【完結】隣国の王子の下に嫁いだ姫と幸せになる方法

光城 朱純

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別れと再会

主従関係を終えた日

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 ルーイが姫に話したことが私の心をざわつかせる。姫が頬を赤くするようなこととは、一体何だったのだろうか。

 姫から私に打ち明けるのでなければ、それがどのような件だったかを、私が問うことはできない。

 二人にしかわからない内容を思い描き、寝付けぬ夜を過ごした。まさかそのせいで、寝過ごしてしまうとは、思いもしなかった。

「姫?部屋にいらっしゃいますか?」

 いつもより遅い時間に目を覚ました私は、慌てて姫の寝室へと声をかける。

 部屋の中からは姫の返事どころか物音一つしない。

 まだお休み中か?

 それとも……

「クリュスエント様。失礼します。」
 
 嫌な焦燥感にかられて、寝室の扉を開ける。

 そこにいるはずの姫の姿はなく、寝室はがらんとしていた。

 姫はどこへ行った?!

 慌てて外に出ると、シュルトもいないのが目に入る。

 姫が乗ったのか?!一人で?いや、まだ一人では上手く乗れないからと、必要な時は私と共に乗っていたではないか。

 それではなぜ、シュルトもいないのか。

 どこへ探しに行くべきか、シュルトがいないのはなぜか。様々なことを思案しているうちに、馬の足音が聞こえた。一定の速さで近づいてくるその音の方へ目を向けると、シュルトに乗った姫がこちらへ帰ってくるところだった。

「ア、アイシュタルト。もう起きてしまわれたのね。」

 まるで子どもがいたずらをバレた時の様な顔を見せる。

「クリュスエント様。シュルトにお一人で乗れたのですか?」

「ふふ。気にするところはそれなのね。」

「い、いえ。他にもあるのですが……」

 どこに行っていたのか、ルーイと何を話したのか、ルーイに何を言われて頬を染めたのか。聞きたいことはたくさんある。

 ただ、どれを聞いても答えてもらえそうにない。つい、口から出たのはそこまで重要ではない疑問だった。

「乗れますよ。」

「いつから乗れたのですか?」

 あっさりとした姫の答えに、頭の中で疑問がふつふつと湧いてくる。
 
「嫁ぐ前からです。わたくし、意外と得意なのです。」

 嫁ぐ前?
 
「成人する前日まで、私と共に乗っていたではありませんか。」

 それに、ここへ来てからも、馬に乗るときはいつだって私と共に乗っていて。
 
「ええ。何故かしらね。アイシュタルトはどう思いますか?」

 何故?姫が一人で馬に乗れるのを黙っていた理由か?私と共に乗っていた理由か?

 考えれば考えるほど、私の思考はどんどん自分にとって都合の良いものを生み出していく。

 そんなはずがないと、そのようなことを口に出してはならぬと、頭の奥で誰かが警告を発した。口にすれば、もしそれがただの勘違いであったのなら、もう二度とこれまでの関係には戻れない。

 良い関係になるどころか、この居心地の良い関係を崩してしまう。

 それでも、もう言わずにはいられない。
 
「………私にとって、都合の良い物語しか、思い浮かべることができません。」

 まるで冬の風に当てられているように、全身が寒さで震える。どのような敵と遭った時ですら感じなかった恐怖を、痛いぐらいに感じた。
 
「その物語は、多分真実なのです。そうだとしたら、貴方は、わたくしに、何を誓ってくれますか?」

 姫は何を、どのような答えを求めているのだろうか。私が導き出した答えは、姫の思いに合っているのだろうか。

 自分の気持ちをこのように口に出すことが、これほど怖いものだとは思ってもいなかった。

 それでも、もう止められない。姫にこれまで積み重ねた想いを伝えるのは今しかない。

 姫と出会ってから、十年という時が過ぎた。距離ができ、会えなくなってもなお、色あせることのなかった想い。

 今、伝える。
 
「……い、」
 
「い?」
 
「い、一生の…愛を、お誓い致します。」

 奥歯を噛み締めて、喉から搾り出したような声は、優雅さのかけらもない。
 
「ふふ。わたくしもです。愛して、おります。」

 私の言葉を受けて、姫がいつものように穏やかに微笑む。だがほんの少しだけ、頬が赤く染まっているように見えるのは、私の勘違いではないはずだ。

 姫からの言葉を確かめたくて、いつか見た夢のように姫に手を伸ばす。夢とは違い、姫が宙を舞っていくことはなかった。

 私の手は、しっかり姫の腕を掴み、その身体を抱き寄せる。
 
 いつまでも忘れることのできなかった、絹糸の様な髪が頬をくすぐる。ふわっと香る、姫の香水の匂いが、私をも包み込んだ。
 
 嫉妬にまみれた顔も、気持ちを忘れなければならない距離も、もう必要ない。

「私は、もう立場を超えても良いのですね。」
 
「どう……」

 姫の言葉を待たずに、私の顔を見上げた姫の顎に手を添えた。
 
 ずっと触れてみたかった、いつでも紅く色づいたその唇に、口付けを落とした。姫との口づけは甘くて、その甘さに誘われるように、何度もその唇を味わう。

 そして、私はいつまでも姫のことをこの手に包み込んだ。
 
「もう、二度と離しません。もう、我慢しませんから。」

 
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