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第3部
タン
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「アシェルナオ? 気分が優れないなら学園をお休みしてもいいんだよ?」
学園でエンゲルブレクトの姿を見て動揺したアシェルナオは、帰宅してから入浴もせず、食事も摂らずにあまり眠れずに一晩中を過ごしていたとテュコから報告を受けていたオリヴェルは、朝食の間で慎重に声をかけた。
定番であるパン粥もあまり進んでいない様子のアシェルナオは、一晩経っても心身の回復は見られないようだった。
「ううん、行きます。特に何があったというわけではないんです」
昨日から胸の奥がもやもやして、不安で。それが妙な胸騒ぎのような感覚になっているアシェルナオだったが、だからといって突然エンゲルブレクトを見かけたというだけで動揺していては、婚約式を乗り越えられないのだ。
護ると言ってくれたヴァレリラルドのためにも、これくらいで弱いところを見せたくはないとアシェルナオは思っていた。
「無理しなくていいんだよ?」
そんなアシェルナオに、シーグフリードも声をかける。
以前からエンゲルブレクトに怯えていたアシェルナオの心の根底に何があるのか。
シーグフリードにはわからなかったが、テュコもヴァレリラルドも何も言ってこないので静観するしかなく、それでも心配せずにはいられなかった。
「本当に大丈夫ですか?」
馬車が学園の馬車寄せに着いても、テュコは元気のない主人が心配だった。
「うん。ほら、スヴェンが来てる。学園ではスヴェンが僕の護衛をしてくれるから大丈夫だよ」
アシェルナオは馬車の外で待っているスヴェンを指さす。
「今日も早く終わるのでしょう? 私も早めに迎えに来ていますからね?」
言い聞かせるテュコに、
「はーい。行ってきます」
アシェルナオはテュコに手を振って馬車を降りた。
すぐにスヴェンが近寄って来て、
「お気をつけて。スヴェン、頼むぞ」
テュコは馬車の中から声をかけて、後ろ髪を引かれる思いで馬車を出させた。
「スヴェン、昨日は自主練できた?」
テュコを見送って、アシェルナオはスヴェンに声をかける。
「それが、昨日は王弟殿下が急に訪問しただろう? だから自主練しないで帰るように学園から指示があったんだ。ハルネスたちも音楽室には行ったけど、練習はできなくて、馬車寄せで一緒になったよ」
「ブローム先生も僕と一緒に帰ったしね」
申し訳なさそうな顔をするアシェルナオ。
「王弟殿下への敬意らしいけど、先生たちもピリピリしてたから、なんだか変だったよ」
そうなんだ、と返すアシェルナオは、やはりエンゲルブレクトの話になると胸がもやもやした。
この日も授業はなく、高等科はそれぞれの選択科の棟に行き、今年1年のカリキュラム等を説明されたあと、再び各クラスに集合していた。
担任の教師が来るまでのあいだ雑談に興じていたクラスで、アシェルナオもスヴェンやハルネス、クラース、トシュテンと集まって談笑していると、ふいにクラスがざわついた。
スヴェンが雰囲気の変化に気づいて辺りを見回すと、隣のクラスのはずのメイエがこちらに向かってきていた。
「お前はこのクラスじゃないだろう」
メイエの目つきの尋常じゃない様子に、スヴェンは自然な動きでアシェルナオの前に立つ。
「アシェルナオ。確かに俺は一度断られている。だが俺はまだ誘うことを諦めていない。なのにデビュタントではあんな感じで追い払われて、あとで父上と母上に叱られたんだぞ」
メイエの言い分を聞いたスヴェンたち学友も、それ以外の者たちも、どうとらえても言いがかりとしか感じなかった。
「エルランデル公爵は強引に誘うことを君の両親を通じて抗議していたと思うが、また繰り返すのかい?」
貴族らしい物言いだが、不愉快すぎてそれを隠し切れていないクラースだった。
「強引じゃない。アシェルナオ、顔を見せろよ。王太子殿下とダンスができて有頂天になっているかもしれないが、王太子殿下は今週の水の日に婚約式をされる。残念だったな」
吐き捨てるメイエに、クラスにいる誰もが呆れてものが言えなかった。
よく見るとメイエの後ろには彼の取り巻きらしい人物が数人いるが、一緒に揶揄することも、取りなすこともしていなかった。
始末に負えない、といったところだろうな、とスヴェンはため息を吐く。
ヴァレリラルドとダンスを踊れたのは有頂天になっても仕方ないが、残念ではないアシェルナオがスヴェンの背中から少しだけ顔を覗かせるのと、
「無視するなよ!」
メイエがスヴェンの後ろに隠れているだろうアシェルナオに向けて手を伸ばしたタイミングが重なった。
メイエの手はスヴェンが掴んでアシェルナオに届くのを阻止したが、その前にアシェルナオの瞳に自分に伸ばされる手だけが視界いっぱいに映っていた。
タン。
背後で聞こえた音に、スヴェンがメイエの腕を掴んだまま振り向く。
床に倒れているアシェルナオを見ると、教室から悲鳴のような声があがった。
一瞬固まったスヴェンたちだったが、すぐに一番最初にオリヴェルから言われたことを思い出した。
「ハルネス、ブローム先生を呼んできてくれ。クラース、トシュテン、それまでメイエを逃がすな。お前たちも頼む」
アシェルナオを抱き上げながら、スヴェンはクラスにいる者を見回して言った。
学園でエンゲルブレクトの姿を見て動揺したアシェルナオは、帰宅してから入浴もせず、食事も摂らずにあまり眠れずに一晩中を過ごしていたとテュコから報告を受けていたオリヴェルは、朝食の間で慎重に声をかけた。
定番であるパン粥もあまり進んでいない様子のアシェルナオは、一晩経っても心身の回復は見られないようだった。
「ううん、行きます。特に何があったというわけではないんです」
昨日から胸の奥がもやもやして、不安で。それが妙な胸騒ぎのような感覚になっているアシェルナオだったが、だからといって突然エンゲルブレクトを見かけたというだけで動揺していては、婚約式を乗り越えられないのだ。
護ると言ってくれたヴァレリラルドのためにも、これくらいで弱いところを見せたくはないとアシェルナオは思っていた。
「無理しなくていいんだよ?」
そんなアシェルナオに、シーグフリードも声をかける。
以前からエンゲルブレクトに怯えていたアシェルナオの心の根底に何があるのか。
シーグフリードにはわからなかったが、テュコもヴァレリラルドも何も言ってこないので静観するしかなく、それでも心配せずにはいられなかった。
「本当に大丈夫ですか?」
馬車が学園の馬車寄せに着いても、テュコは元気のない主人が心配だった。
「うん。ほら、スヴェンが来てる。学園ではスヴェンが僕の護衛をしてくれるから大丈夫だよ」
アシェルナオは馬車の外で待っているスヴェンを指さす。
「今日も早く終わるのでしょう? 私も早めに迎えに来ていますからね?」
言い聞かせるテュコに、
「はーい。行ってきます」
アシェルナオはテュコに手を振って馬車を降りた。
すぐにスヴェンが近寄って来て、
「お気をつけて。スヴェン、頼むぞ」
テュコは馬車の中から声をかけて、後ろ髪を引かれる思いで馬車を出させた。
「スヴェン、昨日は自主練できた?」
テュコを見送って、アシェルナオはスヴェンに声をかける。
「それが、昨日は王弟殿下が急に訪問しただろう? だから自主練しないで帰るように学園から指示があったんだ。ハルネスたちも音楽室には行ったけど、練習はできなくて、馬車寄せで一緒になったよ」
「ブローム先生も僕と一緒に帰ったしね」
申し訳なさそうな顔をするアシェルナオ。
「王弟殿下への敬意らしいけど、先生たちもピリピリしてたから、なんだか変だったよ」
そうなんだ、と返すアシェルナオは、やはりエンゲルブレクトの話になると胸がもやもやした。
この日も授業はなく、高等科はそれぞれの選択科の棟に行き、今年1年のカリキュラム等を説明されたあと、再び各クラスに集合していた。
担任の教師が来るまでのあいだ雑談に興じていたクラスで、アシェルナオもスヴェンやハルネス、クラース、トシュテンと集まって談笑していると、ふいにクラスがざわついた。
スヴェンが雰囲気の変化に気づいて辺りを見回すと、隣のクラスのはずのメイエがこちらに向かってきていた。
「お前はこのクラスじゃないだろう」
メイエの目つきの尋常じゃない様子に、スヴェンは自然な動きでアシェルナオの前に立つ。
「アシェルナオ。確かに俺は一度断られている。だが俺はまだ誘うことを諦めていない。なのにデビュタントではあんな感じで追い払われて、あとで父上と母上に叱られたんだぞ」
メイエの言い分を聞いたスヴェンたち学友も、それ以外の者たちも、どうとらえても言いがかりとしか感じなかった。
「エルランデル公爵は強引に誘うことを君の両親を通じて抗議していたと思うが、また繰り返すのかい?」
貴族らしい物言いだが、不愉快すぎてそれを隠し切れていないクラースだった。
「強引じゃない。アシェルナオ、顔を見せろよ。王太子殿下とダンスができて有頂天になっているかもしれないが、王太子殿下は今週の水の日に婚約式をされる。残念だったな」
吐き捨てるメイエに、クラスにいる誰もが呆れてものが言えなかった。
よく見るとメイエの後ろには彼の取り巻きらしい人物が数人いるが、一緒に揶揄することも、取りなすこともしていなかった。
始末に負えない、といったところだろうな、とスヴェンはため息を吐く。
ヴァレリラルドとダンスを踊れたのは有頂天になっても仕方ないが、残念ではないアシェルナオがスヴェンの背中から少しだけ顔を覗かせるのと、
「無視するなよ!」
メイエがスヴェンの後ろに隠れているだろうアシェルナオに向けて手を伸ばしたタイミングが重なった。
メイエの手はスヴェンが掴んでアシェルナオに届くのを阻止したが、その前にアシェルナオの瞳に自分に伸ばされる手だけが視界いっぱいに映っていた。
タン。
背後で聞こえた音に、スヴェンがメイエの腕を掴んだまま振り向く。
床に倒れているアシェルナオを見ると、教室から悲鳴のような声があがった。
一瞬固まったスヴェンたちだったが、すぐに一番最初にオリヴェルから言われたことを思い出した。
「ハルネス、ブローム先生を呼んできてくれ。クラース、トシュテン、それまでメイエを逃がすな。お前たちも頼む」
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