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開戦
一人前
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「アイシュタルトはずっと馬に乗っていたのですか?」
「あぁ。私は騎士だからな。馬に乗ってクリュスエント様の護衛をしていた。」
結局最後まで姫は私と共にシュルトの背中に乗っていたなと、シャーノでの日々を懐かしく思う。あれほど当たり前のように姫のことを後ろから支えて乗っていた日々。何とも幸せな時間であったのだろうか。
いつまで経っても自分で馬に乗ることができずにいらっしゃったが、そのことで難しい立場に立たされていることはないのだろうか。今は、問題なく乗れているのだろうか。
「そしたら、今回も騎士として戦に参加しますか?」
「……。」
「アイシュタルト?」
「あ、あぁ。いや。そのつもりはないのだが。」
姫のことを思い始めれば、私の心はそちらへとすぐに捕らえられてしまうようだ。ステフが私の顔を覗き込んでいたことに、気がつきもしなかった。
「馬に乗った方がアイシュタルトにとって戦いやすいというのであれば、それも可能です。」
「うむ。いや。やめておこう。コーゼに入った時に目立ちすぎる。カミュートの出方がはっきりしないままでは、余計なものにしかならぬ。」
「そうですか。」
ステフの顔に何か思うところがあるように見えたが、ルーイ同様、ステフの考えも既に読み取ることのできなくなった私には、その意図を組むことはできない。
「ステフは?知ってる商人、いた?」
「うん。さっき見かけたんだ。話を聞きに行ってきてもいいかな?」
「いいよ。行ってこいよ。俺たちは宿を探しておくから。終わったらここで待ってろよ。」
「そしたら行ってくるね。」
知り合いの商人だからこそ、私たちと一緒では話しづらいことがあるということか。歩いてきた道を戻っていくステフを見ながら、一体どの商人が知り合いだったのかもわからなかったことに驚く。
商人として、隠すべきことをきちんと隠すことのできているステフはもう、一人前なのだろうな。
傭兵として、カミュートの兵として、一から歩みを始めねばならない私は、今度はいつ一人前になどなれるだろうか。
カミュートに来たことを後悔などしていない。あの命令に我慢しなかった自分の選択を間違っているなどとは思わない。ただ、それまでの自分はなんだったのだろうかと、そう思わずにはいられなかった。
「アイシュタルト、宿探しに行こ。」
「あぁ。そうしよう。」
私が考え込んでいればいるほど、ルーイは普段よりも明るい声を出す。その声で正気に戻ることのできる自分がいた。ルーイにもステフにも気を使われてばかりの自分のことを情けなく思う。
だが、誰かに命じられるのではなく、自分で道を決める手探りの状態に、押しつぶされそうな不安に、支えを欲していたのだ。
「どうだった?何かわかった?」
知り合いの商人の元から戻ってきたステフと共に宿に帰り、ステフがつかんできた情報を聞くことにする。
「いい話をたくさん教えてもらってきたよ。」
「自信ありそうだな。」
「うん。コーゼに旅商人たちが寄り付かなくなってるのは、気のせいじゃない。武具を集めるのに必死で、旅商人たちに何か圧力をかけたらしい。彼らは自由だからね。そんなことをされれば、当然行く気も失せるさ。だから、コーゼ内でどうにか武具を整えるしかなくて、未だにさほど揃ってはいないみたいだ。」
国による保護を捨てて、自由を手に入れている商人たちは、国の思うように動かせる相手ではない。商人たちが示し合わせ、集団となれば一国を滅ぼすことなど簡単であろう。
ただ、そのようなことをする相手ではないこと、最悪の事態が訪れれば三国は協力して商人たちを制圧するだろうこと、そういった古い取り決めが商人たちの存在を認めていたし、三国間の移動を可能としていたのだ。
「あぁ。私は騎士だからな。馬に乗ってクリュスエント様の護衛をしていた。」
結局最後まで姫は私と共にシュルトの背中に乗っていたなと、シャーノでの日々を懐かしく思う。あれほど当たり前のように姫のことを後ろから支えて乗っていた日々。何とも幸せな時間であったのだろうか。
いつまで経っても自分で馬に乗ることができずにいらっしゃったが、そのことで難しい立場に立たされていることはないのだろうか。今は、問題なく乗れているのだろうか。
「そしたら、今回も騎士として戦に参加しますか?」
「……。」
「アイシュタルト?」
「あ、あぁ。いや。そのつもりはないのだが。」
姫のことを思い始めれば、私の心はそちらへとすぐに捕らえられてしまうようだ。ステフが私の顔を覗き込んでいたことに、気がつきもしなかった。
「馬に乗った方がアイシュタルトにとって戦いやすいというのであれば、それも可能です。」
「うむ。いや。やめておこう。コーゼに入った時に目立ちすぎる。カミュートの出方がはっきりしないままでは、余計なものにしかならぬ。」
「そうですか。」
ステフの顔に何か思うところがあるように見えたが、ルーイ同様、ステフの考えも既に読み取ることのできなくなった私には、その意図を組むことはできない。
「ステフは?知ってる商人、いた?」
「うん。さっき見かけたんだ。話を聞きに行ってきてもいいかな?」
「いいよ。行ってこいよ。俺たちは宿を探しておくから。終わったらここで待ってろよ。」
「そしたら行ってくるね。」
知り合いの商人だからこそ、私たちと一緒では話しづらいことがあるということか。歩いてきた道を戻っていくステフを見ながら、一体どの商人が知り合いだったのかもわからなかったことに驚く。
商人として、隠すべきことをきちんと隠すことのできているステフはもう、一人前なのだろうな。
傭兵として、カミュートの兵として、一から歩みを始めねばならない私は、今度はいつ一人前になどなれるだろうか。
カミュートに来たことを後悔などしていない。あの命令に我慢しなかった自分の選択を間違っているなどとは思わない。ただ、それまでの自分はなんだったのだろうかと、そう思わずにはいられなかった。
「アイシュタルト、宿探しに行こ。」
「あぁ。そうしよう。」
私が考え込んでいればいるほど、ルーイは普段よりも明るい声を出す。その声で正気に戻ることのできる自分がいた。ルーイにもステフにも気を使われてばかりの自分のことを情けなく思う。
だが、誰かに命じられるのではなく、自分で道を決める手探りの状態に、押しつぶされそうな不安に、支えを欲していたのだ。
「どうだった?何かわかった?」
知り合いの商人の元から戻ってきたステフと共に宿に帰り、ステフがつかんできた情報を聞くことにする。
「いい話をたくさん教えてもらってきたよ。」
「自信ありそうだな。」
「うん。コーゼに旅商人たちが寄り付かなくなってるのは、気のせいじゃない。武具を集めるのに必死で、旅商人たちに何か圧力をかけたらしい。彼らは自由だからね。そんなことをされれば、当然行く気も失せるさ。だから、コーゼ内でどうにか武具を整えるしかなくて、未だにさほど揃ってはいないみたいだ。」
国による保護を捨てて、自由を手に入れている商人たちは、国の思うように動かせる相手ではない。商人たちが示し合わせ、集団となれば一国を滅ぼすことなど簡単であろう。
ただ、そのようなことをする相手ではないこと、最悪の事態が訪れれば三国は協力して商人たちを制圧するだろうこと、そういった古い取り決めが商人たちの存在を認めていたし、三国間の移動を可能としていたのだ。
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