【完結】魔力がないと見下されていた私は仮面で素顔を隠した伯爵と結婚することになりました〜さらに魔力石まで作り出せなんて、冗談じゃない〜

光城 朱純

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魔法が使えたって

リーゼロッテの魔法 1

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 春の挨拶も終わり、数ヶ月の間はリーゼロッテにとっても、ベルンハルトにとっても平和な時が流れていた。
 未だに二人の間には拳一つ分の空間が開くし、ベルンハルトはその仮面をリーゼロッテの前で外すことはない。
 だが、リーゼロッテの部屋を訪れる回数は確実に増えているし、リーゼロッテの部屋で出されたお茶には手をつけてくれる。
 ベルンハルトと出会って一年。その関係も季節の移り変わりと共に少しずつ変化してきており、まだ見ぬ夏に心を馳せる。
 
 王都シュレンタットよりも北側に位置するロイスナーの夏は過ごしやすいと聞いた。窓から見える木々の葉が徐々に緑色を濃くしており、吹き抜ける風にも青々とした香りが混ざる。
 庭を覗けば、ちょうどヘルムートが草木に水をやっていて、ヘルムートの手元から作り出される水が、初夏の太陽に照らされて小さな虹を作り出していた。

 窓から覗く庭は、春に訪れたディースの城に比べ確かに小さいが、それでもそれなりの大きさだと思う。その庭を魔力石を使ったとしても、ヘルムート一人で管理し、その上であの余裕を見せるとは。
 ベルンハルトやアルベルトに比べ少ないとはいえ、ヘルムートの魔力量もそれなりのものだと、簡単に推測できる。

(わたくし、やっぱりお役に立たないわ)

 ベルンハルトの頑なだった態度が軟化し、アルベルトやヘルムートに親切にされればされるほど、自分にその価値があるのかと、そんな思いが駆け巡る。
 自分にも何かできないかと、そんな焦りだけが心の中に溜まっていった。


「ヘルムートさん」

「奥様。今日はお早いのですね」

「うふふ。部屋からヘルムートさんがお庭にいらっしゃるのが見えて、慌てて飛び出してきちゃった」

「またそのようなことを仰る」

「あら。本当よ。ヘルムートさんが淹れてくださるお茶が楽しみなんですもの」

 元執事長のヘルムートが淹れるお茶は、ベルンハルトだけではなく、先代のロイエンタール当主も好んでいたという。
 当主が飲んでいたものを味わうことができるなんて、王城では考えられなかった。

「このようなもので良ければ、いくらでもお淹れしますよ。そもそも、王城で飲まれていたものの方が、茶葉も高価なものでしょう」

「うふふ。茶葉の値段ではないわ。わたくしのために淹れてくださる、それだけで味わいが変わってくるもの」

 王城でリーゼロッテに出されていたものは、誰かのついでに用意されるもので、魔力のない自分にはそれも当然のことだと、当たり前に受け入れていた。
 ヘルムートに初めてお茶を淹れてもらった時は、その味はもちろん、それが自分のために淹れられたものだということが、心に染みた。

「そういうものでしょうか。私の淹れるものに、そこまで仰っていただけるのは、ありがたい限りです」

 ヘルムートが淹れてくれたお茶は、この季節にちょうど良く、少し冷えたものだ。その爽やかな口当たりを楽しんでいたときだった。

「今日もこんなところにいるのね。リーゼロッテ

 リーゼロッテの背後から聞こえたのは、数ヶ月前に突然姿を消した声。
 次に会ったら謝ろうと心に決めていた声の持ち主。

「レティシア様!」

「なぁに? そんなに大きな声出さないで」

「あ、あのっ、先日は、申し訳ありませんでした!」

 リーゼロッテは口から謝罪の言葉を、そして立ち上がり丁寧に頭を下げ、謝罪の態度をとった。

「え? 何のこと? 私、何で謝られてるのかしら」

「あの、わたくしがレティシア様に言ってしまった……その、言葉のせいで」

「あぁ! 嫌ってこと? あんなもののために謝ったの?」

「そ、そのせいで、レティシア様が帰ってしまったのだと……」

 レティシアの態度が理解できず、しどろもどろになりながら、リーゼロッテが自分の不始末を説明する。

「そんなはずがないじゃない。まさか、あんなことを気にしていたの?」

「え、えぇ。ずっと気がかりで……」

「ははっ。ごめんなさい。私も突然消えてしまったものね。気を煩わせてしまったわ」

「いえ。そんなこと、気になさらないでください」

「あの日は、どちらにせよ帰る予定だったのよ。クラウスが近くまで来たのを感じとったからね。それで姿を消したってわけ」

「そう、だったのですね」

 ずっと気に病んでいたことの、呆気ない幕引きに、リーゼロッテの気は抜け、先程まで座っていた椅子に全身を預けた。

「えぇ。そうだったのよ」

 レティシアもリーゼロッテが座り込むのを見て、その向かい側に据えられた椅子へと腰掛ける。
 すぐさまヘルムートがリーゼロッテに用意したお茶と同様のものをレティシアに出せば、数ヶ月の時間をおいて、お茶会の形が整った。

「レ、レティシア様もどうぞ」

「あら、ありがとう」

「やっと、お茶会ができますね」

 レティシアが席につき、そのお茶を手に取ったのを見て、リーゼロッテは安堵を覚えた。

「ベルンハルトは私がいつ姿を現して、いつ姿を消しても気にも止めないから。つい貴女もそうだと思いこんでいたわ」

「わたくしが、勝手に思っていただけです。酷く傷つけてしまったのだと」

 リーゼロッテが面と向かって他人に文句を言ったのは、あれが初めてだった。だからこそ、どれぐらい傷つけてしまったのか、どうやって償えば良いのか、わからずに時間が経った。
 レティシアが再び現れてくれたこと、ずっと気がかりだったことを笑い飛ばしてくれたこと、そのことで心の中に引っかかっていた棘が抜けていく。
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