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それぞれの想い
アイシュタルトのやるべきこと
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クリュスエント様はコーゼにいる。それは間違いないだろう。だが、誰もお顔を見ていないというのは、どういうことだろうか。
「アイシュタルトが聞きたかったのは、噂話の姫のことだったか。」
「はい。色々とありがとうございました。」
「その方が今どうしていらっしゃるかは、わからない。そもそも、コーゼの王宮に入られたということさえ、確実ではないんだ。」
「わかっています。それでも、何もわからないままであったこれまでより、進展したように思います。」
「その姫に、君は仕えていたのかな?」
「な!何故……」
「その言葉遣い、その姿勢、その名前。全てが君を城の関係者だと物語っている。その方の無事を本当に知りたいのであれば、コーゼへ行くしかない。」
コーゼへ行く。国を出る困難さは、私自身が身に染みている。旅商人のように、簡単に移動はできないのだ。
「ですが、他国へ行くというのは、普通の人間からすれば、簡単なことではありません。」
「そうだろうね。」
「それならば……」
「今はね。」
「今は?」
「君も知っているだろう?」
先程までよりも、更に小声でロイドが話しだした。
「何を。」
ロイドの声につられるように、私の声も小さくなる。
「コーゼは近いうちに、カミュートに戦争を仕掛けてくる。私も昔馴染みの旅商人と話をしたが、これはもう、紛れもない事実だ。コーゼの戦準備を鑑みれば、これまでにない規模の戦いとなるはずだ。」
ステフも同様のことを言っていたな。旅商人の間では、もはや噂ではなく真実なのか。
「戦が始まれば、国境はまるでないものの様に扱われるだろう。攻め入る側と守る側、時にそれが入れ替わることもある。」
「それはっ……」
「城の関係者には考えられないことかな?それとも、禁止されていたかな?」
国境を無断で越える、そのようなこと許されるわけがない。
ただ、攻め入る側の軍勢に紛れ、他国に入る。そのような者たちがいることも、事実だ。
「許されないことです。」
「確かに。だが、噂話の姫の無事を、確認したいのではないのか?姫の無事など、コーゼの王宮に行かねばわかるまい。コーゼ出身の私ですらわからないことが、どうしてカミュートにいてわかる?」
ロイドの言葉が、私の心に波紋を作るように広がっていく。
「国境を無断で越えることが、許されないことであることは誰もが知っている。それでも、それをしなければ手に入らないものもあるということだ。」
「手に、入らない……」
「あぁ。いくら戦争が始まったからといって、王族の姫が王宮から出てくることなど、ないだろう。門番すらその姿を一度しか見たことのない方だ。コーゼの都、その真ん中にある王宮へと、入っていくしかないのだよ。」
「コーゼの、真ん中。」
「アイシュタルト、戦の最中であれば、そこへ辿り着くことができるかもしれない。君はその機を掴まなければならない。」
『その機を掴む』ロイドのその言葉が、私の記憶に深く刻みついた気がした。
「どうして、そのようなことまで私に、教えてくださるのか。」
「フッ。ルーイのせいだろうな。」
ロイドが小さく笑いながら、ルーイの方へ視線を向ける。
「ルーイの?」
「私が元旅商人だなんて、一体どこで聞きつけてきたのか。彼は突然店にやってきて、話を聞かせて欲しいと、そう言った。最初は当然断ったさ。もう一年も前の話、見ず知らずの人物にしてやる義務はないからね。」
「はい。」
「それなのに、彼はめげずに3日間居座り続けた。居座って、その間中ただ働きして、私以上に働いてくれるから、常連客に怒られたよ。それで、話を聞くことにした。」
ルーイがそんなことまで。ただただ、私のため、それだけだ。
「私は、ルーイの思いにほだされたんだろうな。昔から、他人の真剣な想いには弱い。」
そう言って、遠くを見つめるロイドは奥さんのことを思っているのだろうか。
「アイシュタルトが聞きたかったのは、噂話の姫のことだったか。」
「はい。色々とありがとうございました。」
「その方が今どうしていらっしゃるかは、わからない。そもそも、コーゼの王宮に入られたということさえ、確実ではないんだ。」
「わかっています。それでも、何もわからないままであったこれまでより、進展したように思います。」
「その姫に、君は仕えていたのかな?」
「な!何故……」
「その言葉遣い、その姿勢、その名前。全てが君を城の関係者だと物語っている。その方の無事を本当に知りたいのであれば、コーゼへ行くしかない。」
コーゼへ行く。国を出る困難さは、私自身が身に染みている。旅商人のように、簡単に移動はできないのだ。
「ですが、他国へ行くというのは、普通の人間からすれば、簡単なことではありません。」
「そうだろうね。」
「それならば……」
「今はね。」
「今は?」
「君も知っているだろう?」
先程までよりも、更に小声でロイドが話しだした。
「何を。」
ロイドの声につられるように、私の声も小さくなる。
「コーゼは近いうちに、カミュートに戦争を仕掛けてくる。私も昔馴染みの旅商人と話をしたが、これはもう、紛れもない事実だ。コーゼの戦準備を鑑みれば、これまでにない規模の戦いとなるはずだ。」
ステフも同様のことを言っていたな。旅商人の間では、もはや噂ではなく真実なのか。
「戦が始まれば、国境はまるでないものの様に扱われるだろう。攻め入る側と守る側、時にそれが入れ替わることもある。」
「それはっ……」
「城の関係者には考えられないことかな?それとも、禁止されていたかな?」
国境を無断で越える、そのようなこと許されるわけがない。
ただ、攻め入る側の軍勢に紛れ、他国に入る。そのような者たちがいることも、事実だ。
「許されないことです。」
「確かに。だが、噂話の姫の無事を、確認したいのではないのか?姫の無事など、コーゼの王宮に行かねばわかるまい。コーゼ出身の私ですらわからないことが、どうしてカミュートにいてわかる?」
ロイドの言葉が、私の心に波紋を作るように広がっていく。
「国境を無断で越えることが、許されないことであることは誰もが知っている。それでも、それをしなければ手に入らないものもあるということだ。」
「手に、入らない……」
「あぁ。いくら戦争が始まったからといって、王族の姫が王宮から出てくることなど、ないだろう。門番すらその姿を一度しか見たことのない方だ。コーゼの都、その真ん中にある王宮へと、入っていくしかないのだよ。」
「コーゼの、真ん中。」
「アイシュタルト、戦の最中であれば、そこへ辿り着くことができるかもしれない。君はその機を掴まなければならない。」
『その機を掴む』ロイドのその言葉が、私の記憶に深く刻みついた気がした。
「どうして、そのようなことまで私に、教えてくださるのか。」
「フッ。ルーイのせいだろうな。」
ロイドが小さく笑いながら、ルーイの方へ視線を向ける。
「ルーイの?」
「私が元旅商人だなんて、一体どこで聞きつけてきたのか。彼は突然店にやってきて、話を聞かせて欲しいと、そう言った。最初は当然断ったさ。もう一年も前の話、見ず知らずの人物にしてやる義務はないからね。」
「はい。」
「それなのに、彼はめげずに3日間居座り続けた。居座って、その間中ただ働きして、私以上に働いてくれるから、常連客に怒られたよ。それで、話を聞くことにした。」
ルーイがそんなことまで。ただただ、私のため、それだけだ。
「私は、ルーイの思いにほだされたんだろうな。昔から、他人の真剣な想いには弱い。」
そう言って、遠くを見つめるロイドは奥さんのことを思っているのだろうか。
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