そのステップは必要ですか?  ~精霊の愛し子は歌を歌って溺愛される~

一 ことり

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第2部

跳べ、雪うさぎ!

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 「ヴァルのところ!」

 強く願ってアシェルナオが現れた先は、木や土の匂いが広がる山の麓の森だった。

 木や土の匂いがするのは、大量の魔獣が山を荒らしながら駆け降りてきた証だった。

 『会いたい……ナオ……』

 微かなヴァレリラルドの声が聞こえた。

 辺りを見回すと、少し開けた場所に一際大きな2本の牙を持つ魔獣がいた。

 「おっきなマンモス……」

 思わず呟いたアシェルナオだが、それが向き合っている木の幹にヴァレリラルドが左肩を押さえて座り込んでいた。

 「ヴァル!」

 ヴァレリラルドに駆け寄ったアシェルナオは、ひどい出血に気が付いて小さな悲鳴をあげる。

 「ヴァル、しっかり!」

 アシェルナオが呼びかけるが、ヴァレリラルドの凛々しい美貌は顔色を失っており、澄んだ蒼い瞳は今は力なく閉ざされていた。

 ヴァレリラルドが心配だったが、落ち着いて介抱するには後ろで咆哮をあげているボスカルバングをどうにかしなければいけなかった。

 「ヴァル、すぐに手当するから待ってて。ヴァルの剣、ちょっと借りるね」

 そう言うとアシェルナオはヴァレリラルドの腰の剣を抜く。だが、その重さに、すぐに地面に切っ先がついてしまった。

 「重たっ……ぐりっ!」

 『軽くするよー』

 ぐりが風魔法で剣の周りに風を纏わせる。

 「ありがと。ちゃー、足場!」

 ボスカルバングに向き直り、その瞳を睨みつけながら剣をかまえてアシェルナオが言うと、ボスカルバングに向けて土の階段が伸びる。

 「ぴか、目つぶし!」

 階段を駆け上がりながらアシェルナオが言うと、ボスカルバングの目の前で閃光が走る。

 目がくらんだボスカルバングがパニックを起こして頭を振り回し、巨大な牙がアシェルナオの前を何度も横切る。

 何度目かのそれが階段を崩し、アシェルナオの体が空中に投げ出された。

 「ぐり、バックアップ! からの、足場! ひぃ、辺りを照らして!」

 空気のクッションで受け止められ、体勢を立て直して空中を飛びあがる。

 ひぃが松明の炎をいくつも作って、あたりを照らす。

 「みっちー、剣に氷を! いくよ!」

 ヴァルを護る。たとえまた死んでしまうことになっても、護る。何度でも、護る。ヴァルは僕が護る。

 強い思いはボスカルバングへの恐怖を軽く凌駕していた。

 雪うさぎマントのアシェルナオはボスカルバングの頭上に向けて跳躍する。

 ボスカルバングの登頂は広く平べったく、安定性のある場所だった。

 クランツが通信機越しに弱点だと言っていた脳天。アシェルナオは躊躇せずに氷を纏ったヴァレリラルドの剣をそこに突き立てる。

 血しぶきがあがったが、ぐりがエアカーテンでアシェルナオが浴びないようにカバーした。

 「ありがと、ぐり」

 雷鳴のような咆哮をあげ、ボスカルバングは前足を持ち上げて背をのけぞらせる。

 アシェルナオは空中に飛び退る。
 
 「みっちー、雨! ぴか、雷っ!」

 ボスカルバングの上だけに強い雨が降り、本物の雷鳴が轟く。

 稲妻が頭頂部に突き刺さった剣に落ち、耳をつんざくような咆哮をあげながらボスカルバングがどぉぉぉんっ、と、地響きを立てて倒れた。

 振動で土埃が舞い、小枝が飛び散った。

 


 薄れゆく意識の中で、ヴァレリラルドは夜空を跳ぶ雪うさぎを見た。夜の闇に輝く白いマントの後ろには丸いふわふわのしっぽがあり、フードからは2つの長い耳が生えていた。

 白いマントからのぞく雪うさぎの足も白くて細い。そのすらりと伸びた足が空中を蹴り、自在に飛び跳ねながら果敢にボスカルバングに挑んでいた。

 可愛い夢を見てるものだ。

 ヴァレリラルドの口元に笑みが浮かぶ。

 やがて地面が揺れ、土埃が舞ったかと思うと、雪うさぎが自分の方に駆けてきた。

 まっててね……大好きだよ……

 途切れる意識の中で、あの時の梛央の言葉に似た言葉が雪うさぎから聞こえた。

 ヴァレリラルドの心は久しぶりに穏やかな安らぎを感じていた。

 
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