19 / 104
新しい土地には、何やら事情があるようです
ロイスナーでの暮らし 5
しおりを挟む
「立ち話で済ますには長くなりそうです。そちらへおかけ下さい。すぐにお茶を淹れて参ります」
顔色を悪くしたリーゼロッテのことを気遣ってか、ヘルムートが庭に設置されたテーブルセットに手を向けながら勧めてくる。
「ありがとうございます」
リーゼロッテにとってもその誘いはありがたく、素直に受け取って席に着いた。
ヘルムートの淹れてくれるお茶は想像以上に美味しくて、リーゼロッテの身体と心に染み入ってくる。
「この城の使用人の数は普通の城よりは少ないかもしれませんね」
リーゼロッテにお茶を出したヘルムートは、その側に立ったまま話を続けようとする。
「ヘルムートさんも座って下さい。ゆっくりお話しが聞きたいです」
自分の父親ほどの年齢に見える男性のことを、使用人とはいえ呼び捨てで呼ぶ気にもなれず、さらに自分に席を勧めたヘルムートが立ったままというのは、どうにも居心地が悪い。
リーゼロッテはヘルムートにも着席してもらい、会話を楽しみたいと考えた。
「私もですか……」
ヘルムートがついと視線を城の窓に送った気がしたが、すぐにニヤッと口角を上げ、リーゼロッテと向かい合う様に席に着いた。
「それでは、お言葉に甘えて失礼します」
「えぇ。どうぞ」
「さて、この城の使用人が少ない理由は経済事情だけではありませんよ。ご心配なさらなくても、そこまでひっ迫してはおりません。ベルンハルト様があまり人を寄せたくないらしく、そちらの理由の方が大きいかもしれません」
「あ……」
ヘルムートの口から一気に語られた理由には説得力があった。社交の場であんな目に遭ってるベルンハルトが、人を寄せ付けたくないのもわかる。
「お心当たりが?」
「少しだけ」
「色々、聞きましたか」
貴族の間の噂話は、ヘルムートも知っているのだろう。視線を下に落とし、口をつぐんでしまった。
「あの様なことばかりでは、嫌になりますわ」
「奥様がそう言ってくださる方で、ほんとうに良かったです」
「わたくしも色々言われてしまうので、皆様にご迷惑をおかけするでしょう。本当にすいません」
リーゼロッテはヘルムートにも頭を下げる。
今後この城で過ごしていくのであれば、使用人達に良い印象を与えておくのも大切である。
自分の頭一つで、これからの平和が得られるのであれば安いものだと、その為には慣習など破ってしまえばいいと、そう考えた。
「お、奥様!」
先程はまで落ち着き払っていたヘルムートが、リーゼロッテの行動を見て、さすがに狼狽えはじめる。
「こんなこと、するべきではないのはわかっています。ですが、そうしないではいられないほどの迷惑をかけてしまうかもしれません。皆様には内緒にしておいて下さいね」
そう言うと、アルベルトに見せたのと同じように口元に人差し指を当てた。
「な、内緒……ですか」
ヘルムートの視線がまた城の方に向いた気がしたが、リーゼロッテはそんなことも気にせず微笑んで話を続ける。
「えぇ。内緒にしておけば、誰かに何かを言われることもないでしょう?」
「内緒にできたかどうかは、保証致しかねますが……」
ヘルムートが何やらぼそぼそとため息混じりに呟いていたが、リーゼロッテはこうやって話ができたことに満足していた。
「ヘルムートさん、またお庭に来てもよろしいかしら?」
「それはもちろん構いません。ですが、私のことをそのように呼ぶのはおやめ下さい」
「良いではありませんか。わたくし、このようにお話できて嬉しいのです。わたくしがこちらに慣れるまででいいのです。話し相手になってくださいませんか?」
「話し相手など、いくらでも務めますから」
「では、お友だちに!」
「それは、致しかねます」
「あら、そお? それではお約束ですよ。話し相手になって下さいませね」
リーゼロッテはそう言って席を立つと、城の中へと足を向けて歩き始める。
数歩進んだところで、後ろを振り返った。
「ヘルムートさん、またお話しましょうね」
そう言うと、素早く城の中へ戻っていった。
残されたヘルムートが何やら困惑と喜々の入り混じった顔をしていたが、そんなものを見ることもなく、リーゼロッテは部屋へと戻る。
そのままお気に入りのソファに腰かけ、これからの生活を思い浮かべる。
結婚させられてしまった以上、もう後戻りはできない。
リーゼロッテのことを避けるような人物がいないうちに、できる限り自分を知ってもらわねば。遠慮して、出遅れるわけにはいかない。
ここで何が起きたって、次は逃げ場所なんてない。ロイスナーでの生活が辛いものになってしまえば、今度こそ一生逃げることのできない牢獄。
華やかな家具に囲まれながら、リーゼロッテは唇を嚙み締めた。
顔色を悪くしたリーゼロッテのことを気遣ってか、ヘルムートが庭に設置されたテーブルセットに手を向けながら勧めてくる。
「ありがとうございます」
リーゼロッテにとってもその誘いはありがたく、素直に受け取って席に着いた。
ヘルムートの淹れてくれるお茶は想像以上に美味しくて、リーゼロッテの身体と心に染み入ってくる。
「この城の使用人の数は普通の城よりは少ないかもしれませんね」
リーゼロッテにお茶を出したヘルムートは、その側に立ったまま話を続けようとする。
「ヘルムートさんも座って下さい。ゆっくりお話しが聞きたいです」
自分の父親ほどの年齢に見える男性のことを、使用人とはいえ呼び捨てで呼ぶ気にもなれず、さらに自分に席を勧めたヘルムートが立ったままというのは、どうにも居心地が悪い。
リーゼロッテはヘルムートにも着席してもらい、会話を楽しみたいと考えた。
「私もですか……」
ヘルムートがついと視線を城の窓に送った気がしたが、すぐにニヤッと口角を上げ、リーゼロッテと向かい合う様に席に着いた。
「それでは、お言葉に甘えて失礼します」
「えぇ。どうぞ」
「さて、この城の使用人が少ない理由は経済事情だけではありませんよ。ご心配なさらなくても、そこまでひっ迫してはおりません。ベルンハルト様があまり人を寄せたくないらしく、そちらの理由の方が大きいかもしれません」
「あ……」
ヘルムートの口から一気に語られた理由には説得力があった。社交の場であんな目に遭ってるベルンハルトが、人を寄せ付けたくないのもわかる。
「お心当たりが?」
「少しだけ」
「色々、聞きましたか」
貴族の間の噂話は、ヘルムートも知っているのだろう。視線を下に落とし、口をつぐんでしまった。
「あの様なことばかりでは、嫌になりますわ」
「奥様がそう言ってくださる方で、ほんとうに良かったです」
「わたくしも色々言われてしまうので、皆様にご迷惑をおかけするでしょう。本当にすいません」
リーゼロッテはヘルムートにも頭を下げる。
今後この城で過ごしていくのであれば、使用人達に良い印象を与えておくのも大切である。
自分の頭一つで、これからの平和が得られるのであれば安いものだと、その為には慣習など破ってしまえばいいと、そう考えた。
「お、奥様!」
先程はまで落ち着き払っていたヘルムートが、リーゼロッテの行動を見て、さすがに狼狽えはじめる。
「こんなこと、するべきではないのはわかっています。ですが、そうしないではいられないほどの迷惑をかけてしまうかもしれません。皆様には内緒にしておいて下さいね」
そう言うと、アルベルトに見せたのと同じように口元に人差し指を当てた。
「な、内緒……ですか」
ヘルムートの視線がまた城の方に向いた気がしたが、リーゼロッテはそんなことも気にせず微笑んで話を続ける。
「えぇ。内緒にしておけば、誰かに何かを言われることもないでしょう?」
「内緒にできたかどうかは、保証致しかねますが……」
ヘルムートが何やらぼそぼそとため息混じりに呟いていたが、リーゼロッテはこうやって話ができたことに満足していた。
「ヘルムートさん、またお庭に来てもよろしいかしら?」
「それはもちろん構いません。ですが、私のことをそのように呼ぶのはおやめ下さい」
「良いではありませんか。わたくし、このようにお話できて嬉しいのです。わたくしがこちらに慣れるまででいいのです。話し相手になってくださいませんか?」
「話し相手など、いくらでも務めますから」
「では、お友だちに!」
「それは、致しかねます」
「あら、そお? それではお約束ですよ。話し相手になって下さいませね」
リーゼロッテはそう言って席を立つと、城の中へと足を向けて歩き始める。
数歩進んだところで、後ろを振り返った。
「ヘルムートさん、またお話しましょうね」
そう言うと、素早く城の中へ戻っていった。
残されたヘルムートが何やら困惑と喜々の入り混じった顔をしていたが、そんなものを見ることもなく、リーゼロッテは部屋へと戻る。
そのままお気に入りのソファに腰かけ、これからの生活を思い浮かべる。
結婚させられてしまった以上、もう後戻りはできない。
リーゼロッテのことを避けるような人物がいないうちに、できる限り自分を知ってもらわねば。遠慮して、出遅れるわけにはいかない。
ここで何が起きたって、次は逃げ場所なんてない。ロイスナーでの生活が辛いものになってしまえば、今度こそ一生逃げることのできない牢獄。
華やかな家具に囲まれながら、リーゼロッテは唇を嚙み締めた。
19
お気に入りに追加
882
あなたにおすすめの小説

きっと幸せな異世界生活
スノウ
ファンタジー
神の手違いで日本人として15年間生きてきた倉本カノン。彼女は暴走トラックに轢かれて生死の境を彷徨い、魂の状態で女神のもとに喚ばれてしまう。女神の説明によれば、カノンは本来異世界レメイアで生まれるはずの魂であり、転生神の手違いで魂が入れ替わってしまっていたのだという。
そして、本来カノンとして日本で生まれるはずだった魂は異世界レメイアで生きており、カノンの事故とほぼ同時刻に真冬の川に転落して流され、仮死状態になっているという。
時を同じくして肉体から魂が離れようとしている2人の少女。2つの魂をあるべき器に戻せるたった一度のチャンスを神は見逃さず、実行に移すべく動き出すのだった。
異世界レメイアの女神メティスアメルの導きで新生活を送ることになったカノンの未来は…?
毎日12時頃に投稿します。
─────────────────
いいね、お気に入りをくださった方、どうもありがとうございます。
とても励みになります。
転生先は盲目幼女でした ~前世の記憶と魔法を頼りに生き延びます~
丹辺るん
ファンタジー
前世の記憶を持つ私、フィリス。思い出したのは五歳の誕生日の前日。
一応貴族……伯爵家の三女らしい……私は、なんと生まれつき目が見えなかった。
それでも、優しいお姉さんとメイドのおかげで、寂しくはなかった。
ところが、まともに話したこともなく、私を気に掛けることもない父親と兄からは、なぜか厄介者扱い。
ある日、不幸な事故に見せかけて、私は魔物の跋扈する場所で見捨てられてしまう。
もうダメだと思ったとき、私の前に現れたのは……
これは捨てられた盲目の私が、魔法と前世の記憶を頼りに生きる物語。

【完結】男爵令嬢は冒険者生活を満喫する
影清
ファンタジー
英雄の両親を持つ男爵令嬢のサラは、十歳の頃から冒険者として活動している。優秀な両親、優秀な兄に恥じない娘であろうと努力するサラの前に、たくさんのメイドや護衛に囲まれた侯爵令嬢が現れた。「卒業イベントまでに、立派な冒険者になっておきたいの」。一人でも生きていけるようにだとか、追放なんてごめんだわなど、意味の分からぬことを言う令嬢と関わりたくないサラだが、同じ学園に入学することになって――。
※残酷な描写は予告なく出てきます。
※小説家になろう、アルファポリス、カクヨムに掲載中です。
※106話完結。

離婚したので冒険者に復帰しようと思います。
黒蜜きな粉
ファンタジー
元冒険者のアラサー女のライラが、離婚をして冒険者に復帰する話。
ライラはかつてはそれなりに高い評価を受けていた冒険者。
というのも、この世界ではレアな能力である精霊術を扱える精霊術師なのだ。
そんなものだから復職なんて余裕だと自信満々に思っていたら、休職期間が長すぎて冒険者登録試験を受けなおし。
周囲から過去の人、BBA扱いの前途多難なライラの新生活が始まる。
2022/10/31
第15回ファンタジー小説大賞、奨励賞をいただきました。
応援ありがとうございました!
【完結】捨てられた双子のセカンドライフ
mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】
王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。
父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。
やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。
これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。
冒険あり商売あり。
さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。
(話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)

【完結】公爵家の末っ子娘は嘲笑う
たくみ
ファンタジー
圧倒的な力を持つ公爵家に生まれたアリスには優秀を通り越して天才といわれる6人の兄と姉、ちやほやされる同い年の腹違いの姉がいた。
アリスは彼らと比べられ、蔑まれていた。しかし、彼女は公爵家にふさわしい美貌、頭脳、魔力を持っていた。
ではなぜ周囲は彼女を蔑むのか?
それは彼女がそう振る舞っていたからに他ならない。そう…彼女は見る目のない人たちを陰で嘲笑うのが趣味だった。
自国の皇太子に婚約破棄され、隣国の王子に嫁ぐことになったアリス。王妃の息子たちは彼女を拒否した為、側室の息子に嫁ぐことになった。
このあつかいに笑みがこぼれるアリス。彼女の行動、趣味は国が変わろうと何も変わらない。
それにしても……なぜ人は見せかけの行動でこうも勘違いできるのだろう。
※小説家になろうさんで投稿始めました
【完結】追放された生活錬金術師は好きなようにブランド運営します!
加藤伊織
ファンタジー
(全151話予定)世界からは魔法が消えていっており、錬金術師も賢者の石や金を作ることは不可能になっている。そんな中で、生活に必要な細々とした物を作る生活錬金術は「小さな錬金術」と呼ばれていた。
カモミールは師であるロクサーヌから勧められて「小さな錬金術」の道を歩み、ロクサーヌと共に化粧品のブランドを立ち上げて成功していた。しかし、ロクサーヌの突然の死により、その息子で兄弟子であるガストンから住み込んで働いていた家を追い出される。
落ち込みはしたが幼馴染みのヴァージルや友人のタマラに励まされ、独立して工房を持つことにしたカモミールだったが、師と共に運営してきたブランドは名義がガストンに引き継がれており、全て一から出直しという状況に。
そんな中、格安で見つけた恐ろしく古い工房を買い取ることができ、カモミールはその工房で新たなスタートを切ることにした。
器具付き・格安・ただし狭くてボロい……そんな訳あり物件だったが、更におまけが付いていた。据えられた錬金釜が1000年の時を経て精霊となり、人の姿を取ってカモミールの前に現れたのだ。
失われた栄光の過去を懐かしみ、賢者の石やホムンクルスの作成に挑ませようとする錬金釜の精霊・テオ。それに対して全く興味が無い日常指向のカモミール。
過保護な幼馴染みも隣に引っ越してきて、予想外に騒がしい日常が彼女を待っていた。
これは、ポーションも作れないし冒険もしない、ささやかな錬金術師の物語である。
彼女は化粧品や石けんを作り、「ささやかな小市民」でいたつもりなのだが、品質の良い化粧品を作る彼女を周囲が放っておく訳はなく――。
毎日15:10に1話ずつ更新です。
この作品は小説家になろう様・カクヨム様・ノベルアッププラス様にも掲載しています。

誰も要らないなら僕が貰いますが、よろしいでしょうか?
伊東 丘多
ファンタジー
ジャストキルでしか、手に入らないレアな石を取るために冒険します
小さな少年が、独自の方法でスキルアップをして強くなっていく。
そして、田舎の町から王都へ向かいます
登場人物の名前と色
グラン デディーリエ(義母の名字)
8才
若草色の髪 ブルーグリーンの目
アルフ 実父
アダマス 母
エンジュ ミライト
13才 グランの義理姉
桃色の髪 ブルーの瞳
ユーディア ミライト
17才 グランの義理姉
濃い赤紫の髪 ブルーの瞳
コンティ ミライト
7才 グランの義理の弟
フォンシル コンドーラル ベージュ
11才皇太子
ピーター サイマルト
近衛兵 皇太子付き
アダマゼイン 魔王
目が透明
ガーゼル 魔王の側近 女の子
ジャスパー
フロー 食堂宿の人
宝石の名前関係をもじってます。
色とかもあわせて。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる