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五年後再会した彼は、仙人でした 3
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「其方達は、人の島で無断で何をしている?」
頭を下げた王子に、どう言葉を返そうかと悩んでいると、また頭上から人の声が聞こえた。
五年前にも見た光景。
丸いバランスボールにバランスよく乗ったまま、音もなく近寄ってきたのは、黒い髪に切れ長の目。
感謝してる気持ちと、素直にお礼を言いたくない気持ちが入り混じって、余程おかしな顔をしていたんだろう。
こちらに寄って来た尚の顔が、曇っていくのがわかる。
「挨拶、したつもりだったけどな」
「天馬が空を一周したからといって、それが挨拶だなどど誰が思う」
「んー。僕かな」
「其方のそのような態度には、ほとほと嫌気がさしている。それで、今回は何を連れて来た?」
「おや。そんな素知らぬ顔をするのかい? 気にしていただろう?」
私が王子に連れてこられたことが、そんなに嫌だったのか。尚の眉間に深く皺が寄る。
「気にしてなどいない」
「そう。では、村へ送り返しておこうかな。そろそろ、この背格好で居続けることに、嫌な空気が漂っていたけれど」
「あいつら……」
「それは大きな誤解だ」
頭の中に誰かを想像しながら、険しい顔をした尚の考えを断ち切る様に、王子が尚の言葉を遮った。
「何?」
「姫のことを邪険にしようとしていたのは、緑弦ではないよ。彼らは相変わらず姫のことを大切にしているさ」
当たり前のように出てくる緑の名前に、私の心臓が跳ねる。この人は、どれだけ私のことを知っているんだろうか。
「姫……とは何だ?」
「ん? 彼女は君にとっての姫君だろう?」
「そのようなつもりはない。いつの話でもって、そんな結論を導き出した?」
「あれほど動向を気にしていたじゃないか。想い人でなくて、何だっていうんだ?」
「確かに気にしてはいた。だが、それだけの理由で、想い人だと結論付けるのはいささか早急すぎる。其方にしては珍しく、浅はかであったな」
あれ? 今私、フラれた?
好意も何も感じるほど親しくはないけど、躊躇なくばっさり切り捨てられたよね。
「それは、おもしろくないなぁ。君の姫君だと思っていたから、せっかく連れて来たのだけど。君があの木偶共にちょっかいをかけられているうちに、姫君に何かあっては困るだろうとね」
「私が困ることはない」
「君のそういう強情な態度には、僕も嫌気がさしているよ。それより、姫のことは僕が責任持って送り届けるさ。今日の夕方までは緑弦も戻ってこないらしいし、何かあっては困るから、それまでは島内をうろつかせてもらうよ。それぐらい、了承してもらえるだろうね」
「構わない、が何かとは何だ? そもそも嫌な空気とはどういうことだ?」
「やっぱり気になるんじゃないか。五年もの間成長しないというのは、人の世界では異質なことだからな。余計なことを言い出す輩もいるってことさ」
「成長しない……」
「あぁ。僕たちにとっては当たり前のことでも、あちらではそれは当たり前ではないからな。人間というのは、いつだって異物を排除したがるものさ。まぁ、それは人間に限ったことではないか」
尚と王子の会話は、私にはいまいち理解できず、淡々としたやり取りを漠然と見守っているしかなかったけど。
成長しないことが、当たり前だと言いきる王子は、今の私の状態をわかっているに違いない。
何で成長できないのか、教えてもらわなきゃ。
改めてそれを決心すれば、ここは王子について行かなきゃならない。
尚と出会ったときの様に、下手に置いて行かれても困る。
私の手元でひらひらとしていた、まるで着物の袖のように長くなってる王子の袖口をそっとつかんだ。
「……島内をうろつくのは構わない。荒らしてくれるなよ。元に戻すのには、それなりに力が要る」
王子と話をしている最中に、徐々にほぐれていった尚の眉間には、また深々としわが寄る。
ただ、それ以上何を言うこともなく、再びバランスボールに乗って、飛んでいってしまった。
「姫、連れまわして申し訳ないね」
「尚も言っていたけど、私、姫じゃないです。遥香って言います。そう呼んでくれませんか?」
「それは、君の本名かな?」
「はい。そうですけど」
「仙人の前では、それは名乗らない方がいいね。はるか……うん。『はる』って言っておいた方がいい」
尚と初めて会った時にも、本名がどうのって言ってたっけ。
何でこんなに、本名がバレるのを嫌がるんだろう。
「本名がバレるのは、良くないんですか?」
「仙人たちは秘密主義だからね。はるが本名を教えては、相手も教えなければならない。それを嫌がる相手もいるってだけさ」
「秘密主義……」
「あぁ。僕のことは櫂って呼んでくれればいい」
「それは……」
櫂の名前も、きっと本名じゃない。
それ以上の詮索を避けるためか、櫂が穏やかな笑顔を浮かべた。
その笑顔を崩してはいけないだろうと、本能的にそれを察知する。
秘密主義なんて、そんな理由じゃ納得できない。
でも、それを追求する勇気もない。
「尚もああ言ってくれたわけだし、夕方までは空の散歩に出かけようか」
櫂はさっと天馬に跨ると、また私のことを抱き上げた。
この島に来た時と同じように、櫂の膝の間に座り込めば、重力なんて関係ないように、天馬はふわりと飛び上がる。
そのまま島のあちこちを飛び回る。
尚の島って言っていたけど、住人はいないんだろうか。
そこら中に緑が生い茂って、奥に見える小高い山から穏やかな川が流れて、色鮮やかな蝶や鳥が羽ばたいて、野原を駆け回るのは兎かな。そんな絵に描いたような景色の中で、人だけがいない。
「ここには、人は住んでいないんですか?」
櫂の膝の間に座ったまま、櫂の顔を見上げた。
太陽に照らされて、輝いた髪が、風にのって水色の空に広がる。その眩しさに思わず目を細めれば、そんな私の素振りを見て小さく笑った櫂と目が合った。
「ここは、尚の島だからね。住んでるのは尚だけだよ」
「櫂さんは、どこに住んでるんですか?」
「僕は、さっき通り過ぎた仙人の島に住まいを持っている」
「何で、ここには尚しか住んでいないんです?」
「この島は尚が作り出した島だからね。当然尚にしか住む権利はない」
「そしたら、尚はこの島に独りで?」
「僕が知る限りではね。噂では、過去に一人だけ一緒に住んでいた人物がいるって話だけど……」
「過去って……」
「もう何十年前の話だっけねぇ。時が過ぎるのは早い」
何十年……って。
仙人は寿命が長いっていうのは、この世界でも一緒?
頭を下げた王子に、どう言葉を返そうかと悩んでいると、また頭上から人の声が聞こえた。
五年前にも見た光景。
丸いバランスボールにバランスよく乗ったまま、音もなく近寄ってきたのは、黒い髪に切れ長の目。
感謝してる気持ちと、素直にお礼を言いたくない気持ちが入り混じって、余程おかしな顔をしていたんだろう。
こちらに寄って来た尚の顔が、曇っていくのがわかる。
「挨拶、したつもりだったけどな」
「天馬が空を一周したからといって、それが挨拶だなどど誰が思う」
「んー。僕かな」
「其方のそのような態度には、ほとほと嫌気がさしている。それで、今回は何を連れて来た?」
「おや。そんな素知らぬ顔をするのかい? 気にしていただろう?」
私が王子に連れてこられたことが、そんなに嫌だったのか。尚の眉間に深く皺が寄る。
「気にしてなどいない」
「そう。では、村へ送り返しておこうかな。そろそろ、この背格好で居続けることに、嫌な空気が漂っていたけれど」
「あいつら……」
「それは大きな誤解だ」
頭の中に誰かを想像しながら、険しい顔をした尚の考えを断ち切る様に、王子が尚の言葉を遮った。
「何?」
「姫のことを邪険にしようとしていたのは、緑弦ではないよ。彼らは相変わらず姫のことを大切にしているさ」
当たり前のように出てくる緑の名前に、私の心臓が跳ねる。この人は、どれだけ私のことを知っているんだろうか。
「姫……とは何だ?」
「ん? 彼女は君にとっての姫君だろう?」
「そのようなつもりはない。いつの話でもって、そんな結論を導き出した?」
「あれほど動向を気にしていたじゃないか。想い人でなくて、何だっていうんだ?」
「確かに気にしてはいた。だが、それだけの理由で、想い人だと結論付けるのはいささか早急すぎる。其方にしては珍しく、浅はかであったな」
あれ? 今私、フラれた?
好意も何も感じるほど親しくはないけど、躊躇なくばっさり切り捨てられたよね。
「それは、おもしろくないなぁ。君の姫君だと思っていたから、せっかく連れて来たのだけど。君があの木偶共にちょっかいをかけられているうちに、姫君に何かあっては困るだろうとね」
「私が困ることはない」
「君のそういう強情な態度には、僕も嫌気がさしているよ。それより、姫のことは僕が責任持って送り届けるさ。今日の夕方までは緑弦も戻ってこないらしいし、何かあっては困るから、それまでは島内をうろつかせてもらうよ。それぐらい、了承してもらえるだろうね」
「構わない、が何かとは何だ? そもそも嫌な空気とはどういうことだ?」
「やっぱり気になるんじゃないか。五年もの間成長しないというのは、人の世界では異質なことだからな。余計なことを言い出す輩もいるってことさ」
「成長しない……」
「あぁ。僕たちにとっては当たり前のことでも、あちらではそれは当たり前ではないからな。人間というのは、いつだって異物を排除したがるものさ。まぁ、それは人間に限ったことではないか」
尚と王子の会話は、私にはいまいち理解できず、淡々としたやり取りを漠然と見守っているしかなかったけど。
成長しないことが、当たり前だと言いきる王子は、今の私の状態をわかっているに違いない。
何で成長できないのか、教えてもらわなきゃ。
改めてそれを決心すれば、ここは王子について行かなきゃならない。
尚と出会ったときの様に、下手に置いて行かれても困る。
私の手元でひらひらとしていた、まるで着物の袖のように長くなってる王子の袖口をそっとつかんだ。
「……島内をうろつくのは構わない。荒らしてくれるなよ。元に戻すのには、それなりに力が要る」
王子と話をしている最中に、徐々にほぐれていった尚の眉間には、また深々としわが寄る。
ただ、それ以上何を言うこともなく、再びバランスボールに乗って、飛んでいってしまった。
「姫、連れまわして申し訳ないね」
「尚も言っていたけど、私、姫じゃないです。遥香って言います。そう呼んでくれませんか?」
「それは、君の本名かな?」
「はい。そうですけど」
「仙人の前では、それは名乗らない方がいいね。はるか……うん。『はる』って言っておいた方がいい」
尚と初めて会った時にも、本名がどうのって言ってたっけ。
何でこんなに、本名がバレるのを嫌がるんだろう。
「本名がバレるのは、良くないんですか?」
「仙人たちは秘密主義だからね。はるが本名を教えては、相手も教えなければならない。それを嫌がる相手もいるってだけさ」
「秘密主義……」
「あぁ。僕のことは櫂って呼んでくれればいい」
「それは……」
櫂の名前も、きっと本名じゃない。
それ以上の詮索を避けるためか、櫂が穏やかな笑顔を浮かべた。
その笑顔を崩してはいけないだろうと、本能的にそれを察知する。
秘密主義なんて、そんな理由じゃ納得できない。
でも、それを追求する勇気もない。
「尚もああ言ってくれたわけだし、夕方までは空の散歩に出かけようか」
櫂はさっと天馬に跨ると、また私のことを抱き上げた。
この島に来た時と同じように、櫂の膝の間に座り込めば、重力なんて関係ないように、天馬はふわりと飛び上がる。
そのまま島のあちこちを飛び回る。
尚の島って言っていたけど、住人はいないんだろうか。
そこら中に緑が生い茂って、奥に見える小高い山から穏やかな川が流れて、色鮮やかな蝶や鳥が羽ばたいて、野原を駆け回るのは兎かな。そんな絵に描いたような景色の中で、人だけがいない。
「ここには、人は住んでいないんですか?」
櫂の膝の間に座ったまま、櫂の顔を見上げた。
太陽に照らされて、輝いた髪が、風にのって水色の空に広がる。その眩しさに思わず目を細めれば、そんな私の素振りを見て小さく笑った櫂と目が合った。
「ここは、尚の島だからね。住んでるのは尚だけだよ」
「櫂さんは、どこに住んでるんですか?」
「僕は、さっき通り過ぎた仙人の島に住まいを持っている」
「何で、ここには尚しか住んでいないんです?」
「この島は尚が作り出した島だからね。当然尚にしか住む権利はない」
「そしたら、尚はこの島に独りで?」
「僕が知る限りではね。噂では、過去に一人だけ一緒に住んでいた人物がいるって話だけど……」
「過去って……」
「もう何十年前の話だっけねぇ。時が過ぎるのは早い」
何十年……って。
仙人は寿命が長いっていうのは、この世界でも一緒?
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