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光城 朱純

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教室

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 悠との予定で毎日が楽しかった夏休みももうおしまい。来週には始業式だという、最後のデートの日。

 悠が私の手をとって真剣な眼差しで私を見つめた。

「ちとせ、二学期からさ、教室に来ない?」

 悠からの突然の誘いに、私の心臓が縮み上がった。その後は体全体が心臓になったかのように、頭の中に鼓動が響く。

「きょう、しつ?」

「うん。私、教室でもちとせに会いたい!保健室じゃなくて。授業中に手紙回したり、一緒にお弁当食べたり……そういうこと、したい。」

 頭に響いた鼓動は、そのうちに頭痛に変わっていて、ズキズキする頭では悠の言うこともうまく考えられない。

「そんなこと……できない。」

「そっかぁ。実はさ、ちとせが学校休んでた間、何度も保健室に行ったんだよね。でも、さすがに全部の休み時間には見に行けなくて……同じクラスなのに、教室ならすぐにおしゃべりできるのにって。それだけ。」

 悠の笑顔が少し寂しそうに曇った。

 悠の寂しげな笑顔に、私の心臓が今度は違う意味で締め付けられた。

 悠を悲しませたくない。

 悠の気持ちに応えたい。

 誰かのためにーなんて、思ったこともないのに、悠のためには何かしたかった。私がすることで、悠を喜ばせることができるなら、何だっていい。

「わたし、いけるかな。」

「無理しなくていいよ。私がちとせに会いたいって、わがまま言ってるだけだから。」

 悠が私に気を遣わせないように、無理して笑ってるのがわかる。

「教室には私もいるよ。絶対、ちとせを独りになんてさせない。」

「うん……」

「無理しなくていいから、考えてみて。」

「うん……」

 約束はできなかった。私にとって教室はやっぱりどうしようもなく遠くて。

 ただ、悠に嬉しそうな顔をさせたい気持ちだけが、私の心を突き動かした。



 新学期、私は教室の前にいた。

 いつもよりも早く起きて、早く学校に乗り込むつもりが、途中何度も足がすくんで動けなかった。行きたくない気持ちが、家からの道を遠回りさせる。

 誰もいない通学路に、少しずつ同じ制服を着た生徒が増えていく。その波に押し流されるように、校門をくぐり、やっと教室の前にたどり着いた。

 下駄箱や教室の場所がわからなくて、学校内で迷子になりかけたけど。

 戸惑いながら一歩ずつ進んで、やっとたどり着いた教室の前で、最後の勇気を振り絞ろうとしていた。

 もう、悠は来てるかな。

 廊下を行き交う生徒や、教室に入っていくクラスメイトが、扉の前で立ちすくんでいる私のことを、変な顔で見てる。

 人から向けられる不審な顔なんて、保健室で慣れっこだ。扉の奥、何もない教壇を睨みつけて、一歩踏み出そうとした。

「ちとせ!来てくれたの?」

「う……うん。」

「おはよう!」

 私のことを助けだすかのように、悠が声をかけてくれた。
 
 悠が笑顔を向けてくれる。私が見たかった、嬉しそうな顔。

 それを見れただけで、来た意味があった。

 悠がいれば、私はここに来れる。

 初めて入った教室は、思った以上にすんなりと、私を受け入れた。
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