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別れと再会
変わらぬ姫
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誰にも会わぬよう、そして少しでも姫への負担がないよう、私は裏庭までの道を静かに進んで行く。
城の中にいるはずのジュビエール達の声は聞こえない。王を探して、城の反対側にいるのだろうか。
裏庭に繋がれたクラムの所まで、誰にも会わずに来られたのは幸運であった。
「あれは、シュルト?!」
「いいえ。クラムです。」
「クラム?新しい馬なのね。」
「はい。カミュート国で見つけました。シュルトによく似ているでしょう?私も最初見間違えました。」
「えぇ。よく似ているのね。クラム、よろしくね。」
そう言って姫がクラムのたてがみを撫でる。
「クリュスエント様、一度降ろします。クラムに跨ることはできますか?」
姫はほんの少し腕に力を入れたように見えた。だが、すぐに頭を横に振ってしまわれた。
「ごめんなさい。力が入らないみたい。」
「そうですか。それでは、抱き上げてもよろしいですか?」
「えぇ。ごめんなさい。迷惑かけて。」
「そんなことありませんよ。」
クラムの背に乗せるために抱き上げた姫の体が、ふわっと宙を舞った気がした。まるで羽が生えたような軽さだ。
「失礼致します。」
姫の後ろから抱きしめるように私もクラムに跨る。
このように馬に乗るのも、姫の成人式の前日が最後であったな。
懐かしい日々をつい思い出してしまう。
先ほどよりもずっと近い距離で姫の髪に触れる。私の記憶にあった絹糸のような髪は、すでに見る影もなく、あらゆるところに痛みが見える。
フェリスが変わらず手入れをしていたはずだが、それでは賄えないほどの酷い扱いを受けていたというのか。腹の奥から湧き上がってくる怒りで体が震えた。
「クリュスエント様。こちらを羽織っておいてください。」
姫の姿を誰かに見られでもしたら、面倒なことになりそうだ。私は自分がまとっていたマントを外した。
「あら?それは?」
姫が細くなった指で示したのは、私のベルトに引っ掛けたピンク色の花であった。
「あ、これは……」
姫との再会に摘んできたことを忘れてしまっていた。
「花の、蕾?」
「はい。お慰めになればと思ったのですが、必要ありませんでしたね。」
私は摘んできた花をその場に置いていこうとする。姫には、頬を染めるような相手からもらった宝物があるではないか。私の摘んできたものなど、必要ないだろう。
「何故?私にくださるつもりだったのでしょう?それならば、ありがたくいただきます。」
姫の微笑みに、顔が熱くなる。私のような者にまでこのようなお言葉をかけてくださる、どこでも、誰にでも、分け隔てなくお優しい。昔と変わらぬその姿勢に、込み上げる思いが溢れてしまいそうだ。
私が渡した花を両手で受け取られた姫に、私はジュビエールのマントをまとわせる。
私以外の者から姿が見えぬように。誰にも、見せぬように。
姫の体の負担にならぬようにと、城の庭をゆっくり進んでいく。それでも馬の揺れは思ったよりも負担だったようで、すぐに姫の呼吸が荒くなるのがわかった。
「クリュスエント様。お辛ければ、私にもたれて下さい。」
「ご、ごめんなさい。そう、させてもらって、いいかしら?」
「気が付きませんで、申し訳ございません。カミュート国までは少し距離があります。楽になさってください。」
私の体を背もたれにするように、姫が体を預けてくる。昔と変わらぬ香水の匂いが、私の鼻をくすぐる。つい誘われてしまいそうな香りに、手綱を持つ手に力を込める。
私はいつまで経ってもこのようなことばかりだ。
マントに包まれた姫に気付かれぬように、苦笑いを浮かべた。
城の中にいるはずのジュビエール達の声は聞こえない。王を探して、城の反対側にいるのだろうか。
裏庭に繋がれたクラムの所まで、誰にも会わずに来られたのは幸運であった。
「あれは、シュルト?!」
「いいえ。クラムです。」
「クラム?新しい馬なのね。」
「はい。カミュート国で見つけました。シュルトによく似ているでしょう?私も最初見間違えました。」
「えぇ。よく似ているのね。クラム、よろしくね。」
そう言って姫がクラムのたてがみを撫でる。
「クリュスエント様、一度降ろします。クラムに跨ることはできますか?」
姫はほんの少し腕に力を入れたように見えた。だが、すぐに頭を横に振ってしまわれた。
「ごめんなさい。力が入らないみたい。」
「そうですか。それでは、抱き上げてもよろしいですか?」
「えぇ。ごめんなさい。迷惑かけて。」
「そんなことありませんよ。」
クラムの背に乗せるために抱き上げた姫の体が、ふわっと宙を舞った気がした。まるで羽が生えたような軽さだ。
「失礼致します。」
姫の後ろから抱きしめるように私もクラムに跨る。
このように馬に乗るのも、姫の成人式の前日が最後であったな。
懐かしい日々をつい思い出してしまう。
先ほどよりもずっと近い距離で姫の髪に触れる。私の記憶にあった絹糸のような髪は、すでに見る影もなく、あらゆるところに痛みが見える。
フェリスが変わらず手入れをしていたはずだが、それでは賄えないほどの酷い扱いを受けていたというのか。腹の奥から湧き上がってくる怒りで体が震えた。
「クリュスエント様。こちらを羽織っておいてください。」
姫の姿を誰かに見られでもしたら、面倒なことになりそうだ。私は自分がまとっていたマントを外した。
「あら?それは?」
姫が細くなった指で示したのは、私のベルトに引っ掛けたピンク色の花であった。
「あ、これは……」
姫との再会に摘んできたことを忘れてしまっていた。
「花の、蕾?」
「はい。お慰めになればと思ったのですが、必要ありませんでしたね。」
私は摘んできた花をその場に置いていこうとする。姫には、頬を染めるような相手からもらった宝物があるではないか。私の摘んできたものなど、必要ないだろう。
「何故?私にくださるつもりだったのでしょう?それならば、ありがたくいただきます。」
姫の微笑みに、顔が熱くなる。私のような者にまでこのようなお言葉をかけてくださる、どこでも、誰にでも、分け隔てなくお優しい。昔と変わらぬその姿勢に、込み上げる思いが溢れてしまいそうだ。
私が渡した花を両手で受け取られた姫に、私はジュビエールのマントをまとわせる。
私以外の者から姿が見えぬように。誰にも、見せぬように。
姫の体の負担にならぬようにと、城の庭をゆっくり進んでいく。それでも馬の揺れは思ったよりも負担だったようで、すぐに姫の呼吸が荒くなるのがわかった。
「クリュスエント様。お辛ければ、私にもたれて下さい。」
「ご、ごめんなさい。そう、させてもらって、いいかしら?」
「気が付きませんで、申し訳ございません。カミュート国までは少し距離があります。楽になさってください。」
私の体を背もたれにするように、姫が体を預けてくる。昔と変わらぬ香水の匂いが、私の鼻をくすぐる。つい誘われてしまいそうな香りに、手綱を持つ手に力を込める。
私はいつまで経ってもこのようなことばかりだ。
マントに包まれた姫に気付かれぬように、苦笑いを浮かべた。
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