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やっぱり、二人が大好き 2

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 家の側の大岩に、あんな効果があるってわかってから、私の特等席はそこだ。いつだって自分を癒してくれる甘い空気。
 櫂と取り合いになりそうになることも少なくないその場所に座って、自分の出来の悪さを情け無く思う。
 櫂と尚はいつだって優しくて、私の進歩のなさを責めたりはしないけど。出来の悪さを責められないのは、それはそれで辛い。
 
 諦められてるんだろうなぁ。
 大岩から見上げる空はいつだって澄んだ青空で、ふわふわと浮かぶ雲は本物の綿菓子のよう。
 それこそ、雲を描き出そうとしたこともある。
 馬よりもそれらしい形にはなったものの、私が作り出した雲には乗れなかった。
 雲は水蒸気の集まりだという知識が邪魔をするのか、透き通った物体は乗るどころか、触ることすらできない。

 仙力を使うようになれば成長できるかもと、期待した体も未だにその大きさが変わることはなく、もみじの手と可愛がられるぐらいの幼い手を、目の前で広げてみる。
 こんな小ささじゃあ、何も返せない。
 この島でたった一人で暮らしてるはずの尚は、どこで何をやってるかもわからず、父さんや緑と一緒に暮らしていたとき以上の無力感が、私を襲う。
 何の役にも立てない。

「はぁ」

 何度目かわからないため息を、大きく吐いた。

「はる? 何考えてるの?」

 目の前に現れた王子様。
 櫂の現れ方はいつだって突然で、今更驚くこともなくなった。
 王子顔は、見続ければ飽きるのかもしれない。

「何も考えてませんよ。櫂さんは、今日は早いんですね」

「あぁ。少し用事があって、早く家を出たんだ。そこから直接ここに来たからね」

「忙しいなら、無理しないでください。私なんかに教えてても、意味ないかもしれませんし」

 さっきまで考えてた後ろ向きな感情が、言葉にのって溢れ出す。
 櫂に見せる必要のない気持ちを、我慢することができなかった。

「おや。今日はそういう感じかい? 毎日毎日疲れてしまうし、今日はお休みにしようか。下に、降りてみる?」

「下?」

「あぁ。たまには誠弦や緑弦に会いたくないかな?」

「会いに行ってもいいんですか?!」

 櫂の提案は、私の沈んでいた心を大きく弾ませて、やさぐれて寝転んでいた大岩の上で飛び起きた。

「もちろん。誰も禁止などしていないと言っただろう。下でやることもないから、あまり誰も行かないだけで」

「行きたいです! 連れて行ってください!」

 櫂の言葉に被せるように声を発した私を驚いた顔で見たのも束の間、すぐにいつもの王子顔で櫂が微笑む。

「そしたら、決まりだ」


 緑や父さんと別れて、家を出てからもう季節が二つ過ぎ去った。
 穏やかだった日差しは、最もその力を放つ季節を越え、少しずつその力を弱める。そのうちに動物達は行動を小さくし、威力のない陽だまりを求め始めるだろう。

「二人とも、元気かな」

 いつものように天馬に乗せられて、櫂に抱えられながら束の間のドライブ。

「はるがいなくて不便そうだけどね。特に病気をすることもなく、元気だよ」

「知ってるんですか?」

「そりゃあ、あんな風にはるを連れ去ってしまったからね。何かあっては後味が悪いだろう?」

 私の知らぬ間に、もしかしたら何度も様子を見に来てくれていたのかもしれない。
 櫂や尚のように自由に空を飛べたら、いつだって二人に会いに来られると、それだけを目標にしてたから、二人がどれだけ不便を感じているかなんて、心配することすらできなかった。
 自分のことだけで、手一杯だったんだ。

「さぁ、着いた。僕はここで待ってるから、行っておいで」

 天馬から降ろされた私の背中を、櫂が優しく押し出す。

「櫂さんは?」

「僕が一緒に行っては、嫌な思いをするだろう? 大丈夫。はるが出てくるまで、いつまでも待ってるから、存分に楽しんでおいで」

「いつまでも?」

 二人と会ったら、どれだけ長居してしまうかわからない。
 話したいこと、伝えたいことは山のように膨らんでいるし、何より懐かしい家を見ただけで溢れ出してくる涙が、感情の昂りを如実に表してる。

「僕のことを気に病む必要はない。僕にあるのは悠久の時。仙人の時間は贅沢に使うべきさ」
 
 私の気持ちを少しでも楽にしようとしてくれてるのか、櫂はいつも以上に煌めく王子スマイルを作り出した。
 こうなった櫂は、何が起きてもその言葉を覆すことはない。
 逆らうことのできない微笑みに、私は小さく息を吐いた。

「わかりました。ありがとうございます」

 櫂の王子スマイルに負けないように、私も笑顔で応える。
 もちろん櫂の笑顔の足下にも及ばないが、思ったより可愛く笑えたんじゃないだろうか。

「それで良い。行っておいで」

 櫂が私の背中を軽く叩いた。それを合図に今度こそ家に向かって歩き出す。
 五歳児の足取りじゃ、焦ったくなるぐらいの距離を少しでも縮めたくて、空回りしそうになるぐらいの速さで足を動かした。
 
 どんどん近づいてくる懐かしの家。
 今の家よりも小さくて、古めかしい家。
 誰が見たって、今の家の方が良いだろう。
 それでも、ここに住んでるのは最も会いたかった二人。
 いつものあの笑顔と声で、迎え入れてもらえるだろうか。
 まだ、私のことを忘れてないだろうか。

 自分の昂った感情を抑えつけるように湧き上がった不安。
 小さかったはずの不安の波は、家の扉が近づくにつれ、見ない振りもできないほどに大きく膨らむ。
 風船のように膨らんだ不安が、胃を押しつぶし、肺をの膨らむ隙間を無くした。唾を飲み込むことも困難なぐらいに胃が埋められ、息苦しさに浅い息で喘ぐ。
 
 やっとの思いでたどり着いた扉を、そっと両手で音もなく開けた。
 家の中から流れ出てくるのは、その家に暮らす人の匂いと巻き上がった埃。
 私がいなくなった今でも変わらぬ生活が、そこにあった。
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