そのステップは必要ですか?  ~精霊の愛し子は歌を歌って溺愛される~

一 ことり

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第3部

ナオナオうさうさ

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 「わぁ。綺麗だねぇ」

 サンルームの一角がすべてケージになっていて、今はサネルマの光を背景にしている雪うさぎを見てアシェルナオが歓声をあげる。

 白い毛並みが雪のように真っ白で、アシェルナオが知っている雪うさぎが本物のうさぎになってそこに存在していた。

 唯一の相違点である蒼い瞳を、アシェルナオは不思議そうに見つめ、ナオナオもアシェルナオを不思議そうに見ている。

 「ナオナオはおとなしいよ。ナオ、ナオナオを抱っこしてみる?」

 見つめあうナオとナオナオに、ヴァレリラルドが声をかける。

 「いいの? 毛並みがふわふわだからもふもふしてみたい」

 目を輝かすアシェルナオのために、ヴァレリラルドは大きめに作られているケージの入り口を開けて中に入ると、

 「ナオ、ナオナオだよ」

 ナオナオを抱き上げてアシェルナオに差し出す。

 ナオナオは、さっきから目の前の人間がナオと呼ばれていることが気に入らなかった。

 ご主人様は、毎日のように愛しげに「ナオ」「ナオ」と何回も呼んでくれる。

 ご主人様の熱い囁きと眼差しを浴びるのは自分だけでいい。

 気に入らない人間めっ。

 ナオナオはヴァレリラルドを振り向くと、『ご主人様、あなたのナオナオは私だけです』と決意し、勢いをつけてアシェルナオに長い耳を打ち付けた。

 「あっ」

 耳先が当たり、アシェルナオは目を押さえる。

 「ナオっ!」

 ヴァレリラルドは咄嗟にナオナオを床に落とし、アシェルナオを抱き寄せた。

 「大丈夫。ナオナオの耳の先が目に入っただけだから」

 「ちょっと見せて」

 ヴァレリラルドは目を押さえるアシェルナオの手をどけさせ、自分の両手で顔を固定して黒曜石の瞳を覗き込む……ふりをしてアシェルナオの鼻の頭にキスをした。

 「ふぁ……」

 アシェルナオは自分の鼻に手を当ててパチパチと瞬きをする。

 「目はどう?」

 「大丈夫……もぅ、ヴァルってば……おませさん」

 顔を赤らめて、アシェルナオはヴァレリラルドを見上げた。

 その様子を眺めていたテュコは、もうすぐ22歳になろうとしている男におませもなにもないでしょう、とブツブツ言いながら床に落とされたナオナオの首根っこを掴み上げる。

 そして護身用のナイフをそっとナオナオに見せた。

 「うちの大事なナオ様に刃向かおうとは、なめた雪うさぎだ。お前などにナオ様の名前を2つも持つなど許しがたい。お前は今日からうさうさだ。万死に値するお前に可愛い名前をつけてやっただけありがたく思え。次にナオ様に耳をあげたら、その首ごと斬り落とす」

 小声で囁くテュコに、
 
 「だめですよ、テュコ様。雪うさぎはおいしいらしいです。まず雪の中に3日間埋めるんですよ。それから内臓を取って血抜きして、さかさにつるして皮を剥ぐんです。そのあとで部位ごとに肉を切り分けるんですよ。さあ雪うさぎ、雪の中にかえしてあげますよ。フフフ」

 ドリーンも横から追随する。

 ナオナオは毛を逆立てて耳をピンと伸ばし、フルフルと首を振った。

 「わかったら、二度とナオ様に危害を加えるんじゃないぞ」

 とどめのテュコの一言に、ナオナオはうんうんと頷く。

 しつけ終了。

 テュコとドリーンは頷きあった。

 しつけが終わったテュコが、

 「殿下、ナオ様がいるのにナオナオという名前もどうかと思います。今日からうさうさという名前に変えてはどうでしょう?」

 アシェルナオとヴァレリラルドを振り向く。

 どうでしょう、とは言っているが、変えろという意志が強くうかがえるテュコの提案だった。

 雪うさぎは屈辱だった。

 それ以上に初めて出会った目の前の人間たちが恐ろしかった。

 刃物で脅され、雪うさぎなのに雪の中に生き埋めにされて食べられる未来を見せられた。

 この3年間、ほぼ毎日『ナオ』と熱く呼びかけて大切に世話をしてくれた主人ならこの不当な扱いから救ってくれるに違いない。

 そう願ってナオナオは蒼い瞳でヴァレリラルドを見上げた。

 「うさうさか。かわいい名前だな」

 ナオナオの願いも虚しく、ヴァレリラルドは素直にその提案を受け入れた。

 「うん。本当は、ナオナオって自分の名前を呼ばれてるみたいで、ちょっと恥ずかしかったんだ」

 そっと打ち明けるナオ。

 「私にとってナオはナオだけだ」

 ヴァルの熱い眼差しにアシェルナオは照れくさそうにし、ナオナオことうさうさは目の前の会話が信じられず、絶望の淵に突き落とされていた。
 
 


 「ナオ様、もう遅い時間になりましたからご入浴いたしましょう。準備はできていますよ」

 アイナとドリーンがいい雰囲気になっていたアシェルナオとヴァレリラルドを引き離す。

 「はーい。じゃあヴァル、またあとでね。バイバイ、うさうさー」

 アシェルナオは手を振ってアイナとドリーンのあとについていく。

 残されたヴァレリラルドとテュコは自然と向き合っていた。

 「いいですか、殿下。エルランデル公爵から、閨教育は今回の1度だけ。このあとは正式に婚姻が成立するまでは清い関係でいてもらいます。と申しつかっています」

 「今のナオは13歳。いくら私でも子供に手は出さない」

 どんなケダモノだと思っているんだ、と、さすがにヴァレリラルドは嫌な顔をした。

 アシェルナオを愛しているが、少なくとも前の梛央の年齢になるまでは手を出すつもりはなかった。

 「ナオ様が以前のお年と同じになって成人したとしても、婚姻が成立するまでは、ですからね」

 先手を打たれて、ヴァレリラルドは露骨にいやな顔をし、テュコは優越感に浸っていた。


 
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