【完結】出来損ないの僕が愛したのは優秀なきみたち

光城 朱純

文字の大きさ
上 下
11 / 30

早川との夜 2

しおりを挟む
「適当に座って」

「うん……」

 僕の部屋より広々としたリビングにはカウチソファと一人掛けのソファがテーブルを囲むように置かれていて、その隅にそっと腰を下ろした。

「烏龍茶とオレンジジュースと牛乳、後コーヒー。何が良い?」

「牛乳?」

「牛乳が好きなの?」

「違っ。の、飲みたいわけじゃなくて、珍しいなって」

「あぁ。家で酒飲む時に使うから。牛乳嫌いなの?」

「ううん。どっちかっていうと、好きかな」

「そう。じゃあ少し待ってて」

 早川は僕の言葉に返事をすると、冷蔵庫から牛乳を取り出して、キッチンで音を立て始めた。

「なぁ、シナモンも平気?」

 何もできることがなくて、俯いたまま固まってる僕に、再び早川の声が飛んでくる。

「う、うん。平気」

「なら良かった」

 そう言って早川が運んできてくれたのは、マグカップに入った牛乳。
 それをテーブルに置きながら、自分はオットマンに腰掛けた。

「そんな隅に座らなくても良いのに」

 呆れた様に鼻で笑われても、嫌な気分にはならない。早川が僕のことを馬鹿にしてるわけじゃないってわかったし、何よりもさっきの手の感触がまだ僕の腕には残っていて。緊張感で早くなった鼓動が、別の意味を持ち始める。

「あったかい……」

「食べるものなくて、悪いな」

 早川が淹れてくれたホットミルクは、ほんのり甘味とシナモンがきいていて、僕の気持ちを落ち着かせてくれた。

「落ち着いた?」

「うん。迷惑かけて、ごめん」

「こっちこそごめん。会社であんな態度だったから、バレても平気なんだって思い込んでた」

「そ、そんなに?」

「まぁね。噂されるほどじゃないみたいだけど、課長の周りを気にしてる奴、たくさんいるからさ」

 広瀬課長の人気は、僕だって知ってる。あんなに優しくて、出世してて、独身って。狙われてても仕方ない。

「そうだよね」

「女ばっかりじゃなからさ。気をつけた方がいい」

 女性だけじゃない? って、そういうことだよね。

「早川も?」

「まさかぁ。俺は近づきたいじゃなくて、追い抜きたいから」

「追い抜く……」

「あぁ。課長は俺の目標」

「は、早川って案外野心家だったんだ」

「そうだよ? 知らなかった?」

 早川の顔が下を向いたままの僕の顔を下から覗き込んできて、不意打ちのその表情に思わず熱が上がる。

「っ……」

「なんて顔してんの」

 呆れた様に笑う早川の笑顔が、余計に僕を照れさせる。

「変な顔してる?」

「変? 変っていうより……」

「何?」

 変じゃ無くてどんな顔だよ。
 身を乗り出した僕の顔を早川が両手で挟み込んで、僕の目の前に顔を寄せる。

「かわいーかな」

 僕と視線を合わせたまま、そう微笑んだ。

「かわっ?!」

 かわいーって? 可愛い? 僕が?
 何、言ってんだよ。

「真っ赤に照れた顔、可愛いよ」

「早川、酔ってる?」

「酔って? あれぐらいじゃあ、酔ったりしないよ」

「じゃあ、僕のこと揶揄ってるの?」

「揶揄う? まさか。全部本気」

 全部……本気?
 
「本気? それって、どういう……」

「なんてね。冗談だって」

「なんだよっ。やっぱり揶揄ってたんじゃないか!」

「悪かったって。あまりに笠原が下向いてるからさ」

「僕って、下向いてる?」

 広瀬課長と初めて食事に行った日にも言われた言葉。
 たまには上を向けって言われたのに。
 直そうって、あんなに必死だったのに。

「向いてる。必要ないぐらいにね。向きすぎて埋まっちゃいそう」

「埋まらないよ」

「そりゃそうだけど。いつもそんなに自信なさそうにしなくてもいいのになって思う。俺のことも避けてたでしょ」

「気づいてたの?」

「逃げてったからね。普通気づく。俺のこと嫌いなの?」

 嫌い? 早川のことを避けてたのは、高校時代のことが原因で、今じゃない。
 それにその時だって早川は何にも悪くないことぐらい、とうに理解してる。
 それに、早川のことを盗み見てたりもして、声をかけてくれる課長と一緒ぐらい気になって。
 僕、早川のことどう思ってるんだろう。

「嫌いじゃないよ。緊張するけど」

 僕の中の恋心は、今間違いなく課長に向いてる。
 あの淡い気持ちが濃くなることなんて、想いがどちらかに傾くことなんてないと思ってた。
 会社内での数少ない楽しみ、それぐらいのつもりだったから。
 
「緊張なんてするなよ。また、こうして誘っていい?」

「僕を?」

「他に誰がいるんだよ」

「何で?」

「別にいいだろ。特に理由なんてない。今夜、笠原と飲むの楽しかったし、それだけ」

 何の話もできなかったのに?
 それでも、楽しかったって言ってくれるんだ。
 広瀬課長も早川も、誘う相手が僕で良いって、そう言ってくれる。
 下を向いて、楽しい話の一つもできない僕なのに、また誘ってくれるって。

「僕も、楽しかった」

「泣いてたくせに」

「それは、そうだけど。餃子、美味しかったし」

「だろ? 炒飯も美味いよ」

 僕の言葉に早川が得意気な顔を見せる。

「そっちも食べてみたいな」

「今度な。約束」

 僕の中にできた、二つ目の『約束』
 どっちもいつになるかわからない約束。
 それでも、その二つが僕に僕でいる価値を与えてくれる。
 僕でいて良いって教えてくれる。
 僕だって、誰かの心の中にいさせてもらえる。そんな自信をくれた。

「うん。また今度」

「駅まで送ろうか?」

 この約束で、早川との時間はお終い。
 不安しかなかった時間は、最後に僕に素晴らしい贈りものをくれた。

「ううん。大丈夫」

「じゃあ、気をつけて」

 玄関のドアが僕と早川との間を隔てて、僕は一人で自宅までの道を歩き始める。
 さっきは連れてこられるだけだった道を、ゆっくり踏み締める。
 下を向かないように、ほんの少し視線を上げた。
 雲のない空を丸く切り抜いたように月が浮かぶ。
 大きな満月が、満たされた思いの僕の視線を真っ直ぐに引き受けてくれる。
 もう少し上を向いていよう。
 こんな景色を見て暮らそう。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

平凡な俺が双子美形御曹司に溺愛されてます

ふくやまぴーす
BL
旧題:平凡な俺が双子美形御曹司に溺愛されてます〜利害一致の契約結婚じゃなかったの?〜 名前も見た目もザ・平凡な19歳佐藤翔はある日突然初対面の美形双子御曹司に「自分たちを助けると思って結婚して欲しい」と頼まれる。 愛のない形だけの結婚だと高を括ってOKしたら思ってたのと違う展開に… 「二人は別に俺のこと好きじゃないですよねっ?なんでいきなりこんなこと……!」 美形双子御曹司×健気、お人好し、ちょっぴり貧乏な愛され主人公のラブコメBLです。 🐶2024.2.15 アンダルシュノベルズ様より書籍発売🐶 応援していただいたみなさまのおかげです。 本当にありがとうございました!

契約結婚のはずなのに、冷徹なはずのエリート上司が甘く迫ってくるんですが!? ~結婚願望ゼロの私が、なぜか愛されすぎて逃げられません~

猪木洋平@【コミカライズ連載中】
恋愛
「俺と結婚しろ」  突然のプロポーズ――いや、契約結婚の提案だった。  冷静沈着で完璧主義、社内でも一目置かれるエリート課長・九条玲司。そんな彼と私は、ただの上司と部下。恋愛感情なんて一切ない……はずだった。  仕事一筋で恋愛に興味なし。過去の傷から、結婚なんて煩わしいものだと決めつけていた私。なのに、九条課長が提示した「条件」に耳を傾けるうちに、その提案が単なる取引とは思えなくなっていく。 「お前を、誰にも渡すつもりはない」  冷たい声で言われたその言葉が、胸をざわつかせる。  これは合理的な選択? それとも、避けられない運命の始まり?  割り切ったはずの契約は、次第に二人の境界線を曖昧にし、心を絡め取っていく――。  不器用なエリート上司と、恋を信じられない女。  これは、"ありえないはずの結婚"から始まる、予測不能なラブストーリー。

からかわれていると思ってたら本気だった?!

雨宮里玖
BL
御曹司カリスマ冷静沈着クール美形高校生×貧乏で平凡な高校生 《あらすじ》 ヒカルに告白をされ、まさか俺なんかを好きになるはずないだろと疑いながらも付き合うことにした。 ある日、「あいつ間に受けてやんの」「身の程知らずだな」とヒカルが友人と話しているところを聞いてしまい、やっぱりからかわれていただけだったと知り、ショックを受ける弦。騙された怒りをヒカルにぶつけて、ヒカルに別れを告げる——。 葛葉ヒカル(18)高校三年生。財閥次男。完璧。カリスマ。 弦(18)高校三年生。父子家庭。貧乏。 葛葉一真(20)財閥長男。爽やかイケメン。

大嫌いだったアイツの子なんか絶対に身籠りません!

みづき(藤吉めぐみ)
BL
国王の妾の子として、宮廷の片隅で母親とひっそりと暮らしていたユズハ。宮廷ではオメガの子だからと『下層の子』と蔑まれ、次期国王の子であるアサギからはしょっちゅういたずらをされていて、ユズハは大嫌いだった。 そんなある日、国王交代のタイミングで宮廷を追い出されたユズハ。娼館のスタッフとして働いていたが、十八歳になり、男娼となる。 初めての夜、客として現れたのは、幼い頃大嫌いだったアサギ、しかも「俺の子を孕め」なんて言ってきて――絶対に嫌! と思うユズハだが…… 架空の近未来世界を舞台にした、再会から始まるオメガバースです。

うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生

野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。 普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。 そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。 そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。 そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。 うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。 いずれは王となるのも夢ではないかも!? ◇世界観的に命の価値は軽いです◇ カクヨムでも同タイトルで掲載しています。

【完結】運命の番に逃げられたアルファと、身代わりベータの結婚

貴宮 あすか
BL
ベータの新は、オメガである兄、律の身代わりとなって結婚した。 相手は優れた経営手腕で新たちの両親に見込まれた、アルファの木南直樹だった。 しかし、直樹は自分の運命の番である律が、他のアルファと駆け落ちするのを手助けした新を、律の身代わりにすると言って組み敷き、何もかも初めての新を律の名前を呼びながら抱いた。それでも新は幸せだった。新にとって木南直樹は少年の頃に初めての恋をした相手だったから。 アルファ×ベータの身代わり結婚ものです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

モテる兄貴を持つと……(三人称改訂版)

夏目碧央
BL
 兄、海斗(かいと)と同じ高校に入学した城崎岳斗(きのさきやまと)は、兄がモテるがゆえに様々な苦難に遭う。だが、カッコよくて優しい兄を実は自慢に思っている。兄は弟が大好きで、少々過保護気味。  ある日、岳斗は両親の血液型と自分の血液型がおかしい事に気づく。海斗は「覚えてないのか?」と驚いた様子。岳斗は何を忘れているのか?一体どんな秘密が?

処理中です...