そのステップは必要ですか?  ~精霊の愛し子は歌を歌って溺愛される~

一 ことり

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第4部

さむっ

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 ※モブ男女の軽い性的行為があります。



 メルカの商人ギルドの貴族用転移陣は王都と同じく2階にあり、アシェルナオは案内するイーハと並んで、繊細な手すり子のゆったり幅を取った階段を降りる。

 先に階段を下りていたアダルベルトとハヴェルが出入り口の扉を開けると、存外に冷たい風が吹きつけた。

 「さむっ」

 レンッケリ領は王都より北に位置していたんだったと思い出しながら呟いたアシェルナオが扉の向こうに目にしたのは、王都の商人ギルドまで乗ってきたエルランデル公爵家の黒塗りの馬車だった。

 そして、

 「ナオ様、外套をお召ください」

 「テュコ様と騎士様方はこれを」

 外套を着て待ち受けていたアイナがアシェルナオにフード付きの白い外套を差し出し、ドリーンはエルランデル公爵家が用意した外套と毛皮の耳あてのついた帽子を配る。

 「え? アイナ? ドリーン? どうして?」

 エルランデル公爵家を馬車で出発する際に玄関で見送ってくれたアイナとドリーンが先にレンッケリ領にいることに、アシェルナオは混乱する。

 「商人ギルドの貴族用の転移陣は2階にありますが、従者や馬車、馬用の転移陣が1階にあるんですよ。私たちはそこで先に転移していました」

 「そうなんだ。言ってくれればよかったのに」

 初めての土地でアイナとドリーンにいつも通りに身の回りの世話をしてもらうことは安心しかなくて、アシェルナオは笑顔を向ける。

 「むしろ、同行しないとお考えになるほうが悲しいです」

 「ナオ様にはお世話をする道具と、お世話する人間が必要です」

 「ありがとう。でも瘴気のあるところに行くから、ちゃんと気を付けてね?」

 「危ない場所までは同行いたしませんよ」

 「私たちは後続の馬車で参ります」

 そう言うとアイナとドリーンは心得ている様子で頷き、アシェルナオは赤ちゃんの時から世話をしてくれている2人を頼もしく思った。

 「ナオ様、どうぞ」

 テュコが馬車の扉を開けてアシェルナオを促す。

 アシェルナオが乗り込むと、続いてイーハが乗り込み、フォルシウスとテュコが乗り込むとすぐに馬車は出立した。
 
 「知らない土地の匂いがするね」

 王都とは質の違う冷たい空気の匂いを感じたアシェルナオは、窓からの景色を眺めながら呟く。王都よりも小ぶりな建物が並んでいるが、窓が小さめでカラフルな街並みは見ていて楽しかった。

 「すみません、この領は寒冷地に属しますので」

 隣に座るイーハが申し訳なさそうに言った。

 「イーハが謝ることじゃないよ? 新鮮な感じがしただけだよ? 僕あまり王都から出ないから、知らない街なみを見るのが楽しいんだ」

 アシェルナオは瞳を輝かせながらイーハを振り向く。

 「そう言っていただけると気が楽になります」

 「ナオ様、ここからラウフラージアまでは馬車で3時間ほどです。途中で昼食休憩を挟みます」

 テュコがラウフラージアまでの行程を告げると、さらにアシェルナオの瞳が輝く。

 「どこで? お店?」

 「お店には入らずに外で天幕を張ります」

 「前に、シアンハウスからカルムの離宮に行くときとか、カルムからエンロートに行く時と同じだね」

 「あの時は大所帯でしたから、護衛騎士たちが手分けして天幕を張ったり食事の準備をしてくださいましたね。今日もそんな感じですが、食事は用意してきましたよ」

 「どこに?」

 「シーグフリード様がマジックバッグを貸してくださいました。天幕と食事はそこに収納しています」

 「わぁ、マジックバッグ!」

 スヴェンたちとダンジョンの話をして以来マジックバッグに興味津々のアシェルナオがはしゃいだ声をあげる。

 やがて馬車は市街地を抜け、周囲には民家がまばらになってきた。

 アダルベルト、ハヴェル、キナク、スヴェンは馬車に並走して馬を走らせている。

 4人ともドリーンが配った外套を着て耳あてのついた帽子をかぶっていたが、アシェルナオは窓を開けてすぐ横を並走しているスヴェンに声をかけた。

 「スヴェン、寒くない?」

 「平気だ。アシェルナオこそ、窓を閉めて。風邪をひくぞ」

 護衛騎士見習いをさせてもらっているスヴェンは嬉々として馬を駆っていて、アシェルナオの心配をする余裕があった。

 「はーい」

 スヴェンは大丈夫そうだと判断したアシェルナオは、言われた通りに窓を閉める。

 「こうしていると、本当に17年前に戻ったようです」

 小さく呟くフォルシウスに、

 「ナオ様はあの頃と同じ年ですが、我々はすっかり大人になりましたよ」

 テュコが苦笑する。

 「テュコはまだ若いが、私は一児の子持ちだ。なんだか不思議な感じがするよ」

 子供を持ったフォルシウスは、我が子を見るような優しい瞳でアシェルナオを視界に入れていた。

 


 ラウフラージアにいくつかある娼館。

 そのうち最も古くから存在する、一見すると前庭のない貴族の屋敷のような佇まいの建物の貴賓室。

 品の良い佇まいの外観とは一変して、その部屋はケバケバしい調度品で飾られていた。

 金色に輝くシャンデリアが天井からぶら下がり、壁には派手な色彩の絵画が所狭しと掛けられている。家具や装飾品は無秩序に集められていて統一感がなく、ただ金目のものを集めたというより、金目のものに見えるものを寄せ集めたような部屋だった。

 部屋の中央に置かれた大きな寝台ではなく、その手前にある長椅子で重なる男女がいた。

 見事な赤毛の女は上半身は何も身に着けておらず、男はその豊満な2つの乳房の間に顔を埋めていた。

 「ねぇ、ここじゃなくて寝台に行きましょうよ」

 男の両手が乳房の突起をクニクニとこね回すのに合わせて腰をくねらせながら女がねだる。

 「うるさい、私に指図をするな」

 「痛いっ!」

 胸の突起をきつくねじられ、女は小さな悲鳴をあげる。

 時折、身分を偽ってこの娼館ー天上の館ーに来るこの男がレンッケリ領の領主その人だと、館の女主人や相手をする古参の女たちなら知っていた。

 女は、短い悲鳴をあげたあとは黙って領主がするのに身を任せる。

 乳房への愛撫を再開しながらレンッケリは、源泉の浄化を要請したことへの宰相からの返信となる公式文書を思い出していた。

 要請に応じ、愛し子が浄化に向かうことを了承した。だが愛し子の出迎えや案内は不要。浄化が終われば王城から報告をする。

 要約すればそのような内容の文書だった。

 不要ということは愛し子への接触を禁じられたことも同じ。

 先王の代からその統治に不満のあるレンッケリは、王太子の婚約式のお披露目のための登城はしなかった。新聞で見た奇跡の愛し子は、目を奪われるような綺麗な顔立ちをしていた。

 レンッケリの好みは、ある程度成熟した豊満な肉体を持つ美人だった。その点、愛し子は美しいがまだ稚く、清らか過ぎた。

 だが、レンッケリの推す次期王ではない王太子の婚約者である愛し子には興味があった。

 ※※※※※※※※※※※※※※※※

 エール、いいね、ありがとうございます。

 三連休が終わってションボリです……。
 
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