43 / 98
それぞれの想い
森での訓練の終わり
しおりを挟む
新しい剣はすぐにステフの手に馴染んだ。軽さといい、長さといい、そのどれもがステフのために計られたようであった。
ステフは初日はぎこちなさを感じたが、ものの数日で剣の扱いに慣れ、兎や狐を倒すようになっていった。
「明日は、加工場の近くの森へ行こう。ルーイの話では、そこにはもう少し大きい獣が出ると聞いた。」
「はい。せっかくの剣ですから、早く自分のものにしたいと思います。」
「いい心がけだが、あまり無理はするな。犬は向かってくる獣だ。」
犬を倒すことに慣れた時には、私と剣を交えよう。その一言が既に何日も言えずにいた。
「アイシュタルト。当初、剣の訓練は新しい剣が作られるまで、という話でした。そして今、僕の手元には新しい剣があります。いつまで、訓練を続けるのですか?」
「もう、やめるということか?ステフが望むのであれば、それも良い。」
「違います!いつまで僕の為に訓練を続けてくれるのかということです。僕に剣術を教えることが、アイシュタルトの為になるとは思えません。このひと月はアイシュタルトの言葉に甘えていましたが、剣ができた今、僕はアイシュタルトの時間を邪魔しているのではないでしょうか。」
ステフらしい気遣いに思わず頬がほころぶ。
「そのようなことはない。私はこれまで人に剣術を教えるなどという機会には恵まれずにきた。騎士団には剣術指南役がいたからな。ステフに教えることで、自分の型を省みることができる。」
「そうでしょうか。」
「あぁ。心配するな。其方との時間が私の邪魔になっているなどということは、決して無い。」
ステフを鍛えることが、私のためになること。いざコーゼが攻め入ってきた時に、側にいることができぬかもしれぬこと。私はいくつもの隠しごとをしている。
ステフが犬を倒せるようになったら、これらのことも話をしよう。そして、対人の訓練を始めよう。
「それなら、良いのです。もうしばらく、アイシュタルトに訓練をつけてもらえるのであれば、僕としてはありがたいことです。」
ステフが何かを呑み込んだような顔で笑った。あぁ。私が腹に抱えたものがあることをわかっているのだろうな。
ロイドと話した時のように、何もかもを悟られているような感覚を受ける。ステフの中に、ロイドと同様の旅商人としての才覚の片鱗を見た気がした。
素の才能を活かして生きているルーイにも、旅商人としての人生を歩き始めているステフにも、私はもう隠しごとはできぬだろうな。
ステフが次の森での訓練を終える頃には、私は私が抱えているものを二人に打ち明けよう。
そして私はロイドが話したように『機』を掴みにいく。
ルーイとステフに、私が私の隠しごとを打ち明けるべき時は、私が想定した以上に早く訪れた。
ステフは半月もせずに犬と堂々と渡り合うようになったのだ。
もう、旅をするのに困ることはないであろう。それこそ、熊でも出ぬ限りステフが逃げねばならぬことはない。野生の獣であれば、ステフは倒すことができるはずだ。
私があれほどまでに避けたがった夏の日差しはいつの間にか消え去り、頬を撫でる風には時折り寒さを感じることもある。
陽が落ちれば気温は一気に下がり、冬の気配すら漂うほどだ。
コーゼの王はまだご存命であろうか。いつまでこの様に準備を整える時間があるのだろうか。涼しさを感じるようになったカミュートに、いつコーゼが侵攻してきたとしても、不思議はない。
「ルーイ。ステフ。少し話がある。私に時間をもらっても良いだろうか。」
秋風が吹き始めたある日の朝、私は二人にそうもちかけた。
ステフは初日はぎこちなさを感じたが、ものの数日で剣の扱いに慣れ、兎や狐を倒すようになっていった。
「明日は、加工場の近くの森へ行こう。ルーイの話では、そこにはもう少し大きい獣が出ると聞いた。」
「はい。せっかくの剣ですから、早く自分のものにしたいと思います。」
「いい心がけだが、あまり無理はするな。犬は向かってくる獣だ。」
犬を倒すことに慣れた時には、私と剣を交えよう。その一言が既に何日も言えずにいた。
「アイシュタルト。当初、剣の訓練は新しい剣が作られるまで、という話でした。そして今、僕の手元には新しい剣があります。いつまで、訓練を続けるのですか?」
「もう、やめるということか?ステフが望むのであれば、それも良い。」
「違います!いつまで僕の為に訓練を続けてくれるのかということです。僕に剣術を教えることが、アイシュタルトの為になるとは思えません。このひと月はアイシュタルトの言葉に甘えていましたが、剣ができた今、僕はアイシュタルトの時間を邪魔しているのではないでしょうか。」
ステフらしい気遣いに思わず頬がほころぶ。
「そのようなことはない。私はこれまで人に剣術を教えるなどという機会には恵まれずにきた。騎士団には剣術指南役がいたからな。ステフに教えることで、自分の型を省みることができる。」
「そうでしょうか。」
「あぁ。心配するな。其方との時間が私の邪魔になっているなどということは、決して無い。」
ステフを鍛えることが、私のためになること。いざコーゼが攻め入ってきた時に、側にいることができぬかもしれぬこと。私はいくつもの隠しごとをしている。
ステフが犬を倒せるようになったら、これらのことも話をしよう。そして、対人の訓練を始めよう。
「それなら、良いのです。もうしばらく、アイシュタルトに訓練をつけてもらえるのであれば、僕としてはありがたいことです。」
ステフが何かを呑み込んだような顔で笑った。あぁ。私が腹に抱えたものがあることをわかっているのだろうな。
ロイドと話した時のように、何もかもを悟られているような感覚を受ける。ステフの中に、ロイドと同様の旅商人としての才覚の片鱗を見た気がした。
素の才能を活かして生きているルーイにも、旅商人としての人生を歩き始めているステフにも、私はもう隠しごとはできぬだろうな。
ステフが次の森での訓練を終える頃には、私は私が抱えているものを二人に打ち明けよう。
そして私はロイドが話したように『機』を掴みにいく。
ルーイとステフに、私が私の隠しごとを打ち明けるべき時は、私が想定した以上に早く訪れた。
ステフは半月もせずに犬と堂々と渡り合うようになったのだ。
もう、旅をするのに困ることはないであろう。それこそ、熊でも出ぬ限りステフが逃げねばならぬことはない。野生の獣であれば、ステフは倒すことができるはずだ。
私があれほどまでに避けたがった夏の日差しはいつの間にか消え去り、頬を撫でる風には時折り寒さを感じることもある。
陽が落ちれば気温は一気に下がり、冬の気配すら漂うほどだ。
コーゼの王はまだご存命であろうか。いつまでこの様に準備を整える時間があるのだろうか。涼しさを感じるようになったカミュートに、いつコーゼが侵攻してきたとしても、不思議はない。
「ルーイ。ステフ。少し話がある。私に時間をもらっても良いだろうか。」
秋風が吹き始めたある日の朝、私は二人にそうもちかけた。
0
お気に入りに追加
30
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
旦那様には愛人がいますが気にしません。
りつ
恋愛
イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。
※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。

【完結】愛も信頼も壊れて消えた
miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」
王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。
無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。
だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。
婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。
私は彼の事が好きだった。
優しい人だと思っていた。
だけど───。
彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。
※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。

お飾り王妃の死後~王の後悔~
ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。
王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。
ウィルベルト王国では周知の事実だった。
しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。
最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。
小説家になろう様にも投稿しています。


記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話
甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。
王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。
その時、王子の元に一通の手紙が届いた。
そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。
王子は絶望感に苛まれ後悔をする。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる