと向かった。

「そ、そのままにしておいて下さい」

 カチャカチャと食器が片付けられていく音に、慌てて声をかける。

「片付けぐらいやらないと。世話になりっぱなしだからな」

「そんな……気にしないで下さい」

 世話なんてした覚えも、できる気もしない。

「じゃあ、一緒にやるか」

 広瀬課長の言葉でそろっと横へ並ぶ。
 狭いキッチンに二人で並んで立つというのは、余計な想像を掻き立てて、恥ずかしくて仕方ない。
 もちろんそんな風に感じてるのは僕だけで、涼しい顔をした課長の手元は、さくさくと食器が片付けられていく。
 料理をしないって言っていたはずなのに、手際よくこなしていく様に、こんなところでまで優秀さを見せつけられて、劣等感が少しずつ積もる。

「今夜は本当にありがとう。どれもこれも美味しかった」

 片付けも終わって、帰る間際の課長が僕に向かって頭を下げてくれる。

「いえ! 喜んでもらえたなら、それだけで」

「そういうところだよなぁ」

「はい? 何がですか?」

「いや、何でもないよ」

 課長の笑顔はこれ以上の追求を許してはくれなくて、僕の頭の中は疑問符で一杯。

「それじゃあ早川のことだけ頼んでいいか?」

「大丈夫です」

「悪いけど、よろしくな」

「課長も、お気をつけて」

「あぁ。また明日な」

 明日……明日もまた、社内で会える。話ができる。課長の言葉に緩んだ顔は、玄関のドアが閉まっても戻るわけもなくて。
 緩んだままダイニングへと戻った。

「またバレバレの顔してる」

「早川……起きてたの?」

 ダイニングテーブルに頬杖をついた早川が、僕の緩んだ顔を見ながら呆れたようにそう言った。

「起きてたよ。ずっと」

「ずっと? 寝てたじゃないか」

「寝てない。あれぐらいでつぶれたりしないって」
 
「なんで……」

「課長と二人で話できた? 今日は邪魔して悪かったな」

 早川なりの、気遣い?
 誘った時も『俺も行っていい?』なんて言ってたっけ。

「邪魔だなんて、思ってないよ」

「そう? ま、片付けサボれたし、寝たフリして得したかな」

「でも……ありがと」

「俺こそ、今日はありがとう。美味かった。笠原、料理得意なんだな」

「まさか! レシピ見ながら、間違えないようにってやってて。得意なんかじゃないよ」

「それなら尚更、ありがとう」

 早川の笑顔は優しくて、真っ直ぐ見るには少し照れくさくて。
 目を逸らそうと俯いた僕の顔を、早川が前みたいに両手で挟み込んだ。

「またそんな顔してる」

「そんな顔ってどんな顔だよ」

「んー。かわいい顔?」

「またそうやって僕のこと揶揄って。早川ももう帰れよな」

 酔いつぶれてるんだと思ったから、放っておいてやったのに。
 またこんな風に揶揄われるんだ。

「笠原」

「何?」

 早川が僕の目を見たまま、真面目な顔をして話を始めた。

「あの時は、悪かったな」

「あの時?」

「高校のさ……」

「あぁ。あの時か」

 僕が早川のことを苦手に思った理由。

「いくら男子校だってさ、そんなことあるなんて思ってなくて。驚いて……」

「わかってるよ」

「卒業式だったから、大学で会ったら謝ろうって思ってたんだけど」

「僕、上に進学しなかったから」

「そう。笠原、いなくてさ」

「別に避けたわけじゃないよ。たまたま行きたい学校が別にできただけで」

「間宮のこと、今でも思ってたりするの?」

 久しぶりに聞いたその名前に、胸が締め付けられる気がした。

「その名前、懐かしいな。今もなんて、あり得ないよ」

 僕の、多分初恋。今になって名前を聞くことになるなんて、思ってもなかった。

「そっか」

「うん。あれはあれでいい勉強になった。迂闊に気持ちを伝えるもんじゃないなってね」

 僕の気持ちは、受け入れられるものじゃない。
 隠しておかなきゃいけないものなんだって。
 バレたら、あんな顔をされなきゃいけないようなものなんだって。

「ごめん……」

「もう何とも思ってないよ」

 それに、早川はただ驚いた顔をしてただけだ。
 あからさまな嫌悪を向けたのは別の人。それと、気持ちを伝えられた本人。
 あの場は、僕のことを放って立ち去るしかなかったってちゃんと理解してる。
 高校生なんていう、本当に小さなコミュニティ。
 早川にとってはその後も続く関係。
 その枠からはみ出さないように、慎重にならなきゃいけなかったんだって、わかってるよ。
 
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