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光城 朱純

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夏休みの約束

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 それから、悠は何度か保健室にやってきた。

 梅雨も明ければ一気に夏がやってきて、健康な人でも熱中症になりかねない天気。

 梅雨の間中ガマンしていた太陽が、その不満を解消しようと毎日嫌になるほど照りつける。

 その暑さを更に増させるのが、蝉の大合唱。

 体育の見学なんて、保健室でしかできない。

「ちとせー?いるー?」

「うん。いる。」

「偉い偉い。」

 外に出慣れてないせいか、私は暑さに弱いようで、最近は家から出られなくなっていた。

 完全に不登校だ。

「今朝は、何とかなった。」

 そんな風に答えるけど、本当は今日の時間割のせい。

 体育があれば、悠が保健室に来るから。だから、無理矢理にでも保健室に来たかった。

 まるで悠に片想いをしているような、そんな気持ちだった。

「私、来週から保健室に来なくて良いんだ。」

「えっ?」

「やっとこれとさよならできるよー。」

 そう言って、車椅子に代わって持ち歩いていた松葉杖を軽く振る。

「体育の授業に復帰するの。」

 悠は笑顔でそう言った。

 悠の晴れやかな笑顔とは対照的なのが、私の心の中。

 もう、保健室に来ない?会えない?

 悠と仲良くなって、楽しくなった学校が一気に色褪せた。

「そ、そう。」

 かろうじて返事ができたのが、これだけ。

 私の喉はカラカラに乾いて、貧血を起こした時のように全身が冷え込んでいく。

「それでさ……ってちとせ?大丈夫?顔、真っ白だよ?」

「うん、だ、だいじょうぶ。」

「無理したんでしょ。休んじゃえば良かったのに。」

 悠に会いたくて、それだけのために来たのに。

 休んじゃえば良かった?

 私は悠に、ここでしか会えない。

「そう、だね。」

「ベッドで休んでおきなよー。」

 悠に促されるまま、ベッドに横になる。保健室のパイプベッドは正直寝心地は良くないけど、悠と顔を合わせたくなくて、私は布団を頭から被った。

 何でだろう。まるで裏切られたような気分だった。悠も、ここに来るのを楽しみにしてるんだって、勝手にそう思い込んでいたから。

 ふんふーん。ご機嫌な悠が、鼻歌を歌いながら授業が終わるのを待ってる。

 もうここに来なくて良いことが、そんなに嬉しいのかな。悠の鼻歌がイラつく。頭が痛い。早く、教室に戻ってよ。

 翌日から、私は保健室登校から、ただの登校拒否へと立場を変えた。

 悠に会えないなら、行く気もなかった。

 色褪せた学校に、行く意味なんてない。

 ただ、借りっぱなしの本だけが、心残りだった。

 夏休み前に、返しにいかなきゃ。

 だけど夏休み前の最後の日、終業式当日にしか、私は学校へと辿り着けなかった。
 

 終業式の日は、図書室に行くタイミングがはかれない。授業の始まりも終わりもなくて、いつどこで誰が歩いてるかわからないから。

 しばらくここで待っていれば良いか。

 他の生徒が帰るまで大人しく保健室で待つことに決めた。急いでやらなきゃいけないことでもないし、急いで帰る用もない。

 保健室から外を見れば、真夏の太陽が輝いていて、見てるだけで目眩を起こしそうだ。

「ちとせ!いた!!」

 保健室のドアが突然開いて、悠が私に向かって声をかけた。

「悠?どうしたの?」

 保健室に来なくて良いってあんなに喜んでいたのに。

「ちとせに会いに来たの!毎日毎日、保健室に顔出してるのに、ずーっと会えないままなんだもん!」

「調子悪くて、出てこれなくて……」

「知ってる!でも、避けられてるのかなって、そんな気にもなった。」

「ご、ごめん。」

 謝ってはみたけど、合ってる。避けてたんだ。悠のこと。

「会えたからいい。夏休みになる前でよかった。」

「何かあった?」

「夏休み、一緒に遊ぼう?んー。図書館は?駅前のドーナツは?映画もいいね!」

「え?誰と?」

「私と!一緒に遊ぼうって言ったじゃん。」

 私が?悠と?休みの日に遊ぶ?

「えぇ?!む、無理無理無理。」

「何で?!いや?一応涼しそうな場所選んだんだけど。」

「そういうことじゃなくて……」

 場所の問題じゃないよ。誰かと遊びに行ったことなんて、一度もない。どうしたらいいかわかんないよ。

「場所わかんない?家まで迎えに行こうか?学校で待ち合わせする?」

 待ち合わせ?そんなもの、物語の中の話だ。

 何も答えることができなくて、俯いた私の顔を覗き込んで、悠が笑った。

「ちとせとおしゃべりしたいだけだからさ。場所なんてどこでも良いんだ。どこが良い?」

 おしゃべり?私と?

 悠がそう言ってくれて、私の周りの景色が突然色づいていく。悠の一言に、一喜一憂してる自分のことを、少し気持ち悪いとさえ思う。

「じゃ、じゃあドーナツ。」

「うん!待ち合わせ、学校でいい?それとも、お店にする?」

「お店でいい。」

 駅前のドーナツ屋さんなら、私でもわかる。

 初めて、友達との予定で夏休みのスケジュールが埋まった。

 毎年ほとんど白紙のままで捨てられていくスケジュール帳に、ニヤけながら予定を書き込んだ。悠の名前じゃなくて、今度は書き込んだ予定を指で辿って心臓が高鳴る。

 その年の夏休みは、悠との予定でスケジュール帳はびっしり埋まって、ドーナツ屋さんを皮切りに、図書館、映画、カフェ……他にも色々なところへ遊びに行った。

 私たちは付き合い始めのカップルのように、デートを重ねていく。
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