そのステップは必要ですか?  ~精霊の愛し子は歌を歌って溺愛される~

一 ことり

文字の大きさ
上 下
230 / 425
第3部

アネちゃん

しおりを挟む
 「父上、母上、アネシュカ。ナオです」

 家族だけの晩餐に使われる、あえて小ぢんまりとした造りになっている食堂。

 すでに顔を揃えていたベルンハルド、テレーシア、アネシュカだったが、アシェルナオの姿を見るとテレーシアはアネシュカを従えてその前に進み出て、跪いた。

 「ナオ様」

 テレーシアはアシェルナオの顔を見ると、胸の前で手を組み合わせる。

 「久しぶりだね、テンちゃん。前みたいにナオでいいよ?」

 「ナオ……本当にナオなのですね。その尊い命と引き換えにヴァレリラルドを救っていただき、ありがとうございました。本当に、本当に、ヴァレリラルドを失わずにすんだこと、どれだけ感謝しても足りない思いです」

 最愛の我が子の命を助けてもらった感謝の気持ちはうまく言葉にはならなかったが、熱い涙になってテレーシアの頬を濡らしていた。 

 「いいよ、テンちゃん。お礼なら3年前にベルっちから聞いているから。それに、僕は僕のためにヴァルを護ったんだ。だからテンちゃんもベルっちも、もちろんヴァルも、申し訳ないとか思っちゃだめだよ?」

 13歳にしては少し小さいが、将来が楽しみな綺麗な顔だちのアシェルナオは、ほわりと微笑む。

 黒目黒髪が精霊の愛し子の証でもあるのだが、含みも何もない自然体の言葉と笑みを浮かべるアシェルナオは、女神のように尊かった。

 「申し訳ないというより、感謝ばかりです。……アネシュカ、ナオは精霊の愛し子という身でありながら、あなたの兄を命と引き換えに護ってくれたのですよ」

 初めてアシェルナオを見たアネシュカはテレーシアに促されるままに、跪いたまま深く頭を垂れた。

 「初めまして、ナオ様。ヴァレリラルドの妹、アネシュカです。兄の事、本当にありがとうございました」

 アネシュカは金髪碧眼で、ヴァレリラルドによく似た凛々しい美少女だった。

 「アネちゃん? 初めまして。僕は秋葉梛央。いまはアシェルナオ・エルランデルと言います。エルランデル公爵家次男です。ナオって呼んでください。よろしくお願いします」

 初めて会う者への挨拶をしてアシェルナオはぺこりと頭を下げる。

 「アネちゃん? 私のことでしょうか?」

 顔をあげてきょとんとするアネシュカ。

 「ベルっち、テンちゃん、アネちゃんね?」

 ね?と小首をかしげるアシェルナオ。

 「ナオ……私の嫁にならないか?」

 アシェルナオの可愛い仕草に胸を打ち抜かれたアネシュカは、速攻でプロポーズした。

 「やらん。ナオは私の嫁だ」

 そして、速攻で却下するヴァレリラルドだった。
  





 ベルンハルドとテレーシア、アネシュカ、ヴァレリラルドとの晩餐は、なごやかに進んだ。

 アネシュカは嫁に欲しいと言ったとおりにすっかりアシェルナオの可愛さのとりこになっており、アシェルナオが今晩は星の離宮に泊まると聞くと、自分も一緒に泊まると言い出してきかなかった。

 「アネシュカ、ヴァレリラルドは14年近くも耐えてきたんだ。2人だけで話したいこともたくさんあるはずだ。今夜は遠慮しておくがいい。でないとアネシュカの初デートには私もついていくぞ?」

 ベルンハルドの言葉でアネシュカはしぶしぶ諦めた。

 「アネちゃんに悪いことしたね」

 晩餐のあと、ヴァレリラルドとサネルマの花の咲き誇る庭園を歩きながら、残念そうな顔でおやすみの挨拶をしていたアネシュカを思い出していた。

 「そうだが、今日は2人で過ごしたかったんだ」

 「それは……僕もだよ」

 夜の闇に浮かび上がる幻想的な花の中で、アシェルナオは立ち止まる。

 「アシェルナオ?」

 「……3年前、花の妖精さんに、歌のお礼にって、花弁をもらったんだ」

 「花弁?」

 「うん。2枚。1つは妖精さんがヴァルに渡して、1つは僕が持ってる」

 「妖精から渡された覚えがないんだが……」

 「妖精さん、うまくやるって言ってたから、ヴァルは気づかなかったのかも。でも、僕の持ってる花弁からは、ヴァルの声が聞こえてたよ。だからヴァルがボスカルバングに遭遇して怪我をしたことを知って、ヴァルを助けに行ったんだ」

 「そうだったのか」

 だからあのタイミングで雪うさぎが現れたのだと、ヴァレリラルドは納得した。

 「その前に、ヴァルがエンロートに行く前に、星の塔で独り言を言ってたのを聞いたんだ」

 「独り言……きっと、情けないことを言っていたんだろうな」

 アシェルナオと再会するまでは、どんな難関にも立ち向かう強い意志を持っていた反面、どこかでは、いつ死んでもいいとも思っていたヴァレリラルドは弱かった自分を振り返る。

 「そんなことないよ……。ヴァル、ごめんね」

 アシェルナオは辛そうに顔を歪めた。
しおりを挟む
感想 113

あなたにおすすめの小説

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた

翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」 そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。 チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします

み馬
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。 わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!? これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。 おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。 ※ 設定ゆるめ、造語、出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。 ★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★ ★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

不遇の第七王子は愛され不慣れで困惑気味です

新川はじめ
BL
 国王とシスターの間に生まれたフィル・ディーンテ。五歳で母を亡くし第七王子として王宮へ迎え入れられたのだが、そこは針の筵だった。唯一優しくしてくれたのは王太子である兄セガールとその友人オーティスで、二人の存在が幼いフィルにとって心の支えだった。  フィルが十八歳になった頃、王宮内で生霊事件が発生。セガールの寝所に夜な夜な現れる生霊を退治するため、彼と容姿のよく似たフィルが囮になることに。指揮を取るのは大魔法師になったオーティスで「生霊が現れたら直ちに捉えます」と言ってたはずなのに何やら様子がおかしい。  生霊はベッドに潜り込んでお触りを始めるし。想い人のオーティスはなぜか黙ってガン見してるし。どうしちゃったの、話が違うじゃん!頼むからしっかりしてくれよぉー!

幼い精霊を預けられたので、俺と主様が育ての父母になった件

雪玉 円記
BL
ハイマー辺境領主のグルシエス家に仕える、ディラン・サヘンドラ。 主である辺境伯グルシエス家三男、クリストファーと共に王立学園を卒業し、ハイマー領へと戻る。 その数日後、魔獣討伐のために騎士団と共に出撃したところ、幼い見た目の言葉を話せない子供を拾う。 リアンと名付けたその子供は、クリストファーの思惑でディランと彼を父母と認識してしまった。 個性豊かなグルシエス家、仕える面々、不思議な生き物たちに囲まれ、リアンはのびのびと暮らす。 ある日、世界的宗教であるマナ・ユリエ教の教団騎士であるエイギルがリアンを訪ねてきた。 リアンは次代の世界樹の精霊である。そのため、次のシンボルとして教団に居を移してほしい、と告げるエイギル。 だがリアンはそれを拒否する。リアンが嫌なら、と二人も支持する。 その判断が教皇アーシスの怒髪天をついてしまった。 数週間後、教団騎士団がハイマー辺境領邸を襲撃した。 ディランはリアンとクリストファーを守るため、リアンを迎えにきたエイギルと対峙する。 だが実力の差は大きく、ディランは斬り伏せられ、死の淵を彷徨う。 次に目が覚めた時、ディランはユグドラシルの元にいた。 ユグドラシルが用意したアフタヌーンティーを前に、意識が途絶えたあとのこと、自分とクリストファーの状態、リアンの決断、そして、何故自分とクリストファーがリアンの養親に選ばれたのかを聞かされる。 ユグドラシルに送り出され、意識が戻ったのは襲撃から数日後だった。 後日、リアンが拾ってきた不思議な生き物たちが実は四大元素の精霊たちであると知らされる。 彼らとグルシエス家中の協力を得て、ディランとクリストファーは鍛錬に励む。 一ヶ月後、ディランとクリスは四大精霊を伴い、教団本部がある隣国にいた。 ユグドラシルとリアンの意思を叶えるために。 そして、自分達を圧倒的戦闘力でねじ伏せたエイギルへのリベンジを果たすために──……。 ※一部に流血を含む戦闘シーン、R-15程度のイチャイチャが含まれます。 ※現在、改稿したものを順次投稿中です。  詳しくは最新の近況ボードをご覧ください。

神子の余分

朝山みどり
BL
ずっと自分をいじめていた男と一緒に異世界に召喚されたオオヤナギは、なんとか逃げ出した。 おまけながらも、それなりのチートがあるようで、冒険者として暮らしていく。

【完結】ここで会ったが、十年目。

N2O
BL
帝国の第二皇子×不思議な力を持つ一族の長の息子(治癒術特化) 我が道を突き進む攻めに、ぶん回される受けのはなし。 (追記5/14 : お互いぶん回してますね。) Special thanks illustration by おのつく 様 X(旧Twitter) @__oc_t ※ご都合主義です。あしからず。 ※素人作品です。ゆっくりと、温かな目でご覧ください。 ※◎は視点が変わります。

主人公のライバルポジにいるようなので、主人公のカッコ可愛さを特等席で愛でたいと思います。

小鷹けい
BL
以前、なろうサイトさまに途中まであげて、結局書きかけのまま放置していたものになります(アカウントごと削除済み)タイトルさえもうろ覚え。 そのうち続きを書くぞ、の意気込みついでに数話分投稿させていただきます。 先輩×後輩 攻略キャラ×当て馬キャラ 総受けではありません。 嫌われ→からの溺愛。こちらも面倒くさい拗らせ攻めです。 ある日、目が覚めたら大好きだったBLゲームの当て馬キャラになっていた。死んだ覚えはないが、そのキャラクターとして生きてきた期間の記憶もある。 だけど、ここでひとつ問題が……。『おれ』の推し、『僕』が今まで嫌がらせし続けてきた、このゲームの主人公キャラなんだよね……。 え、イジめなきゃダメなの??死ぬほど嫌なんだけど。絶対嫌でしょ……。 でも、主人公が攻略キャラとBLしてるところはなんとしても見たい!!ひっそりと。なんなら近くで見たい!! ……って、なったライバルポジとして生きることになった『おれ(僕)』が、主人公と仲良くしつつ、攻略キャラを巻き込んでひっそり推し活する……みたいな話です。 本来なら当て馬キャラとして冷たくあしらわれ、手酷くフラれるはずの『ハルカ先輩』から、バグなのかなんなのか徐々に距離を詰めてこられて戸惑いまくる当て馬の話。 こちらは、ゆるゆる不定期更新になります。

婚約破棄されたショックで前世の記憶&猫集めの能力をゲットしたモブ顔の僕!

ミクリ21 (新)
BL
婚約者シルベスター・モンローに婚約破棄されたら、そのショックで前世の記憶を思い出したモブ顔の主人公エレン・ニャンゴローの話。

処理中です...