そのステップは必要ですか?  ~精霊の愛し子は歌を歌って溺愛される~

一 ことり

文字の大きさ
292 / 492
第3部

タン

しおりを挟む
 「アシェルナオ? 気分が優れないなら学園をお休みしてもいいんだよ?」

 学園でエンゲルブレクトの姿を見て動揺したアシェルナオは、帰宅してから入浴もせず、食事も摂らずにあまり眠れずに一晩中を過ごしていたとテュコから報告を受けていたオリヴェルは、朝食の間で慎重に声をかけた。

 定番であるパン粥もあまり進んでいない様子のアシェルナオは、一晩経っても心身の回復は見られないようだった。

 「ううん、行きます。特に何があったというわけではないんです」

 昨日から胸の奥がもやもやして、不安で。それが妙な胸騒ぎのような感覚になっているアシェルナオだったが、だからといって突然エンゲルブレクトを見かけたというだけで動揺していては、婚約式を乗り越えられないのだ。

 護ると言ってくれたヴァレリラルドのためにも、これくらいで弱いところを見せたくはないとアシェルナオは思っていた。

 「無理しなくていいんだよ?」

 そんなアシェルナオに、シーグフリードも声をかける。

 以前からエンゲルブレクトに怯えていたアシェルナオの心の根底に何があるのか。

 シーグフリードにはわからなかったが、テュコもヴァレリラルドも何も言ってこないので静観するしかなく、それでも心配せずにはいられなかった。





 「本当に大丈夫ですか?」

 馬車が学園の馬車寄せに着いても、テュコは元気のない主人が心配だった。

 「うん。ほら、スヴェンが来てる。学園ではスヴェンが僕の護衛をしてくれるから大丈夫だよ」

 アシェルナオは馬車の外で待っているスヴェンを指さす。

 「今日も早く終わるのでしょう? 私も早めに迎えに来ていますからね?」

 言い聞かせるテュコに、

 「はーい。行ってきます」

 アシェルナオはテュコに手を振って馬車を降りた。

 すぐにスヴェンが近寄って来て、

 「お気をつけて。スヴェン、頼むぞ」

 テュコは馬車の中から声をかけて、後ろ髪を引かれる思いで馬車を出させた。

 「スヴェン、昨日は自主練できた?」

 テュコを見送って、アシェルナオはスヴェンに声をかける。

 「それが、昨日は王弟殿下が急に訪問しただろう? だから自主練しないで帰るように学園から指示があったんだ。ハルネスたちも音楽室には行ったけど、練習はできなくて、馬車寄せで一緒になったよ」

 「ブローム先生も僕と一緒に帰ったしね」

 申し訳なさそうな顔をするアシェルナオ。

 「王弟殿下への敬意らしいけど、先生たちもピリピリしてたから、なんだか変だったよ」

 そうなんだ、と返すアシェルナオは、やはりエンゲルブレクトの話になると胸がもやもやした。


 


 この日も授業はなく、高等科はそれぞれの選択科の棟に行き、今年1年のカリキュラム等を説明されたあと、再び各クラスに集合していた。

 担任の教師が来るまでのあいだ雑談に興じていたクラスで、アシェルナオもスヴェンやハルネス、クラース、トシュテンと集まって談笑していると、ふいにクラスがざわついた。

 スヴェンが雰囲気の変化に気づいて辺りを見回すと、隣のクラスのはずのメイエがこちらに向かってきていた。

 「お前はこのクラスじゃないだろう」

 メイエの目つきの尋常じゃない様子に、スヴェンは自然な動きでアシェルナオの前に立つ。

 「アシェルナオ。確かに俺は一度断られている。だが俺はまだ誘うことを諦めていない。なのにデビュタントではあんな感じで追い払われて、あとで父上と母上に叱られたんだぞ」

 メイエの言い分を聞いたスヴェンたち学友も、それ以外の者たちも、どうとらえても言いがかりとしか感じなかった。

 「エルランデル公爵は強引に誘うことを君の両親を通じて抗議していたと思うが、また繰り返すのかい?」

 貴族らしい物言いだが、不愉快すぎてそれを隠し切れていないクラースだった。

 「強引じゃない。アシェルナオ、顔を見せろよ。王太子殿下とダンスができて有頂天になっているかもしれないが、王太子殿下は今週の水の日に婚約式をされる。残念だったな」

 吐き捨てるメイエに、クラスにいる誰もが呆れてものが言えなかった。

 よく見るとメイエの後ろには彼の取り巻きらしい人物が数人いるが、一緒に揶揄することも、取りなすこともしていなかった。

 始末に負えない、といったところだろうな、とスヴェンはため息を吐く。

 ヴァレリラルドとダンスを踊れたのは有頂天になっても仕方ないが、残念ではないアシェルナオがスヴェンの背中から少しだけ顔を覗かせるのと、

 「無視するなよ!」

 メイエがスヴェンの後ろに隠れているだろうアシェルナオに向けて手を伸ばしたタイミングが重なった。

 メイエの手はスヴェンが掴んでアシェルナオに届くのを阻止したが、その前にアシェルナオの瞳に自分に伸ばされる手だけが視界いっぱいに映っていた。





 タン。

 背後で聞こえた音に、スヴェンがメイエの腕を掴んだまま振り向く。

 床に倒れているアシェルナオを見ると、教室から悲鳴のような声があがった。

 一瞬固まったスヴェンたちだったが、すぐに一番最初にオリヴェルから言われたことを思い出した。

 「ハルネス、ブローム先生を呼んできてくれ。クラース、トシュテン、それまでメイエを逃がすな。お前たちも頼む」

 アシェルナオを抱き上げながら、スヴェンはクラスにいる者を見回して言った。

しおりを挟む
感想 141

あなたにおすすめの小説

使用人と家族たちが過大評価しすぎて神認定されていた。

ふわりんしず。
BL
ちょっと勘とタイミングがいい主人公と 主人公を崇拝する使用人(人外)達の物語り 狂いに狂ったダンスを踊ろう。 ▲▲▲ なんでも許せる方向けの物語り 人外(悪魔)たちが登場予定。モブ殺害あり、人間を悪魔に変える表現あり。

あなたと過ごせた日々は幸せでした

蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。

異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします

み馬下諒
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。 わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!? これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。 おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。 ※ 造語、出産描写あり。前置き長め。第21話に登場人物紹介を載せました。 ★お試し読みは第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★ ★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

だって、君は210日のポラリス

大庭和香
BL
モテ属性過多男 × モブ要素しかない俺 モテ属性過多の理央は、地味で凡庸な俺を平然と「恋人」と呼ぶ。大学の履修登録も丸かぶりで、いつも一緒。 一方、平凡な小市民の俺は、旅行先で両親が事故死したという連絡を受け、 突然人生の岐路に立たされた。 ――立春から210日、夏休みの終わる頃。 それでも理央は、変わらず俺のそばにいてくれて―― 📌別サイトで読み切りの形で投稿した作品を、連載形式に切り替えて投稿しています。  15,000字程度の予定です。

この僕が、いろんな人に詰め寄られまくって困ってます!〜まだ無自覚編〜

小屋瀬
BL
〜まだ無自覚編〜のあらすじ アニメ・漫画ヲタクの主人公、薄井 凌(うすい りょう)と、幼なじみの金持ち息子の悠斗(ゆうと)、ストーカー気質の天才少年の遊佐(ゆさ)。そしていつもだるーんとしてる担任の幸崎(さいざき)teacher。 主にこれらのメンバーで構成される相関図激ヤバ案件のBL物語。 他にも天才遊佐の事が好きな科学者だったり、悠斗Loveの悠斗の実の兄だったりと個性豊かな人達が出てくるよ☆ 〜自覚編〜 のあらすじ(書く予定) アニメ・漫画をこよなく愛し、スポーツ万能、頭も良い、ヲタク男子&陽キャな主人公、薄井 凌(うすい りょう)には、とある悩みがある。 それは、何人かの同性の人たちに好意を寄せられていることに気づいてしまったからである。 ーーーーーーーーーーーーーーーーー 【超重要】 ☆まず、主人公が各キャラからの好意を自覚するまでの間、結構な文字数がかかると思います。(まぁ、「自覚する前」ということを踏まえて呼んでくだせぇ) また、自覚した後、今まで通りの頻度で物語を書くかどうかは気分次第です。(だって書くの疲れるんだもん) ですので、それでもいいよって方や、気長に待つよって方、どうぞどうぞ、読んでってくだせぇな! (まぁ「長編」設定してますもん。) ・女性キャラが出てくることがありますが、主人公との恋愛には発展しません。 ・突然そういうシーンが出てくることがあります。ご了承ください。 ・気分にもよりますが、3日に1回は新しい話を更新します(3日以内に投稿されない場合もあります。まぁ、そこは善処します。(その時はまた近況ボード等でお知らせすると思います。))。

僕、天使に転生したようです!

神代天音
BL
 トラックに轢かれそうだった猫……ではなく鳥を助けたら、転生をしていたアンジュ。新しい家族は最低で、世話は最低限。そんなある日、自分が売られることを知って……。  天使のような羽を持って生まれてしまったアンジュが、周りのみんなに愛されるお話です。

2度目の異世界移転。あの時の少年がいい歳になっていて殺気立って睨んでくるんだけど。

ありま氷炎
BL
高校一年の時、道路陥没の事故に巻き込まれ、三日間記憶がない。 異世界転移した記憶はあるんだけど、夢だと思っていた。 二年後、どうやら異世界転移してしまったらしい。 しかもこれは二度目で、あれは夢ではなかったようだった。 再会した少年はすっかりいい歳になっていて、殺気立って睨んでくるんだけど。

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ユィリと皆の動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵も皆の小話もあがります。 Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新! プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー! ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!

処理中です...