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仙人として知るべきこと 3
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仙人島にある場所は取り合いだって、櫂も言ってたっけ。
それにしても、酷い。
ここは真夏のプール? フェス会場?
落ち着いて座るどころか、立ってるだけで人の邪魔になってしまうかもしれないぐらいの人混みに、うんざりする。
癒やしの空気を作り出せるものから離れれば、その分空気は薄くなって。
近づけば近づいただけ、人混みに酔いそうになる。
「皆、下に行けばいいのに」
森の中にはその空気を作り出す木々があるって言ってたじゃない。
こんな所で取り合いするぐらいなら、皆で降りていけばいいのよ。
「その場所を見つけられない奴も多いからね」
私の不満を汲んで、櫂が小声で言葉を返す。
あの場所は、秘密ってことか。
「はる、もう戻ろうか。ここにいても癒やされることは難しそうだ」
癒やされるどころか、人酔いで真っ青な顔をしてる私に、櫂が助け舟を出してくれる。
もう返事をする気力もなく、首を何とか下に向けて同意を示した。
「さっきはありがとうございました」
家に戻りようやく落ち着いて、形だけでもと櫂の前にお茶を差し出す。
下で出されたものよりも美味しいと思うそれは、櫂に頼んで入手してもらったもの。
飲む必要も食べる必要もないとはいえ、どうしても欲してしまうのは、以前の習慣が抜けないせいだ。
「この島が特別だって、わかっただろう?」
「はい。もうあそこには行きません」
「ははっ。それがいいよ。僕も久しぶりに行ったんだ」
「下で見つけられない人もいるってどういうことですか?」
わざわざ櫂が小声で話したってことは、内緒にしておきたいか、もしくは他人を見下しているからか。
「森の中にある木々はね、それほどたくさんの生気を放ちはしない。それを感じ取ることができるかどうかは、仙力の強さによるんだ」
「櫂さんが、強いってことですね」
「まぁ、弱くはない程度にはね。それに、あの場所まで行って帰ってくることすら、人によっては辛い場合もある。何事も個人の力量によるってことさ」
仙力が強い人も弱い人もいるってことか。
その辺は仙人もあまり変わらないね。
「それで、あんな状態なんですね。そんなものが側にあることがどれだけ貴重で特別か、分かった気がします」
「尚なら、あそこにいた誰よりも強いだろうし、下に降りることだって、何の苦でもないはずだけどね」
誰よりも?
あの場所にいた仙人が誰だったかもわからないのに、そう断言できるぐらいに。
尚は強いんだ。
そんな人相手に恩返しとか、守ってあげるとか……身の程知らずもいいところだ。恥ずかしすぎる。
「私も、強くなれるでしょうか?」
「はるは、強くなりたいの?」
「お二人に、助けてもらってばかりですから」
「本当に、それだけの理由?」
櫂の言葉に、周りの空気が急激に冷えた気がした。
まるで緑に剣を向けた時のような、威嚇?
「そ、そうですよ。それ以外に何があるって言うんですか?」
冷えた空気と、櫂の冷たい目に思わず私の声も上擦っていく。
落ち着かない膝が震え出して、止めたくても止まらない。
「まぁ、何かあればね。切り捨てることになるかもしれないけど、それまでは僕が教えてあげるよ」
櫂が見せた笑顔は目の奥が笑っていなくて、あの青く光る剣が首元に突きつけられているようだ。
「何かって……」
「僕や尚の敵になる日のことだよ。強くなれば、よからぬ夢を見る輩もいる。手に余る夢は、破滅を引き寄せるのさ」
「そ、そんなに私が強くなれるわけ、ないじゃないですか」
「それは、根拠のない話だ。はるは尚の力の影響を受けていて、器は未だに完成していない。そんな君がどれだけの強さを持ち得るかは、見通すことができない」
誰よりも強い尚の力。
それに影響を受けた私を育てるってことは、未来の敵を作ることにも繋がりかねない。
櫂の懸念は十分に理解できる。
「二人の敵になる日なんて来ません」
私だって、自分がどうなるかわからないけど。
たった一つだけ、これだけは断言できる。
「わかった。そしたら、これからも僕が教えてあげるから。尚は、今後も深く関わってくる気はなさそうだし」
櫂の言葉に、胸の奥の方が締め付けられる。
指先に針を刺したような、些細な痛み。
「そんな顔しないで」
胸の奥の痛みは、私の表情まで暗くしたようだ。
櫂が私の顔を見ながら、困ったように眉を下げる。
「尚ははるを仙人にしてしまったことを、酷く後悔してる」
家の中とはいえ櫂が何気なく宙を見たのは、どこからかこちらを伺ってるはずの尚を気にしてのことだろう。
「彼は、自分が仙人であることを少しも楽しいと思っていない。多分、早く終わりが来れば良いとさえ、思ってるはずだ。それなのに、自分にそのつもりがなかったとはいえ、結局そんな運命にしてしまったのだから」
そんな運命も何も、尚に助けられなかったら、今こうしていることさえないと言うのに。
「私は、今が楽しいです。そんなに気に病む必要はないです」
「色々困ったことはあっても、はるが楽しそうにしてくれていることは、わかってるよ。きっと尚だって知ってるはずだ。それでも、本音ははるに、仙力の使い方なんて教えたくないんだろうね」
櫂の言葉は、一言一言妙に間が空いて、無駄な空白に誰かが口を挟むのを待っている様にも感じられる。
今にも窓が開いて、扉が叩かれて。今ここで何を話されているか分かりきってる相手を待ってる。
「ふぅ。この後の話については、僕に一任する気だ。困ったものだね」
尚の態度に呆れたように眉を上げながら、それでもどこか弾んでるような櫂の口調に、櫂がどれだけ尚のことを気に入っているかがわかる。
「この後の話ですか?」
「僕はね、尚の口からはると会ったときのことも聞いたよ。はるが尚との距離を測るためにも、仙人として暮らしていくためにも、話しておいてもいいと思ってるんだ」
最期の話だけじゃない。私にとって必要なこと。
それにしても、酷い。
ここは真夏のプール? フェス会場?
落ち着いて座るどころか、立ってるだけで人の邪魔になってしまうかもしれないぐらいの人混みに、うんざりする。
癒やしの空気を作り出せるものから離れれば、その分空気は薄くなって。
近づけば近づいただけ、人混みに酔いそうになる。
「皆、下に行けばいいのに」
森の中にはその空気を作り出す木々があるって言ってたじゃない。
こんな所で取り合いするぐらいなら、皆で降りていけばいいのよ。
「その場所を見つけられない奴も多いからね」
私の不満を汲んで、櫂が小声で言葉を返す。
あの場所は、秘密ってことか。
「はる、もう戻ろうか。ここにいても癒やされることは難しそうだ」
癒やされるどころか、人酔いで真っ青な顔をしてる私に、櫂が助け舟を出してくれる。
もう返事をする気力もなく、首を何とか下に向けて同意を示した。
「さっきはありがとうございました」
家に戻りようやく落ち着いて、形だけでもと櫂の前にお茶を差し出す。
下で出されたものよりも美味しいと思うそれは、櫂に頼んで入手してもらったもの。
飲む必要も食べる必要もないとはいえ、どうしても欲してしまうのは、以前の習慣が抜けないせいだ。
「この島が特別だって、わかっただろう?」
「はい。もうあそこには行きません」
「ははっ。それがいいよ。僕も久しぶりに行ったんだ」
「下で見つけられない人もいるってどういうことですか?」
わざわざ櫂が小声で話したってことは、内緒にしておきたいか、もしくは他人を見下しているからか。
「森の中にある木々はね、それほどたくさんの生気を放ちはしない。それを感じ取ることができるかどうかは、仙力の強さによるんだ」
「櫂さんが、強いってことですね」
「まぁ、弱くはない程度にはね。それに、あの場所まで行って帰ってくることすら、人によっては辛い場合もある。何事も個人の力量によるってことさ」
仙力が強い人も弱い人もいるってことか。
その辺は仙人もあまり変わらないね。
「それで、あんな状態なんですね。そんなものが側にあることがどれだけ貴重で特別か、分かった気がします」
「尚なら、あそこにいた誰よりも強いだろうし、下に降りることだって、何の苦でもないはずだけどね」
誰よりも?
あの場所にいた仙人が誰だったかもわからないのに、そう断言できるぐらいに。
尚は強いんだ。
そんな人相手に恩返しとか、守ってあげるとか……身の程知らずもいいところだ。恥ずかしすぎる。
「私も、強くなれるでしょうか?」
「はるは、強くなりたいの?」
「お二人に、助けてもらってばかりですから」
「本当に、それだけの理由?」
櫂の言葉に、周りの空気が急激に冷えた気がした。
まるで緑に剣を向けた時のような、威嚇?
「そ、そうですよ。それ以外に何があるって言うんですか?」
冷えた空気と、櫂の冷たい目に思わず私の声も上擦っていく。
落ち着かない膝が震え出して、止めたくても止まらない。
「まぁ、何かあればね。切り捨てることになるかもしれないけど、それまでは僕が教えてあげるよ」
櫂が見せた笑顔は目の奥が笑っていなくて、あの青く光る剣が首元に突きつけられているようだ。
「何かって……」
「僕や尚の敵になる日のことだよ。強くなれば、よからぬ夢を見る輩もいる。手に余る夢は、破滅を引き寄せるのさ」
「そ、そんなに私が強くなれるわけ、ないじゃないですか」
「それは、根拠のない話だ。はるは尚の力の影響を受けていて、器は未だに完成していない。そんな君がどれだけの強さを持ち得るかは、見通すことができない」
誰よりも強い尚の力。
それに影響を受けた私を育てるってことは、未来の敵を作ることにも繋がりかねない。
櫂の懸念は十分に理解できる。
「二人の敵になる日なんて来ません」
私だって、自分がどうなるかわからないけど。
たった一つだけ、これだけは断言できる。
「わかった。そしたら、これからも僕が教えてあげるから。尚は、今後も深く関わってくる気はなさそうだし」
櫂の言葉に、胸の奥の方が締め付けられる。
指先に針を刺したような、些細な痛み。
「そんな顔しないで」
胸の奥の痛みは、私の表情まで暗くしたようだ。
櫂が私の顔を見ながら、困ったように眉を下げる。
「尚ははるを仙人にしてしまったことを、酷く後悔してる」
家の中とはいえ櫂が何気なく宙を見たのは、どこからかこちらを伺ってるはずの尚を気にしてのことだろう。
「彼は、自分が仙人であることを少しも楽しいと思っていない。多分、早く終わりが来れば良いとさえ、思ってるはずだ。それなのに、自分にそのつもりがなかったとはいえ、結局そんな運命にしてしまったのだから」
そんな運命も何も、尚に助けられなかったら、今こうしていることさえないと言うのに。
「私は、今が楽しいです。そんなに気に病む必要はないです」
「色々困ったことはあっても、はるが楽しそうにしてくれていることは、わかってるよ。きっと尚だって知ってるはずだ。それでも、本音ははるに、仙力の使い方なんて教えたくないんだろうね」
櫂の言葉は、一言一言妙に間が空いて、無駄な空白に誰かが口を挟むのを待っている様にも感じられる。
今にも窓が開いて、扉が叩かれて。今ここで何を話されているか分かりきってる相手を待ってる。
「ふぅ。この後の話については、僕に一任する気だ。困ったものだね」
尚の態度に呆れたように眉を上げながら、それでもどこか弾んでるような櫂の口調に、櫂がどれだけ尚のことを気に入っているかがわかる。
「この後の話ですか?」
「僕はね、尚の口からはると会ったときのことも聞いたよ。はるが尚との距離を測るためにも、仙人として暮らしていくためにも、話しておいてもいいと思ってるんだ」
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