68 / 104
ロイスナーに来て、二度目の冬
再び雪が降り積もる 11
しおりを挟む
リーゼロッテの望んだ形でアマーリエとの取引が終われば、帰りは荷物の分の馬車まで用意してくれる。
ディース領の門まで馬車に乗り、その先ではクラウスが人間の姿で待っていた。
「クラウスさん! お待たせいたしました」
馬車から降りたリーゼロッテが慌ててクラウスに近寄るが、クラウスの表情からは何の感情も読み取れない。
「もう、城に戻られますか?」
「えぇ」
リーゼロッテの返事を聞くや否や、クラウスの姿が再び龍へと変わる。
先ほどまでの人間の姿は、他人にその姿を見られることを懸念してのことだろう。リーゼロッテが見たこともなかった龍たちに嫌悪や恐怖を抱かないのは、彼らのこうした繊細な気遣いによるものだ。
リーゼロッテとアルベルトがクラウスの背中に乗れば、持ち帰った食料も全て抱え込んでくれる。
「アルベルトさん。これで、城の食糧も大丈夫そうですね」
「……えっ? は、はい。そうですね」
普段からは考えられないようなアルベルトの物思いにふけったような様子に、リーゼロッテは少々違和感を覚えた。帰りの馬車の中でも口数が少なかったように思う。
「何か、気にかかることでもありますか?」
「いいえっ。大丈夫ですっ」
他領地に赴くというのは、さすがのアルベルトにとっても負担の大きいものだったのかもしれない。回復したばかりにもかかわらず、無理を強いてしまった。
気候制御の魔法にどれだけ魔力が必要なのか、リーゼロッテには予想もつかない。それを常時二人分かけ続けるアルベルトの疲労は相当なものではないのだろうか。
「お疲れなのであれば、気候制御をやめてください。わたくしでは代わることもできませんが、これでも厚着してきたので、耐えられます!」
ロイスナーの領地を進めば進むだけ雪も風も酷くなる。だが、クラウスの速さなら大した時間でもないはず。リーゼロッテはおとずれる寒さに覚悟を決めた。
「気候制御? やめるだなんて、そんな必要ありません。私のことはお気遣いなく」
アルベルトはすぐに顔を引き締めるが、その顔も長くは続かない。クラウスの背に乗っていれば、無事に城には辿り着くだろうが、その心ここにあらずの顔に、リーゼロッテの心中は穏やかではない。
(アルベルトさん、本当にどうされたのかしら)
「奥様、調理場近くに降ろしてもらいましょう。食糧の搬入口を開けます」
リーゼロッテの戻るべき城が眼下にその姿を現すと、アルベルトの意識もようやく目の前の城へと戻ったようだ。
「えぇ」
クラウスの翼が今一度大きくはためくと、城は一瞬で姿を大きくし、その裏側へと回り込んだ。
「クラウスさん、本当にありがとうございました」
クラウスの背から降りたリーゼロッテが改めて礼を言うと、クラウスは一言だけ鳴いてすぐに空へと飛び立つ。クラウスの心は常にレティシアの元にあるのだろう。本調子ではないレティシアをおいてこの場に来ることなど、本意ではないはず。
アルベルトにも、クラウスにも辛い思いをさせてしまった。
(ベルンハルト様が目覚めたら、何かお礼をしないと)
「奥様。お帰りなさいませ」
「ヘルムートさん」
搬入口へ降り立ったリーゼロッテを出迎えたのはヘルムートだ。
「この食糧を見る限り、上手くいったようですね」
「えぇ。魔力石、ありがとうございました」
「あれは、奥様のものですから」
「ベルンハルト様は?」
「まだ眠っておられます。奥様も少しお休みになってはいかがでしょうか? ベルンハルト様がお目覚めになりましたら、お呼びいたします」
ヘルムートの申し出は、リーゼロッテにとってもありがたいものであった。ベルンハルトの側を離れられない昨夜は、ほとんど眠れていない。
「客間を整えましたので、よろしければそちらで」
「では、そちらを使わせてもらいます」
せっかく用意してくれたのであれば、その好意に甘えるべきだ。リーゼロッテはようやく体を休めることができる安堵感と、ヘルムートの気遣いを嬉しく思う。
「持って帰ったものは好きに使ってください。ベルンハルト様に、栄養のつくお料理を召し上がっていただいて」
調理場にいる使用人たちに声をかけ、リーゼロッテは用意された客間へとその足を進めた。
客間のベッドへとその身を投げ出せば、昨夜からの疲労感が一気に全身を巡る。寝返りをうつことすら窮屈に感じる疲れが、ベッドに溶け出していくような妙な喪失感を味わえば、その意識は既に別の世界へと旅立った。
「奥様! 奥様!」
部屋の扉を叩く音と、誰かがリーゼロッテを呼ぶ声が遠くで聞こえる。
「奥様! ベルンハルト様がお目覚めになりました!」
「ん……誰?」
声の主を探そうと目を開ければ、見慣れない天井が目に入る。
「奥様!」
扉を叩く音とリーゼロッテを呼ぶ声が、意識の回復と共に徐々にその音量をあげていく。世界の輪郭がその線を確かなものにし、雑音まみれの物音から聞きたい音だけを拾い上げ、肺に思いっきり空気が流れ込んだ。
「ベルンハルト様が?!」
リーゼロッテの口からその身に似合わない大声が飛び出す。
「今、まいります」
ディース領の門まで馬車に乗り、その先ではクラウスが人間の姿で待っていた。
「クラウスさん! お待たせいたしました」
馬車から降りたリーゼロッテが慌ててクラウスに近寄るが、クラウスの表情からは何の感情も読み取れない。
「もう、城に戻られますか?」
「えぇ」
リーゼロッテの返事を聞くや否や、クラウスの姿が再び龍へと変わる。
先ほどまでの人間の姿は、他人にその姿を見られることを懸念してのことだろう。リーゼロッテが見たこともなかった龍たちに嫌悪や恐怖を抱かないのは、彼らのこうした繊細な気遣いによるものだ。
リーゼロッテとアルベルトがクラウスの背中に乗れば、持ち帰った食料も全て抱え込んでくれる。
「アルベルトさん。これで、城の食糧も大丈夫そうですね」
「……えっ? は、はい。そうですね」
普段からは考えられないようなアルベルトの物思いにふけったような様子に、リーゼロッテは少々違和感を覚えた。帰りの馬車の中でも口数が少なかったように思う。
「何か、気にかかることでもありますか?」
「いいえっ。大丈夫ですっ」
他領地に赴くというのは、さすがのアルベルトにとっても負担の大きいものだったのかもしれない。回復したばかりにもかかわらず、無理を強いてしまった。
気候制御の魔法にどれだけ魔力が必要なのか、リーゼロッテには予想もつかない。それを常時二人分かけ続けるアルベルトの疲労は相当なものではないのだろうか。
「お疲れなのであれば、気候制御をやめてください。わたくしでは代わることもできませんが、これでも厚着してきたので、耐えられます!」
ロイスナーの領地を進めば進むだけ雪も風も酷くなる。だが、クラウスの速さなら大した時間でもないはず。リーゼロッテはおとずれる寒さに覚悟を決めた。
「気候制御? やめるだなんて、そんな必要ありません。私のことはお気遣いなく」
アルベルトはすぐに顔を引き締めるが、その顔も長くは続かない。クラウスの背に乗っていれば、無事に城には辿り着くだろうが、その心ここにあらずの顔に、リーゼロッテの心中は穏やかではない。
(アルベルトさん、本当にどうされたのかしら)
「奥様、調理場近くに降ろしてもらいましょう。食糧の搬入口を開けます」
リーゼロッテの戻るべき城が眼下にその姿を現すと、アルベルトの意識もようやく目の前の城へと戻ったようだ。
「えぇ」
クラウスの翼が今一度大きくはためくと、城は一瞬で姿を大きくし、その裏側へと回り込んだ。
「クラウスさん、本当にありがとうございました」
クラウスの背から降りたリーゼロッテが改めて礼を言うと、クラウスは一言だけ鳴いてすぐに空へと飛び立つ。クラウスの心は常にレティシアの元にあるのだろう。本調子ではないレティシアをおいてこの場に来ることなど、本意ではないはず。
アルベルトにも、クラウスにも辛い思いをさせてしまった。
(ベルンハルト様が目覚めたら、何かお礼をしないと)
「奥様。お帰りなさいませ」
「ヘルムートさん」
搬入口へ降り立ったリーゼロッテを出迎えたのはヘルムートだ。
「この食糧を見る限り、上手くいったようですね」
「えぇ。魔力石、ありがとうございました」
「あれは、奥様のものですから」
「ベルンハルト様は?」
「まだ眠っておられます。奥様も少しお休みになってはいかがでしょうか? ベルンハルト様がお目覚めになりましたら、お呼びいたします」
ヘルムートの申し出は、リーゼロッテにとってもありがたいものであった。ベルンハルトの側を離れられない昨夜は、ほとんど眠れていない。
「客間を整えましたので、よろしければそちらで」
「では、そちらを使わせてもらいます」
せっかく用意してくれたのであれば、その好意に甘えるべきだ。リーゼロッテはようやく体を休めることができる安堵感と、ヘルムートの気遣いを嬉しく思う。
「持って帰ったものは好きに使ってください。ベルンハルト様に、栄養のつくお料理を召し上がっていただいて」
調理場にいる使用人たちに声をかけ、リーゼロッテは用意された客間へとその足を進めた。
客間のベッドへとその身を投げ出せば、昨夜からの疲労感が一気に全身を巡る。寝返りをうつことすら窮屈に感じる疲れが、ベッドに溶け出していくような妙な喪失感を味わえば、その意識は既に別の世界へと旅立った。
「奥様! 奥様!」
部屋の扉を叩く音と、誰かがリーゼロッテを呼ぶ声が遠くで聞こえる。
「奥様! ベルンハルト様がお目覚めになりました!」
「ん……誰?」
声の主を探そうと目を開ければ、見慣れない天井が目に入る。
「奥様!」
扉を叩く音とリーゼロッテを呼ぶ声が、意識の回復と共に徐々にその音量をあげていく。世界の輪郭がその線を確かなものにし、雑音まみれの物音から聞きたい音だけを拾い上げ、肺に思いっきり空気が流れ込んだ。
「ベルンハルト様が?!」
リーゼロッテの口からその身に似合わない大声が飛び出す。
「今、まいります」
19
お気に入りに追加
882
あなたにおすすめの小説

きっと幸せな異世界生活
スノウ
ファンタジー
神の手違いで日本人として15年間生きてきた倉本カノン。彼女は暴走トラックに轢かれて生死の境を彷徨い、魂の状態で女神のもとに喚ばれてしまう。女神の説明によれば、カノンは本来異世界レメイアで生まれるはずの魂であり、転生神の手違いで魂が入れ替わってしまっていたのだという。
そして、本来カノンとして日本で生まれるはずだった魂は異世界レメイアで生きており、カノンの事故とほぼ同時刻に真冬の川に転落して流され、仮死状態になっているという。
時を同じくして肉体から魂が離れようとしている2人の少女。2つの魂をあるべき器に戻せるたった一度のチャンスを神は見逃さず、実行に移すべく動き出すのだった。
異世界レメイアの女神メティスアメルの導きで新生活を送ることになったカノンの未来は…?
毎日12時頃に投稿します。
─────────────────
いいね、お気に入りをくださった方、どうもありがとうございます。
とても励みになります。
転生先は盲目幼女でした ~前世の記憶と魔法を頼りに生き延びます~
丹辺るん
ファンタジー
前世の記憶を持つ私、フィリス。思い出したのは五歳の誕生日の前日。
一応貴族……伯爵家の三女らしい……私は、なんと生まれつき目が見えなかった。
それでも、優しいお姉さんとメイドのおかげで、寂しくはなかった。
ところが、まともに話したこともなく、私を気に掛けることもない父親と兄からは、なぜか厄介者扱い。
ある日、不幸な事故に見せかけて、私は魔物の跋扈する場所で見捨てられてしまう。
もうダメだと思ったとき、私の前に現れたのは……
これは捨てられた盲目の私が、魔法と前世の記憶を頼りに生きる物語。

【完結】男爵令嬢は冒険者生活を満喫する
影清
ファンタジー
英雄の両親を持つ男爵令嬢のサラは、十歳の頃から冒険者として活動している。優秀な両親、優秀な兄に恥じない娘であろうと努力するサラの前に、たくさんのメイドや護衛に囲まれた侯爵令嬢が現れた。「卒業イベントまでに、立派な冒険者になっておきたいの」。一人でも生きていけるようにだとか、追放なんてごめんだわなど、意味の分からぬことを言う令嬢と関わりたくないサラだが、同じ学園に入学することになって――。
※残酷な描写は予告なく出てきます。
※小説家になろう、アルファポリス、カクヨムに掲載中です。
※106話完結。

離婚したので冒険者に復帰しようと思います。
黒蜜きな粉
ファンタジー
元冒険者のアラサー女のライラが、離婚をして冒険者に復帰する話。
ライラはかつてはそれなりに高い評価を受けていた冒険者。
というのも、この世界ではレアな能力である精霊術を扱える精霊術師なのだ。
そんなものだから復職なんて余裕だと自信満々に思っていたら、休職期間が長すぎて冒険者登録試験を受けなおし。
周囲から過去の人、BBA扱いの前途多難なライラの新生活が始まる。
2022/10/31
第15回ファンタジー小説大賞、奨励賞をいただきました。
応援ありがとうございました!
【完結】捨てられた双子のセカンドライフ
mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】
王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。
父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。
やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。
これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。
冒険あり商売あり。
さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。
(話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)

【完結】公爵家の末っ子娘は嘲笑う
たくみ
ファンタジー
圧倒的な力を持つ公爵家に生まれたアリスには優秀を通り越して天才といわれる6人の兄と姉、ちやほやされる同い年の腹違いの姉がいた。
アリスは彼らと比べられ、蔑まれていた。しかし、彼女は公爵家にふさわしい美貌、頭脳、魔力を持っていた。
ではなぜ周囲は彼女を蔑むのか?
それは彼女がそう振る舞っていたからに他ならない。そう…彼女は見る目のない人たちを陰で嘲笑うのが趣味だった。
自国の皇太子に婚約破棄され、隣国の王子に嫁ぐことになったアリス。王妃の息子たちは彼女を拒否した為、側室の息子に嫁ぐことになった。
このあつかいに笑みがこぼれるアリス。彼女の行動、趣味は国が変わろうと何も変わらない。
それにしても……なぜ人は見せかけの行動でこうも勘違いできるのだろう。
※小説家になろうさんで投稿始めました
【完結】追放された生活錬金術師は好きなようにブランド運営します!
加藤伊織
ファンタジー
(全151話予定)世界からは魔法が消えていっており、錬金術師も賢者の石や金を作ることは不可能になっている。そんな中で、生活に必要な細々とした物を作る生活錬金術は「小さな錬金術」と呼ばれていた。
カモミールは師であるロクサーヌから勧められて「小さな錬金術」の道を歩み、ロクサーヌと共に化粧品のブランドを立ち上げて成功していた。しかし、ロクサーヌの突然の死により、その息子で兄弟子であるガストンから住み込んで働いていた家を追い出される。
落ち込みはしたが幼馴染みのヴァージルや友人のタマラに励まされ、独立して工房を持つことにしたカモミールだったが、師と共に運営してきたブランドは名義がガストンに引き継がれており、全て一から出直しという状況に。
そんな中、格安で見つけた恐ろしく古い工房を買い取ることができ、カモミールはその工房で新たなスタートを切ることにした。
器具付き・格安・ただし狭くてボロい……そんな訳あり物件だったが、更におまけが付いていた。据えられた錬金釜が1000年の時を経て精霊となり、人の姿を取ってカモミールの前に現れたのだ。
失われた栄光の過去を懐かしみ、賢者の石やホムンクルスの作成に挑ませようとする錬金釜の精霊・テオ。それに対して全く興味が無い日常指向のカモミール。
過保護な幼馴染みも隣に引っ越してきて、予想外に騒がしい日常が彼女を待っていた。
これは、ポーションも作れないし冒険もしない、ささやかな錬金術師の物語である。
彼女は化粧品や石けんを作り、「ささやかな小市民」でいたつもりなのだが、品質の良い化粧品を作る彼女を周囲が放っておく訳はなく――。
毎日15:10に1話ずつ更新です。
この作品は小説家になろう様・カクヨム様・ノベルアッププラス様にも掲載しています。

誰も要らないなら僕が貰いますが、よろしいでしょうか?
伊東 丘多
ファンタジー
ジャストキルでしか、手に入らないレアな石を取るために冒険します
小さな少年が、独自の方法でスキルアップをして強くなっていく。
そして、田舎の町から王都へ向かいます
登場人物の名前と色
グラン デディーリエ(義母の名字)
8才
若草色の髪 ブルーグリーンの目
アルフ 実父
アダマス 母
エンジュ ミライト
13才 グランの義理姉
桃色の髪 ブルーの瞳
ユーディア ミライト
17才 グランの義理姉
濃い赤紫の髪 ブルーの瞳
コンティ ミライト
7才 グランの義理の弟
フォンシル コンドーラル ベージュ
11才皇太子
ピーター サイマルト
近衛兵 皇太子付き
アダマゼイン 魔王
目が透明
ガーゼル 魔王の側近 女の子
ジャスパー
フロー 食堂宿の人
宝石の名前関係をもじってます。
色とかもあわせて。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる