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櫂と二人なら 1
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「何の音?!」
突然鳴り響く破裂音に、心臓が飛び跳ねる。
尚が連れ去られてしまった時と同じ破裂音。
あの時の記憶が、フラッシュバックする。
「はるはここに居てくれ」
そう言って、尚が私の家を飛び出して行った。
尚にパンケーキを作った日から一週間。
尚の家は私の家の目と鼻の先。窓から覗けば見えるぐらいの距離に建てられた。
昼間は私と一緒に過ごして、夜になれば間違いなく自分の家に帰る。
睡眠不足だった時に比べて、顔色もそこまで悪くない。
そんな日々を過ごしていた矢先のことだった。
「待って!」
私の声は虚しく空気に溶けて消え、尚の姿も部屋の中から消える。
また連れ去られたら……って思いと、以前よりも少しは尚に鍛えられたはずの私なら、少しは役に立てるんじゃないか……って思いが交錯して、足が固まる。
嫌な予感に心臓は痛いぐらいに強く高鳴っているのに、一歩を踏み出すことができない。
そんな私の背中を押してくれたのは、もう一度鳴り響く破裂音。
スタートラインで合図を聞いた時のように飛び出した。
「尚!」
玄関のドアを開け放てば、目の前には相対する木偶と尚。
「ソノオンナヲマモリタケレバ、モウイチドワレノモトニコイ」
今の、何?
初めて聞く木偶の声はまるで機械音声。
人間のような姿形から出る機械音声。まるでロボットだ。
「二度と、あのような失態は晒さない」
周りが凍てつくような冷たい声が尚の口から放たれる。
聞いたこともないような声色に、尚だってわかってはいても、恐怖がまとわりつく。
「モウ、オンナニカンシンガナクナッタカ。ソコニスンデイルノダロウ?」
木偶の顔が玄関ドアから外を覗いている私の方へと、当然向きを変えた。
目が合った瞬間、体が氷のように固まった。
何か力を使われたわけじゃない。
ただ、あまりの恐怖に動けなかった。
「はるのことも、渡しはしない」
尚の言葉が耳に届く。それを理解するよりも早く、木偶が目の前でひしゃげた。
人間の形をした人形。それがあり得ない形で曲がり崩れ落ちる。
人形だと、すぐに消えていくと、わかってはいても慣れない光景に思わず目を背けた。
一体の木偶が、あっという間に消え去る。櫂もだけど、尚の強さも尋常じゃない。
「はる。中に居てくれ」
木偶が消えた後、草原はいつもの平和な風と匂いを運んできて、私の方に向き直った尚の声も、いつもと同じ調子だった。
「わ、私にも何かできるかなって」
「あれぐらい私一人で大丈夫だ」
ドアを開けた私の横を、すり抜ける様に尚が部屋の中に戻る。
何事もなかったかの様に椅子に座り直す尚にとって、さっきの出来事は日常なんだろう。
「ねぇ、尚。さっきの『オンナ』って、私のことだよね?」
木偶の口から出た台詞。女を守りたければ……そう言ったよね?
「はるが気にすることではない」
また、そうやって私を蚊帳の外に置くんだ。
弱いから?
小さいから?
そうじゃなければ、櫂ぐらい強ければ、本当のことを教えてくれたの?
「うん。そうするね」
口先だけの言葉が、ぼろぼろとこぼれ落ちていく。まるで感情のない言葉。さっきの機械音声みたい。
美味しく淹れたはずのお茶も、色のついた水よりも味がしない。
尚の言葉も遠くの方でざわついてる木々の音みたい。
「はる。今日も訓練はしないのか?」
「……ちょっと、疲れてるから」
「そ、それはすまない」
ベッドに横になったまま、不機嫌そうに応えた私を気遣うように尚が部屋を後にした。
訓練なんて、したって意味ないじゃない。
どうせ弱いままで、小さいままなんだから。
尚だってそう思ってるくせに。
だから、何も教えてくれないのに。
木偶が現れた日から、尚とはほとんど口をきいてない。尚の声を聞き取る気のなくなった私は、そのまま部屋に閉じこもって今に至る。
何も食べずに飲まずに居られるっていうのは、こんな時素晴らしいと思う。
普通の人間なら、どうしても部屋から出なきゃいけないだろうし。
ベッド以外これといって何もない部屋で、無気力に過ごす時間は、長引けば長引くほど苦痛だけど。
かと言って尚と一緒に居られる気もしない。
役に立たないんだよって、そう突きつけられた気がしたあの日。私の気力は途切れちゃったみたい。
この世界に来てから、仙人になってから、私なりに精一杯やってきた。できるだけのことを、歯を食いしばってやってきたはず。
それが、最善だって信じてたから。
「はる? もし疲れてるなら、外の岩の上で癒やされると良い。疲れもとれるだろうし」
扉の外から、尚の声が聞こえる。
疲れてるっていうのは、ただの言い訳だから。本当は、顔を合わせたくないだけだから。
「ここで、良い」
断る理由なんて何にも思いつかなくて、無愛想な声を吐き出した。
「そうか……いつまでも部屋に籠ってばかりでは、体に良くないと思ったのだが」
体に良くないことばかりやってきた人が何言ってるんだか。
尚らしくもない言葉に、つい吹き出しそうになる。
「平気だから、放っておいて」
「わかった。すまなかった」
これまで私のことを放ってばかりだった人が、どういう風の吹き回しだろう。
扉から離れていく人の気配を感じながら、扉の外にいる尚の姿を想像する。
肩を落として、俯いて……って尚が? それはないよね。あんな声のくせに、どうせいつものように無表情、棒立ちで喋ってるに違いない。
部屋に閉じこもって今日で三日。
正直、飽きてきてはいる。
何もやることのない部屋の中で無駄に時間を過ごしていたって、何も変わらない。
尚の言うように少しぐらい訓練していた方が、マシ。って、わかってるけど。
意地っていうのは、張り始めるのは簡単だよね。それなのに、何でこんなに素直になるのは難しいんだろ。
簡単に始めたことが、いつの間にかやめられなくなって、これが最善なはずがないのに尚の顔が見られない。
突然鳴り響く破裂音に、心臓が飛び跳ねる。
尚が連れ去られてしまった時と同じ破裂音。
あの時の記憶が、フラッシュバックする。
「はるはここに居てくれ」
そう言って、尚が私の家を飛び出して行った。
尚にパンケーキを作った日から一週間。
尚の家は私の家の目と鼻の先。窓から覗けば見えるぐらいの距離に建てられた。
昼間は私と一緒に過ごして、夜になれば間違いなく自分の家に帰る。
睡眠不足だった時に比べて、顔色もそこまで悪くない。
そんな日々を過ごしていた矢先のことだった。
「待って!」
私の声は虚しく空気に溶けて消え、尚の姿も部屋の中から消える。
また連れ去られたら……って思いと、以前よりも少しは尚に鍛えられたはずの私なら、少しは役に立てるんじゃないか……って思いが交錯して、足が固まる。
嫌な予感に心臓は痛いぐらいに強く高鳴っているのに、一歩を踏み出すことができない。
そんな私の背中を押してくれたのは、もう一度鳴り響く破裂音。
スタートラインで合図を聞いた時のように飛び出した。
「尚!」
玄関のドアを開け放てば、目の前には相対する木偶と尚。
「ソノオンナヲマモリタケレバ、モウイチドワレノモトニコイ」
今の、何?
初めて聞く木偶の声はまるで機械音声。
人間のような姿形から出る機械音声。まるでロボットだ。
「二度と、あのような失態は晒さない」
周りが凍てつくような冷たい声が尚の口から放たれる。
聞いたこともないような声色に、尚だってわかってはいても、恐怖がまとわりつく。
「モウ、オンナニカンシンガナクナッタカ。ソコニスンデイルノダロウ?」
木偶の顔が玄関ドアから外を覗いている私の方へと、当然向きを変えた。
目が合った瞬間、体が氷のように固まった。
何か力を使われたわけじゃない。
ただ、あまりの恐怖に動けなかった。
「はるのことも、渡しはしない」
尚の言葉が耳に届く。それを理解するよりも早く、木偶が目の前でひしゃげた。
人間の形をした人形。それがあり得ない形で曲がり崩れ落ちる。
人形だと、すぐに消えていくと、わかってはいても慣れない光景に思わず目を背けた。
一体の木偶が、あっという間に消え去る。櫂もだけど、尚の強さも尋常じゃない。
「はる。中に居てくれ」
木偶が消えた後、草原はいつもの平和な風と匂いを運んできて、私の方に向き直った尚の声も、いつもと同じ調子だった。
「わ、私にも何かできるかなって」
「あれぐらい私一人で大丈夫だ」
ドアを開けた私の横を、すり抜ける様に尚が部屋の中に戻る。
何事もなかったかの様に椅子に座り直す尚にとって、さっきの出来事は日常なんだろう。
「ねぇ、尚。さっきの『オンナ』って、私のことだよね?」
木偶の口から出た台詞。女を守りたければ……そう言ったよね?
「はるが気にすることではない」
また、そうやって私を蚊帳の外に置くんだ。
弱いから?
小さいから?
そうじゃなければ、櫂ぐらい強ければ、本当のことを教えてくれたの?
「うん。そうするね」
口先だけの言葉が、ぼろぼろとこぼれ落ちていく。まるで感情のない言葉。さっきの機械音声みたい。
美味しく淹れたはずのお茶も、色のついた水よりも味がしない。
尚の言葉も遠くの方でざわついてる木々の音みたい。
「はる。今日も訓練はしないのか?」
「……ちょっと、疲れてるから」
「そ、それはすまない」
ベッドに横になったまま、不機嫌そうに応えた私を気遣うように尚が部屋を後にした。
訓練なんて、したって意味ないじゃない。
どうせ弱いままで、小さいままなんだから。
尚だってそう思ってるくせに。
だから、何も教えてくれないのに。
木偶が現れた日から、尚とはほとんど口をきいてない。尚の声を聞き取る気のなくなった私は、そのまま部屋に閉じこもって今に至る。
何も食べずに飲まずに居られるっていうのは、こんな時素晴らしいと思う。
普通の人間なら、どうしても部屋から出なきゃいけないだろうし。
ベッド以外これといって何もない部屋で、無気力に過ごす時間は、長引けば長引くほど苦痛だけど。
かと言って尚と一緒に居られる気もしない。
役に立たないんだよって、そう突きつけられた気がしたあの日。私の気力は途切れちゃったみたい。
この世界に来てから、仙人になってから、私なりに精一杯やってきた。できるだけのことを、歯を食いしばってやってきたはず。
それが、最善だって信じてたから。
「はる? もし疲れてるなら、外の岩の上で癒やされると良い。疲れもとれるだろうし」
扉の外から、尚の声が聞こえる。
疲れてるっていうのは、ただの言い訳だから。本当は、顔を合わせたくないだけだから。
「ここで、良い」
断る理由なんて何にも思いつかなくて、無愛想な声を吐き出した。
「そうか……いつまでも部屋に籠ってばかりでは、体に良くないと思ったのだが」
体に良くないことばかりやってきた人が何言ってるんだか。
尚らしくもない言葉に、つい吹き出しそうになる。
「平気だから、放っておいて」
「わかった。すまなかった」
これまで私のことを放ってばかりだった人が、どういう風の吹き回しだろう。
扉から離れていく人の気配を感じながら、扉の外にいる尚の姿を想像する。
肩を落として、俯いて……って尚が? それはないよね。あんな声のくせに、どうせいつものように無表情、棒立ちで喋ってるに違いない。
部屋に閉じこもって今日で三日。
正直、飽きてきてはいる。
何もやることのない部屋の中で無駄に時間を過ごしていたって、何も変わらない。
尚の言うように少しぐらい訓練していた方が、マシ。って、わかってるけど。
意地っていうのは、張り始めるのは簡単だよね。それなのに、何でこんなに素直になるのは難しいんだろ。
簡単に始めたことが、いつの間にかやめられなくなって、これが最善なはずがないのに尚の顔が見られない。
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