そのステップは必要ですか?  ~精霊の愛し子は歌を歌って溺愛される~

一 ことり

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第4部

怒らせたな。怒らせましたね。

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 バシュレの領城の転移陣の間は天井が高く、美しいシャンデリアが輝いていた。

 壁にはバシュレの紋章の白百合に鳥の意匠の豪華な刺繍のタペストリー。精巧な彫刻が施された木製のテーブルやチェスト等の優美な家具。ソファには金箔やベルベットの装飾が施されている。

 一見すると転移陣の間、というよりサロンのようだった。

 「愛し子様。私はバシュレ領領主、メインデルト・ファン・バシュレと申します。この度は浄化に訪れていただき、我がバシュレ領の領民を代表してお礼を申し上げます」

 シルバーグレイのナイスミドルなおじ様という印象のメインデルトが転移陣の外から頭を深く下げて臣下の礼をしていた。

 「嫡男のローイエンと申します。愛し子様にお会いできる喜び、浄化していただける喜びに胸が震えております」

 メインデルトの後ろから、ブラウンに近いダークブロンドの若い男が、言葉通りに震えた声で言った。

 「エルランデル公爵家次男、アシェルナオ・エルランデルです。今日はよろしくお願いします」

 アシェルナオはペコリと頭を下げる。

 「堅苦しいのは早々にやめてくれ。ナオは連日の浄化で疲れているんだ。雑談は私が引き受けるから瘴気が発生しているところに案内してほしい」

 アシェルナオの盾になるように前に進み出たベルンハルドに、メインデルトとローイエンは顔をあげる。

 「それはない。瘴気が発生したのには一大事だと泡を食ったが、愛し子様が浄化に来ていただけると知って息子ともども楽しみにしていたんだぞ、ベルンハルド」

 「アシェルナオです」

 愛し子と呼ばれることにまだ若干の抵抗を感じるアシェルナオが訂正を希望する。

 「アシェルナオ様。なんと美しくもお可愛らしい。新聞で拝見しましたが、殿下とのご婚約、おめでとうございます。私とベルンハルドは学友であり、親戚筋でもありますので、執務に疲れたらこっそり転移陣を使ってうちに逃げ込むことが度々あるんです。ここはベルンハルドを出迎えて愚痴を聞くための部屋なのですよ」

 「だからサロンみたいな部屋なんだ」

 アシェルナオはくつろげる空間になっている部屋を見て納得する。

 「アシェルナオ様、私は歳が近いのでヴァレリラルド殿下とは幼馴染みのようなもです。この度はご婚約、おめでとうございます」

 祝福の言葉を紡ぎながらアシェルナオの前に進み出るローイエンは、ヴァレリラルドより少し年上の、顔立ちの整った優男だった。

 「ありがとう」 

 アシェルナオは軽く頭を振る。

 「キュィ」

 ふよりんも軽く体を前に倒す。

 「アシェルナオ様はご存知ではないでしょうが、実は17年前、私も一緒にシアンハウスに行く予定にしていたのですよ。たまたま体調を崩していたせいで行くことは叶わなかったのですが、もし行っていたら、愛し子様と恋に落ちたのは私だったと思います」

 真摯に語り掛けるローイエンに、場の空気がピリつく。

 「すみません、アシェルナオ様。うちは王家の傍流ということもあり、家族ぐるみで交友があったのは事実ですが、今のは息子の世迷言にすぎません。お許しを。ローイエン、なんてことを言うんだ」

 低いが威厳のある声でメインデルトが叱責すると、

 「申し訳ありません。お聞き流しを」

 ローイエンは綺麗な所作で頭を下げるが、悪びれない態度に見えた。

 「どうしますか、ナオ様。お戻りになりますか?」

 テュコは、よく通る声で主人に問いかける。それは問いかけではあるが、戻りましょう、という意味だった。

 「浄化はする。ベルっち、約束通り大人の話は大人がしてね」

 そう言うとアシェルナオは、すいっ、と転移陣から出る。それに対応してアシェルナオの護衛騎士たちが周りを囲み、

 「誰か、浄化すべき場所へ案内を」
 
 テュコが威圧的な瞳で周囲を見渡す。 

 「ナオを怒らせたな」

 「怒らせましたね」

 そう言うベルンハルドとローセボームも不愉快な感情が沸き起こっていた。

 ローイエンの言わんとしていることは、愛し子とヴァレリラルドが恋仲になったのは、出会ったのがヴァレリラルドだったからで、それがローイエンだったらローイエンが今頃は愛し子と親密な関係になっていたはず。つまり、愛し子は出会った者と恋に落ちる、ということに他ならなかったからだ。

 「私がご案内します。ローイエンは自室に下がっていろ。いいと言うまで出て来るんじゃない。誰か、ローイエンを連れて行け!」

 「待って」

 メインデルトの従者がローイエンを両方から確保して連れ去ろうとする前に、アシェルナオが進み出る。

 「もし、17年前のシアンハウスにヴァルとあなたがいても、僕が好きになったのはヴァルだ。もし17年前にあなたしかいなくても、僕はあなたを好きにはならなかった。浄化はするよ。ヴァルが自分のするべきことを頑張ってるなら、僕も僕のできることをがんばるから」

 そう言うとアシェルナオは愕然とするローイエンにくるりと踵を返す。

 「キュッ」

 ふよりんもくるりと反転した。

 「うちの嫁は気が強いところも惚れ惚れするな」
 
 「まだ嫁ではありませんが、惚れ惚れしますね」

 ベルンハルドとローセボームは思わず呟いたが、そう思ったのは2人だけではなかった。





 「すまなかった、ベルンハルド。普段はあんなことを口に出す息子ではないんだが、本当に面目ない。ローイエンにはあとできつく叱っておく」

 メインデルトは浄化を希望する場所へ一行を案内しながら冷や汗を拭っていた。

 「ローイエンのことは子供の頃から知っている。悪い人間ではないことはわかっているが、あれは言うべきことではなかった」

 ベルンハルドは自分の後ろを歩くアシェルナオをチラリと振り向く。

 ローイエンに啖呵を切ってからは口を閉ざしているアシェルナオは、見るからに怒っていた。怒っているのだが、プンプン、といった様子が可愛かった。

 アシェルナオが言ったことをヴァレリラルドが聞いたらどんなに喜ぶだろう。魔獣討伐の士気がどんなにあがるだろう。

 そう思うと頬が緩むベルンハルドだった。


 ※※※※※※※※※※※※※※※※

 エール、いいね、ありがとうございます。
 
 8月13日の更新した場所がわかりづらくてすみません。
 第2部の終わり時点までの登場人物、設定などを、第2部の冒頭に置きたかったのですが、さすがにネタバレすぎるので第2部の終わりに置きました。
 私はあらすじを先に読むのが好きです。
 ネタバレがあっても、そういう展開なのね?と安心して読めるので。
 最後の最後で死にネタだったら立ち直れません。あれ? 第1部って・・・
 
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