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保健室への来室者
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梅雨空が鬱陶しさを増してきた頃、『今井 悠』の名前を、どの本からも見つけられなくなった。
どの本を見ても、新しくその名前が書かれているものが見当たらなくなった。
見つけたのは、もう半年も前に書かれたものだったりする。
本、読むのやめちゃったのかな。
学校の図書室なんて、そもそも人気のある場所じゃない。授業中だけじゃなくて、休み時間だって人に会うことなんて滅多にない。
そんな人気のない図書室に人が来なくなったって、仕方ないとしか思えないけど。
『今井 悠』の興味も本じゃないものになったんだろうな。
少し前まで、あんなにドキドキしてた貸出カードを見る瞬間も、もう何にも感じなくなっていた。
コンコン!ある日の授業中、誰かが保健室の扉をノックした。
「失礼しまーす。先生?」
ガラガラと扉を開けた後に聞こえてきた音は、ギイッという耳慣れない音。
扉の前に置かれたついたての奥で、保健室に入るのをためらっているように動かない、誰かのシルエットを見つめた。
保健室に来る人なんて、返事があってもなくてもズカズカと入ってくるものだけど。
あんなところで返事を待ってるだなんて、珍しい。
「先生、今いませんけど。」
学校で先生以外の人と話すなんて、いつぶりかな。緊張で喉の奥が痛いくらいに乾いた。
「あ、そうなの?えー。どうしようかな。」
ついたての奥で可愛い女の子の声がする。それでもまだ入ってこようとしない彼女に、疑問を感じる。
「は、入ってきたらどうですか?私だけしかいませんが。」
「んー。このついたてが邪魔で入れないの。」
どういうこと?そんなもの、避けて入って来れば良いのに。
様子を見に行くのも、正直面倒なんだけど。
そんなことを思いながら、立ち上がり、扉の前へと向かっていく。
恐る恐るついたての反対側を覗き込むと、女の子の顔は思ったところになかった。
あれ?と思いつつ、視線を下に下げると、車椅子に乗った女の子とバッチリ目が合ってしまった。
「わぁ!ご、ごめんなさい!」
車椅子だから、入って来られなかったんだ。すぐにそう理解すると、ついたてを端に寄せる。
「ありがとう!」
ニコッと人懐っこい笑顔を作った車椅子の彼女は、そのままギィッと車椅子を押して、保健室の中に入ってきた。
「入室記録、これです。」
そう言ってノートを渡すと、彼女は利用者の欄に自分のクラスと名前を書いた。
『2ー1 今井 悠』
ドキッ!!
彼女が利用者の欄に書いた名前に、心臓が飛び跳ねた。この名前を新しく見るのは一ヶ月ぶりぐらいだろうか。
まさか、彼女が『今井 悠』だなんて。
声をかけたいけど、貸出カードで自分の名前を知られてるなんて、気持ち悪いよね。
私が探していた『今井 悠』が目の前にいる。
私の心臓は、これまでに感じたことがないぐらいに早く動いた。
声をかけたくても、同級生と話した記憶が遠い昔の私は、結局何も話せない。
「はい。ありがとう。」
入室記録のノートを私に返した彼女は、きょろきょろと先生のいない保健室を見渡す。
誰もいない保健室に、ぽつんと一人で居座ってる私が、変なんだよね。
保健室に来た人みんなが不審な顔をするから、もう慣れっこだ。
「あなたは……」
今井さんは何を言いかけて、それでも私の隣に置いてある鞄と机の上に広がっているプリントに目をやると、すぐに状況を把握したようだった。
「あ、えっと……」
「私はさ、この間階段から落ちて、骨折したの。しばらく車椅子だって。嫌になっちゃう。」
私の言葉を待って、事情を無理に聞き出すこともなく、自分の話を話し始めた。
「これまではさ、体育の授業も外で見学してたんだけど、最近晴れると暑いじゃん?先生が熱中症になるといけないから、保健室に行けって。それでこの時間は保健室でサボり。いいでしょ。」
「そ、そうだね。車椅子は羨ましくないけどね。」
骨折して車椅子生活になってる時点で、何も羨ましくはないんだけど、得意げに事情を話す今井さんに、つい笑ってしまった。
「笑ったな!あ、私ね、2ー1の今井 悠って言うの。貴女は?」
「私も、2ー1の安藤 ちとせ。」
「え?同じクラス?って、安藤さん!出席番号1番の!」
「へ?出席番号?」
「そう!私、『今井』って苗字だから、出席番号1番になること多くて、そうするとやたらと当てられるのね。今年のクラス替えを見た時に、やっと1番じゃなくなったと思って安心してたの。」
「あ……ごめん。」
私が教室に行かないから、当てられてるのかな。
「いや、もう慣れてるからさ、当てられるのは仕方ないって諦めてるんだけど。せっかく1番じゃなくなったから、その気分味わいたいなぁっていうだけ。」
1番じゃない気分?私も大抵1番だけど、それに大した意味は感じていない。
今井さんって変わってる。
「へぇー。」
「どうでもいいって思ったでしょ!」
「うん。」
「はっきり言ったな!」
笑ったり、拗ねたり、表情豊かに会話を紡いでいく今井さんと話してる時間はあっという間に終わっていく。
同級生と話をして、こんなに楽しかったのはいつぶりだろう。
名前だけじゃなく、実体をもった『今井 悠』に、私は一気に惹かれていった。
どの本を見ても、新しくその名前が書かれているものが見当たらなくなった。
見つけたのは、もう半年も前に書かれたものだったりする。
本、読むのやめちゃったのかな。
学校の図書室なんて、そもそも人気のある場所じゃない。授業中だけじゃなくて、休み時間だって人に会うことなんて滅多にない。
そんな人気のない図書室に人が来なくなったって、仕方ないとしか思えないけど。
『今井 悠』の興味も本じゃないものになったんだろうな。
少し前まで、あんなにドキドキしてた貸出カードを見る瞬間も、もう何にも感じなくなっていた。
コンコン!ある日の授業中、誰かが保健室の扉をノックした。
「失礼しまーす。先生?」
ガラガラと扉を開けた後に聞こえてきた音は、ギイッという耳慣れない音。
扉の前に置かれたついたての奥で、保健室に入るのをためらっているように動かない、誰かのシルエットを見つめた。
保健室に来る人なんて、返事があってもなくてもズカズカと入ってくるものだけど。
あんなところで返事を待ってるだなんて、珍しい。
「先生、今いませんけど。」
学校で先生以外の人と話すなんて、いつぶりかな。緊張で喉の奥が痛いくらいに乾いた。
「あ、そうなの?えー。どうしようかな。」
ついたての奥で可愛い女の子の声がする。それでもまだ入ってこようとしない彼女に、疑問を感じる。
「は、入ってきたらどうですか?私だけしかいませんが。」
「んー。このついたてが邪魔で入れないの。」
どういうこと?そんなもの、避けて入って来れば良いのに。
様子を見に行くのも、正直面倒なんだけど。
そんなことを思いながら、立ち上がり、扉の前へと向かっていく。
恐る恐るついたての反対側を覗き込むと、女の子の顔は思ったところになかった。
あれ?と思いつつ、視線を下に下げると、車椅子に乗った女の子とバッチリ目が合ってしまった。
「わぁ!ご、ごめんなさい!」
車椅子だから、入って来られなかったんだ。すぐにそう理解すると、ついたてを端に寄せる。
「ありがとう!」
ニコッと人懐っこい笑顔を作った車椅子の彼女は、そのままギィッと車椅子を押して、保健室の中に入ってきた。
「入室記録、これです。」
そう言ってノートを渡すと、彼女は利用者の欄に自分のクラスと名前を書いた。
『2ー1 今井 悠』
ドキッ!!
彼女が利用者の欄に書いた名前に、心臓が飛び跳ねた。この名前を新しく見るのは一ヶ月ぶりぐらいだろうか。
まさか、彼女が『今井 悠』だなんて。
声をかけたいけど、貸出カードで自分の名前を知られてるなんて、気持ち悪いよね。
私が探していた『今井 悠』が目の前にいる。
私の心臓は、これまでに感じたことがないぐらいに早く動いた。
声をかけたくても、同級生と話した記憶が遠い昔の私は、結局何も話せない。
「はい。ありがとう。」
入室記録のノートを私に返した彼女は、きょろきょろと先生のいない保健室を見渡す。
誰もいない保健室に、ぽつんと一人で居座ってる私が、変なんだよね。
保健室に来た人みんなが不審な顔をするから、もう慣れっこだ。
「あなたは……」
今井さんは何を言いかけて、それでも私の隣に置いてある鞄と机の上に広がっているプリントに目をやると、すぐに状況を把握したようだった。
「あ、えっと……」
「私はさ、この間階段から落ちて、骨折したの。しばらく車椅子だって。嫌になっちゃう。」
私の言葉を待って、事情を無理に聞き出すこともなく、自分の話を話し始めた。
「これまではさ、体育の授業も外で見学してたんだけど、最近晴れると暑いじゃん?先生が熱中症になるといけないから、保健室に行けって。それでこの時間は保健室でサボり。いいでしょ。」
「そ、そうだね。車椅子は羨ましくないけどね。」
骨折して車椅子生活になってる時点で、何も羨ましくはないんだけど、得意げに事情を話す今井さんに、つい笑ってしまった。
「笑ったな!あ、私ね、2ー1の今井 悠って言うの。貴女は?」
「私も、2ー1の安藤 ちとせ。」
「え?同じクラス?って、安藤さん!出席番号1番の!」
「へ?出席番号?」
「そう!私、『今井』って苗字だから、出席番号1番になること多くて、そうするとやたらと当てられるのね。今年のクラス替えを見た時に、やっと1番じゃなくなったと思って安心してたの。」
「あ……ごめん。」
私が教室に行かないから、当てられてるのかな。
「いや、もう慣れてるからさ、当てられるのは仕方ないって諦めてるんだけど。せっかく1番じゃなくなったから、その気分味わいたいなぁっていうだけ。」
1番じゃない気分?私も大抵1番だけど、それに大した意味は感じていない。
今井さんって変わってる。
「へぇー。」
「どうでもいいって思ったでしょ!」
「うん。」
「はっきり言ったな!」
笑ったり、拗ねたり、表情豊かに会話を紡いでいく今井さんと話してる時間はあっという間に終わっていく。
同級生と話をして、こんなに楽しかったのはいつぶりだろう。
名前だけじゃなく、実体をもった『今井 悠』に、私は一気に惹かれていった。
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