そのステップは必要ですか?  ~精霊の愛し子は歌を歌って溺愛される~

一 ことり

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第4部

虚を突かれる

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 「そう言えば、前の世界の家族のことをあまり話してなかったです」

 あらためて前の世界でのことを話そうとして、アシェルナオは洗礼の儀式を経て記憶を取り戻してからの6年間を思い返して呟いた。

 「私たちを気遣ってくれたのだろう?」

 オリヴェルは、気にしなくていいよ、と愛しい我が子を見つめる。

 「気遣った、というか……さっき母様が言ってくださったことと同じです。父様、母様、兄様に愛されて、僕も父様、母様、兄様を愛することが、前の世界の父さん、母さん、カオルを愛することになると思うから。同じ気持ちがいつもここにあるから、話さなくても大丈夫だったんです」

 つたない言葉で、果たして自分の気持ちがオリヴェルたちに伝わるだろうかとアシェルナオは不安になったが、両親と兄が優しい目で頷いてくれるのをみて安堵した。

 「僕の父さんはオーケストラの指揮者で、気難しい顔をして、僕には少し厳しかったです。顔がいつも怖くて、僕は父さんに好かれていないんじゃないかって思ってました。母さんは、母様に雰囲気が似ています。綺麗で、おおらかで。母さんは声楽家で、大勢の観客の前で堂々とソプラノを響かせるのがすごいんです。父さんが厳しい分、僕を可愛がってくれて、僕が小さい時は僕の歌を即興で作って歌ってくれていました。カオルは、僕の姉です。兄様と違って、ちょっと意地悪です。口が悪くて、口うるさくて。でも、父さんと母さんが仕事で家を空けることが多かったから、親代わりとして面倒をみてくれました。今なら、心配だから口うるさかったんだとわかります」

 改めて思い出すと気持ちが前の世界に引っ張られて、アシェルナオの心は別れの辛さに浸っていた。

 「ナオ」

 無理しなくていいよ、とヴァレリラルドの目が語っていた。

 「大丈夫。……父さんも母さんも、音楽の仕事をしていて、カオルも小さい頃からピアノを習っていて、音楽の大学に通っていました。僕もヴァイオリンとピアノを習ってて、ヴァイオリンのコンクールで優勝したことがあって、将来は音大に行ってヴァイオリンを専攻するんだろうと思ってました。でも、高校の学園祭でみんなでダンスを踊って、すごく楽しかった。音楽を奏でるんじゃなくて体で感じで表現することが新鮮で面白くて。父さんと母さんに相談せずにピアノのレッスンを辞めてダンススクールに通ってました」

 「前からやんちゃさんだったのね」

 パウラに言われてアシェルナオは少し笑ったが、すぐにその笑みは消えた。

 「ピアノのレッスンを辞めたことが父さんに知られてしまって、父さんにいきなり顔を叩かれました。話をきいてくれずに手をあげる父さんなんか大嫌い。そう言って、僕、家を飛び出したんです」

 「その点だけは、いくらアシェルナオの父君としても、許せないな」

 オリヴェルが思わず拳を握りしめる。

 「飛び出して、夜の街を歩いてるうちに頭が冷えて、ちゃんと父さんと話し合おう。そう思ったときに」

 アシェルナオは短く何度も息を吸い込む。

 「ナオ、過呼吸になってる。落ち着いて、息を止めて。まだ止めて。ゆっくり吐いて……。シグ、頼むからこれ以上ナオに話をさせないでくれ。代わりに私がナオから聞いた話をする。ナオは聞きたくなかったら耳を塞いでいるといい」

 ヴァレリラルドが申し出ると、

 「怖い記憶をあえて口にさせるのは、よいことではありません」

 オルドジフも怖い顔で公爵家嫡男を窘める。

 アシェルナオに辛い追体験をさせるつもりはなかったシーグフリードも頷くことでそれを認めた。

 「いいんだ、ヴァル。……家に帰ろうとした時、突然口をふさがれて車……大きくて黒い、馬車のようなもの、に連れ込まれました。気が付いたら知らない男が僕の上に乗っていて、僕のことを知ってた、って。一目見て自分の番だってわかった、って。そう言いながら体を触られて、な、なめられて、気持ち悪くて、逃げようとしたら頭をドアに叩きつけられて、頭から血が出て、痛くて、大人しくしないともっと痛い目にあわせるって言われて、僕、何もできなくて……」

 ヴァレリラルドは震えながら懸命に話すアシェルナオの髪を撫でる。

 「辛い思いをさせてすまない、アシェルナオ」

 自分が話してほしいと言っておきながら、その話の生々しさにシーグフリードは頭を下げる。

 「……このまま好きにされてしまうんだ、そう思ったときに、父さんが探しにきてくれて……。隙をみて逃げ出してたけど、男が車で父さんを跳ねようとして。だから僕、父さんが跳ねられないように車の前に立ちはだかったんです。父さんの悲鳴みたいなものを聞いた気がするけど、気が付いたらシアンハウスの寝台にいました。前の世界の僕は、車にはねられて死んでしまったんです」

 「そんなことが……。アシェルナオにとっても、前のご両親にとっても、辛すぎる突然の別れだったのね……」

 「不条理すぎる話だ。アシェルナオをこの国に導いてくださった女神の英断に心から感謝するよ」

 パウラとオリヴェルは、それぞれの思いを口にする。

 「だから精霊の泉に落とされた者たちはナオのことも不浄だと言ったのかい?」

 シーグフリードに尋ねられて、アシェルナオは少し躊躇った後、口を開いた。

 「エンロートから王都に向かう途中でも……」

 「17年前、エンロートから王都に馬車で向かっていた途中のことだ。急激に天候が悪化し、どこかで雨をしのごうとした時にフェルウルフのスタンピードのような群れに襲われた。ケイレブや護衛騎士たちが応戦してくれたがボスフェルや飛竜も現れて、ナオと私、テュコ、サリアンの乗った馬車が横転し、ナオは飛竜に連れ去られてしまったんだ。ナオの行方がわからなくて為す術がなかった私たちの前に光が現れて、ナオのいるソーメルスの砦まで案内してくれた。ナオはそこで……」

 自分の腕の中で震えているアシェルナオの代わりに当時のことを口にするヴァレリラルドだったが、オルドジフ、フォルシウス、テュコの悪鬼のような表情を見て口を閉ざした。

 「まだナオの辛い記憶を披露しなければいけないのですか」

 唯一精霊に許されてソーメルスの砦の一室に入ることができたオルドジフは、我慢ならないとばかりに不愉快さを露わにした。

 「あの時のナオ様がどんな状況だったか、殿下もご存知ないでしょう。知らないのに語るのはやめていただきたい」

 ナオの壮絶な戦いを目の当たりにしたテュコとフォルシウスも怒りに震える。

 「いや、もう少しだけ、お願いします。アシェルナオ。辛いだろうが、大事なことなんだ。その時にアシェルナオに卑劣な行為をした男は、どんな顔をしていた?」

 アシェルナオは虚を突かれたようにシーグフリードを見つめた。


 ※※※※※※※※※※※※※※※※

 いいね、エール、ありがとうございます。
 回想回は次回までになります。

 連日の超早出で仕事中にしんどくなる。→しんどくて途中で背中やのどが痛くなる。→熱が出始める。→湿度の高い執務室でいやな汗が出る。→仕事忙しくてそのまま仕事を続ける。→熱が上がる。→仕事を続ける。→忙しすぎてしんどいを越える。→汗をかいて熱が下がる。→調子よくなったのでさらに仕事を続ける。→有休を使って1時間早く帰る。→明日もサービス超早出で定時の1時間半前から仕事を始める予定(今ここ)

 毎日1時間以上サービス早出をして体調をくずして、1時間早く帰るために有休を消化しないといけないとか。なにこの地獄……
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