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護衛騎士
護衛騎士
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護衛騎士の打診を受けてから今日で2日。明日には返事をしなければならない。だが、どれだけ時間が経とうとも、私の気持ちが変わることはなかった。
姫の護衛騎士から外れて1年。それだけの間変わることのなかった気持ちを、今更3日もらったところで、変えることなんてできないのである。
それでも、猶予期間をもらったことには意味があった。私は休暇として部屋に閉じこもり、準備を整える。
大きな荷物は持っていけない。ずっと使い続けた剣を腰に差し、数日分の着替え、そして花瓶として10年間使われていたカップ、庭から摘んできたあの花は摘んできた日から逆さまに吊るしてある。
保存したい時はこうするんですって。そうやっていつだったか姫が教えてくれた、花を乾燥させる方法だ。初めて実行する時が、もう二度と庭に咲いたこの花を見ることができなくなる時など、思いもよらなかったな。
誰にも見つからない様にと、護衛騎士となった10年前に与えられた個室を静かに抜け出す。ちょうど日付が変わった時刻だ。不寝番の者以外に動く者はいないだろう。
城を抜け出し、少し悩んで、馬小屋に足を運んだ。あまり動き回るのは、人に見つかる危険が高まる。だが、10年間私のことを乗せてくれていた相棒に挨拶をしないわけにはいかない。
誰もいないことを確認しながら、馬小屋に近づいていく。
私が馬小屋の入り口に近寄っていくと、すぐに気がついたようだ。こちらに視線を向けた相棒の元へと寄っていく。
「シュルト。これまでありがとう。お前の上は乗り心地が良かったよ。」
シュルトはいつもよりも眼を潤ませてこちらを見る。シュルトにも別れがわかるのだろうか。私はシュルトの立髪を撫でながら、もう少しだけと話を続ける。
「私のことも姫のことも何度も乗せてくれて、本当にありがとう。私がいなくなれば、次は誰を乗せるんだろうな。お前は立派な馬だから、まだまだ活躍できるな。大切に、してもらえよ。」
私は立髪を撫でるのを止め、シュルトの顔を抱き寄せた。
「私は行くよ。やはり、姫以外に仕えることはできないんだ。」
自分に言い聞かせるようにシュルトに告げ、私は馬小屋を出た。
もう心残りはない。城の裏門へ辿り着き、近くの茂みに隠れて、門番の隙を伺う。間もなく交代の時間だ。その時に見回りと言いながら、裏門から離れる時がある。門番としてその働きは褒められたものではないが、今夜はそれに助けられそうだ。
見張りの交代が近づいてくるのが見える。もうすぐだ。
「ヒヒィィーーーンン!」
馬小屋からシュルトの鳴き声が聞こえた。
「何だ?!何があった?!」
門番達が揃って馬小屋へ走っていく。今だ!!シュルトの声が聞こえた気がした。
私が無事に出られるように、声をあげてくれたんだな。普段は不必要に鳴くことのないシュルトの声が、深夜の城の庭にもう一度響く。
不寝番達の騒めきに乗じて、私は裏門から城外へと出て行った。
姫以外に仕えることはできない。その想いだけで、私は世話になった城を、生まれ育った故郷の国を捨てた。私を包む鎧のようなものが、はがれ落ちた気がした。
姫の護衛騎士から外れて1年。それだけの間変わることのなかった気持ちを、今更3日もらったところで、変えることなんてできないのである。
それでも、猶予期間をもらったことには意味があった。私は休暇として部屋に閉じこもり、準備を整える。
大きな荷物は持っていけない。ずっと使い続けた剣を腰に差し、数日分の着替え、そして花瓶として10年間使われていたカップ、庭から摘んできたあの花は摘んできた日から逆さまに吊るしてある。
保存したい時はこうするんですって。そうやっていつだったか姫が教えてくれた、花を乾燥させる方法だ。初めて実行する時が、もう二度と庭に咲いたこの花を見ることができなくなる時など、思いもよらなかったな。
誰にも見つからない様にと、護衛騎士となった10年前に与えられた個室を静かに抜け出す。ちょうど日付が変わった時刻だ。不寝番の者以外に動く者はいないだろう。
城を抜け出し、少し悩んで、馬小屋に足を運んだ。あまり動き回るのは、人に見つかる危険が高まる。だが、10年間私のことを乗せてくれていた相棒に挨拶をしないわけにはいかない。
誰もいないことを確認しながら、馬小屋に近づいていく。
私が馬小屋の入り口に近寄っていくと、すぐに気がついたようだ。こちらに視線を向けた相棒の元へと寄っていく。
「シュルト。これまでありがとう。お前の上は乗り心地が良かったよ。」
シュルトはいつもよりも眼を潤ませてこちらを見る。シュルトにも別れがわかるのだろうか。私はシュルトの立髪を撫でながら、もう少しだけと話を続ける。
「私のことも姫のことも何度も乗せてくれて、本当にありがとう。私がいなくなれば、次は誰を乗せるんだろうな。お前は立派な馬だから、まだまだ活躍できるな。大切に、してもらえよ。」
私は立髪を撫でるのを止め、シュルトの顔を抱き寄せた。
「私は行くよ。やはり、姫以外に仕えることはできないんだ。」
自分に言い聞かせるようにシュルトに告げ、私は馬小屋を出た。
もう心残りはない。城の裏門へ辿り着き、近くの茂みに隠れて、門番の隙を伺う。間もなく交代の時間だ。その時に見回りと言いながら、裏門から離れる時がある。門番としてその働きは褒められたものではないが、今夜はそれに助けられそうだ。
見張りの交代が近づいてくるのが見える。もうすぐだ。
「ヒヒィィーーーンン!」
馬小屋からシュルトの鳴き声が聞こえた。
「何だ?!何があった?!」
門番達が揃って馬小屋へ走っていく。今だ!!シュルトの声が聞こえた気がした。
私が無事に出られるように、声をあげてくれたんだな。普段は不必要に鳴くことのないシュルトの声が、深夜の城の庭にもう一度響く。
不寝番達の騒めきに乗じて、私は裏門から城外へと出て行った。
姫以外に仕えることはできない。その想いだけで、私は世話になった城を、生まれ育った故郷の国を捨てた。私を包む鎧のようなものが、はがれ落ちた気がした。
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