そのステップは必要ですか?  ~精霊の愛し子は歌を歌って溺愛される~

一 ことり

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第4部

舅バカ結構

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 迎えに来たローセボームと一緒に、ごく少数の護衛騎士を連れて奥城から王城の国王の間に向かうのは、ベルンハルドの毎朝の日課だった。

 その途中の柱廊でベルンハルドは植込みの奥にある、奥城と王城を隔てる壁を見つめる。

 「ナオはそろそろ出立する頃だな」

 精霊の泉が瘴気で汚染された影響を受けて各地の水源にも瘴気が発生し、アシェルナオがその浄化に向かうことになったのだが、今日がその初日だった。

 「エルランデル公爵家から馬車で商人ギルドに出発した頃でしょう」

 横に並び歩くローセボームは穏やかな声を出す。

 「今日はラウフラージアに向かうと聞いているが、ラウフラージアと、同じく汚染された水源のあるベアールの領主は、あいつのシンパの流れだったな」

 ベルンハルドは声を潜ませる。

 「どちらも代が替わって以降は表立った動きはありません」

 「これからも動向を注視しろ。代が替わっても油断ならない。そんなところにナオを行かせてしまったのか」

 瘴気に汚染された水源をそのままにしておくことはできない。苦渋の決断の末のこととはいえ、アシェルナオに浄化を一任したことに、ベルンハルドは憂いていた。

 「浄化をしたいというのはナオ様からの申し出です。ナオ様が言い出したことは王太子殿下でも止めることは難しいでしょうな。心配されずとも、要請に応じたナオ様に対して手荒な歓迎はしないかと。浄化されなければ水源は汚染されたまま。領の収入が減り、多大な痛手を被ることになりますから」

 「手荒なことをするとは思えないが、腹に一物があるかもしれない」

 いつもは豪胆なベルンハルドだが、今日はなかなか憂いは晴れなかった。

 「腹に一物はあるかもしれません。ですが瘴気が発生したのは突発的でしたから奸計を練る時間はなかったと思われます。それに、領主はあれですが、水源が汚染されたままなのはよろしくありません。恩を売っておくほうが利があるかと」

 「十分に配慮し、くれぐれもナオに無理をさせるな。ナオは我が国の自慢の精霊の愛し子であり、未来の王太子妃だ。つまり、うちの可愛い嫁なんだ」

 「舅バカですか。気が早いでね」

 国王と宰相という立場以上に気心の知れているローセボームは、あえて軽口を叩く。

 ベルンハルドが22歳で即位した時から常に傍らに寄り添ってきたローセボームには、何を言えばその心が救われるのかを知っていた。

 「舅バカ結構。……ローセボーム、私は17年前のことを今でも夢に見る。17年前、奥城にサネルマの花が咲いて、そこにナオがいた。爛れた奥城が清浄で心穏やかな場所になっていた。これが父上が見たかった光景なんだと思うと胸に熱いものがこみあげたのもつかの間、ナオが凶刃に倒れた時のことを。あの悪夢は二度と繰り返してはならん。ナオには美しく心豊かなシルヴマルク王国の象徴になってほしいんだ。そのためには、ナオの身に危険が及ぶようなことは避けねばならんのだ」

 知らずにベルンハルドは拳を握りしめていた。

 「シーグフリードがよい人選をしたようです。大丈夫ですよ。奥城を今の心穏やかな場所にしたのは先王だけではない。あなた様の尽力があってこそです」

 「その尽力にはお前の功労が大きい。すまんな、ローセボーム。まだ付き合ってくれ。父上が命にかえて立て直した奥城を、私の代ですべての遺恨をなくしてヴァレリラルドに引き継ぐまで」

 「ええ。引退宣言はまだ早いですよ。まだあれが尻尾を出していません」

 「なるべく傷みがなく終わればいいが」

 話をしているうちに一行は国王の間の扉の前まで来ていた。
 
 ベルンハルドは顔を引き締め、一拍置いてから、衛兵の開けた扉をくぐった。





 「うぅぅぅっ」

 エルランデル公爵家の重厚な馬車の中、アシェルナオは自分の向かい側に座って男泣きに泣いているキナクをあたたかい目で見ていた。

 「鬱陶しい。置いていくぞ」

 その横に座るテュコが不愉快さを滲ませた声をあげると、キナクはぴたりと泣き止む。

 「キナクは泣いておりません。嬉しすぎて瞳から感動の汗が流れているだけです。シーグフリード様、今回は私めを取り立てていただき、ありがとうございます。アシェルナオ様、このキナク、命にかえてもアシェルナオ様を御護りします。アシェルナオ様は私の亡骸を見ても泣いてはいけませんよ」

 浄化に向かうアシェルナオの護衛騎士の1人として、尊敬するテュコと同行できる喜びに、キナクは声を張る。

 「重いってば、キナク。命を粗末にする人は嫌いだよ?」

 「キュー」

 言い聞かせてくるアシェルナオとふよりんに、キナクは胸を撃ち抜かれる。

 「はぁぁぁぁっ、尊い。やっぱり私が命を捧げるお方だ」

 キナクは一人でうんうんと呟く。

 「少し変な奴だが、アシェルナオを護る使命感はこの前のことで立証済みだ」

 「はぁい。キナク、よろしくね」

 「はいっ。命に代えても」

 また命を安売りしようとするキナクに、苦笑するアシェルナオ。

 「兄様、王城に行くのですよね?」

 「いや、商人ギルドに行くんだ。そこでラウフラージアの商人ギルドまで転移陣で移動するんだよ」

 「わぁ、お見送りですか? 兄様、ありがとうございます。でも転移陣があるのは冒険者ギルドではないんですか?」

 「各地の領主が王都のタウンハウスと行き来するときは商人ギルドの転移陣を使うんだよ。冒険者ギルドはなんというか……」

 シーグフリードが言いよどむと、

 「血の気の多い者の巣窟ですから」

 「荒くれ者が多いですから」

 テュコとキナクが間髪入れずに答える。

 「領主の移動の際にも使うからね。それなりの施設が必要になるんだよ。領主は各領の特産品などの流通販売等の手続きを商人ギルドで代行することもあるから利便性もある」

 「領主、貴族が商人ギルドを使って、冒険者や平民は冒険者ギルドを使うんですね?」

 「その認識で間違ってはいないよ。商人ギルドの方が転移陣の使用料が高いから、平民が使用することはほぼないんだ。だからといって冒険者ギルドの転移陣が平民に手の届く使用料かといえばそうではない」

 「そうなんですよ。だからランクの低い冒険者や平民の移動手段は、おもに都市と都市を結ぶ乗合馬車です。せいぜい、奮発して短距離だけ転移する、くらいですね」

 身近な話題に、キナクがはりきって答えた。


 ※※※※※※※※※※※※※※※※

 いいね、エール、ありがとうございます。
 今週は長かったです。
 
 雇用者側と労働者間の協議の場がありまして。うちの島、というか私の処遇の悪さに他の島の人が声をあげてくれました。侃侃諤諤。それでも上の人は真剣に取り合ってくれず。で、私も思いの丈を述べさせてもらいました。
 再任用の私の相方さんは高齢なので、上の人は何も言わない方針だそうです。私に休みを十分に取るように言うんですけどね、いつ休めるの。その分誰が仕事するの。
 結果。私、上の人の腫れ物になりました。
 いいですけどね。私が辞めるから。というか、仕事できない再任用の方を雇い続け、仕事を頑張る人が辞める職場って。……クタバレ。
 
 
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