そのステップは必要ですか?  ~精霊の愛し子は歌を歌って溺愛される~

一 ことり

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第4部

ヴァルを妖精にはさせません!

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 「イーハ殿は先々王から先王に、さらには先王から現王に代替わりをし、ラウフラージアがよくなったことに感謝しているということが言いたかったようです。領主の人間性の悪さとともに」

 シーグフリードに説明を求められたテュコは、イーハの真意をテュコなりにまとめた。

 「そうか。アシェルナオ、先々王のことはそうだよ。奥城が愛妾の居住館の増築で追いつかないほどだったそうだ。だが先々王が崩御され、先王の代になってからは奥城から愛妾も愛妾の館も撤去され、国政もかなりの改革が行われた。急激な改革だったからいまだに恨みを持つ貴族もいると聞く。大変な思いで先王は改革され、在位期間11年で身罷られた。その意志をついだ現在の国王陛下が改革を確かなものにしている。今のシルヴマルク王国は、すくなくとも陛下は、先王の意志を継ぎ清浄な政治をしようとがんばっておられるよ」

 「ベルっちはいい王様だと思います。でもイーハは、今でも娼館から男娼が消えているって言うんです。ベルっちはそんなことしないのに……」

 「少なくとも陛下に献上されているのではないと思うよ。残念なことに有力貴族やどこかの領主にはまだ、そういった献上を喜ぶ者は少なくはないだろう」

 言いながら、シーグフリードは考え込んだ。

 ラウフラージアの娼館。消える男娼。それは恐ろしいものであり、求めていたパーツになり得るものだった。

 「あの、兄様……」

 アシェルナオは思いつめた顔でシーグフリードを見つめる。

 「なんだい?」

 「あの……ヴァルに、じゃないですよね?」

 アシェルナオはイーハから話を聞いたときからずっと小さく胸に引っかかっていたものをおずおずと口にした。

 シーグフリードは一瞬、アシェルナオが何を言っているのか理解できない顔をし、テュコは興味津々にシーグフリードを見つめる。

 「……アシェルナオはラルが献上された男娼で性欲を満たしていると?」

 「……そうじゃないと言ってほしいだけです」

 「アシェルナオが心配する気持ちもわかるが、ラルが聞いたらとても困ると思うよ。悲しむかもしれない」

 「はい……」

 アシェルナオも、ヴァレリラルドがそんなことをする人間ではないと信じている。けれど、そうじゃないという言葉の裏付けがほしかったのだ。
 
 「ラルは、8歳になってすぐに簡単な閨教育を受けたそうだ。けれどそのすぐあとに、空から落ちて来た精霊の愛し子に出会って一目で恋に落ちた。一緒に旅をしたりいろいろな体験を重ねるうちに初恋が明確な愛情へと変わっていき、子供ながらにプロポーズまでしたそうだ。その相手が目の前で自分を庇って死んだ。アシェルナオは知らないだろうけど、アシェルナオと再会を果たすまでのラルの心は死んでいたんだ。誰にも心を動かされず、ひたすら王太子としての務めを邁進し、何らかの機会があれば国のために命を賭することを考えていた。いや、命を落とすことを望んでいた。そんなラルが、愛情を持たない相手と体の関係を持つと思うかい?」

 アシェルナオは激しく首を振る。

 「思わないです。ごめんなさい」

 ヴァレリラルドを疑うような発言をしてしまったことに、アシェルナオは激しく後悔していた。

 「閨教育もそれ以来頑なに拒否したそうだ。ラルは誰とも肌を重ねず、自分のために殉死した愛し子以外を欲しなかった。アシェルナオに会うまではそうやって生きていたラルを知っているだけに、よくアシェルナオに手を出さないと感心するよ……出させはしないが」

 「出させませんが」

 しんみりと話をしていたが最後には力を込めるシーグフリードと、それと同じ熱量で言い切るテュコ。

 「ヴァルは今まで誰とも……? よかった。よかったけど……」

 安堵するアシェルナオは、だが首を傾げる。

 ヴァルは今いくつだった? 年が明けて25歳で…………僕が16歳で、18歳で結婚したとしてあと2年で27歳……?

 アシェルナオは頭の中で計算する。

 なぜならアシェルナオは美桜に聞いたことがあるのだ。30歳まで童貞だったら妖精になるということを。

 前の世界ではピアノやヴァイオリンや勉強で忙しくて、世の中の流行のことをよく知らなかった。だから美桜の話をあまり理解していなかったが、『チェリフェア』という名称でメディア展開をされていることらしかった。

 前の世界では、身近の人で妖精になったという話を聞いたことがなかったが、それはメディア展開して妖精にならないように注意喚起しているおかげなのだろう。もしくは特効薬があって30歳前に投薬すれば妖精になるのを回避できるのかもしれない。

 前の世界では妖精は見たことないが、この世界では妖精も精霊も見たことがある、というか常に一緒にいる。だからといってヴァレリラルドが妖精や精霊になってしまったら嫌だと、アシェルナオは思った。

 ヴァレリラルドは見た目も剣の腕も抜きんでた、シルヴマルク王国の王太子なのだから。

 ならばヴァレリラルドが30歳になるまでには、必ず僕が。

 「兄様、僕はヴァルを妖精にはさせません!」

 アシェルナオは力強く宣言した。

 「妖精? 精霊じゃなく? いや、精霊にもなれないが……ん?」

 アシェルナオが何かを決意したことはわかるのだが、それと妖精が何の関係があるのかわからなくてシーグフリードは首を傾げる。

 「ナオ様、今度は何の思い込みを?」

 きっとまたアシェルナオが能天気な結論を導き出したのだろうとテュコは笑顔のまま表情を強張らせる。

 「思い込みじゃないよ、テュコ。大丈夫。年齢的にはギリギリセーフだから。僕、がんばるから。それで、兄様? 僕、ヴァルが魔獣討伐に行っているところに浄化に行かなくてもいいのですか?」

 「陛下が国民に、愛し子ばかりに頼るなとお触れをだしただろう? 王太子であるラルが率先して頼っていると言われてはいけない。ラルも、アシェルナオに頼らずに自分の力で道を開いていかないと次期国王に相応しくないと思ってる。アシェルナオはアシェルナオの、ラルはラルのできることをがんばってほしい。妖精が何かはわからないが、兄様は応援しているよ」

 「ありがとう、兄様。頑張ります」

 両方の手で握りこぶしを作ってポーズを決めるアシェルナオが、決意の内容は知らないが、可愛くてたまらないシーグフリードだった。

 ※※※※※※※※※※※※※※※※
 
 エール、いいね、ありがとうございます。
 読みに来ていただき、ありがとうございます。

 いろいろと怖い思いをしましたが、ヴァレリラルドを妖精にしないために前向きに頑張る決意をするアシェルナオでした。


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