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第2部
ど〇でもドア?
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入浴後、寝間着姿でホールの隅に陣取ってリングダールを抱きしめる。
目の前の、庭に出るための大窓には重くカーテンが引かれ、外にはさらに重い闇が広がっているはずだった。
古都エンロートの郊外、ソーメルスの砦のさらに南の麓でヴァレリラルドが戦っている。
そう思うとアシェルナオは気が気ではなく、花弁を耳にあてる。
『ウル、1人で突っ走るな』
『体力温存だぞ』
『平気平気、朝までいけるよー』
『仕方ないやつだ。また来るぞ!』
『殿下、お待たせしました』
『サミュエル、加勢ありがとう』
『クランツ、本当に来たのか』
前線の、ヴァレリラルドの周辺の声が入り混じって聞こえる。
合間に聞こえるヴァレリラルドの声はまだ活力があって、アシェルナオはほっとした時、
「テュコ、サリアン殿、シーグフリード様からの連絡です」
扉が開いて、執事のデュルフェルが扉を守っていた兵士と一緒に飛び込んでくる。
何事かとそっちを向いたアシェルナオの前の空間がわずかに揺らぎ、まるでカーテンを開けるように空間を空けて男が出てきた。
何事が起きているのか、わけがわからず呆然と男を見上げるアシェルナオ。
「ナオ様!」
叫んだのはエルだったか、ルルだったか。
その声に反射的にアシェルナオを振り向いたテュコとサリアンの目に、どこから現れたのか神官服の男が飛び込んできた。
だが、話を聞こうとデュルフェルに歩み寄っていたために初動が遅れた。
「ナオ様!」
アシェルナオに駆け寄りながらテュコが叫んだ。
何もない空間から男が現れた。
ど〇でもドア?
アシェルナオは、小首をかしげる。
何が起きているのか理解できなさすぎて危機感、緊迫感が欠如しているアシェルナオの瞳に、自分の方に男の手が伸ばされる様が映し出される。
それすらも自分ではない誰かの身に起きていることのように呆然と眺めているアシェルナオの耳に、エルかルルの声が意味をなさずに届いて通り過ぎる。
男の手がアシェルナオの腕を掴もうとした瞬間、眩しい光と共に爆風が起こった。
爆風に煽られて男の体が吹き飛ぶ。
同時にアシェルナオの小さな体も飛ばされたが、精霊たちが空気のクッションを作って衝撃を吸収して受け止める。
「ナオ様!」
テュコの声がした。
飛ばされて、体勢を整えようとしたアシェルナオの目の前にもうあの男がいた。
『ナオを護る』
『みんなで護る』
『女神さまに頼まれた』
精霊たちがアシェルナオの前に壁になり、ひぃが男に炎を吹き付ける。
「うがあああぁぁっ」
男が顔を抑え、そして再びアシェルナオに手を伸ばした。
その手がアシェルナオの寝間着の胸元を掴む。
右側に火傷を負って赤くただれた男の顔を間近で見て、アシェルナオはこれが現実に自分の身に起きていることだと実感した。
実感できたが恐怖に心が凍り付いたアシェルナオの体を男が引き寄せる。間近に火傷を負った顔が迫り、アシェルナオは動くことも声を出すこともできなかった。
アシェルナオが男の手に渡る前にサリアンの蹴りが男の顔面にはいる。
男の手から離れたアシェルナオの体が床に投げ出される。火傷を負った場所に強い蹴りをくらった男はたまらずに転げまわったが、立ち上がると、見えない空間に飛び込んだ瞬間に姿が見えなくなった。
「どこだ!」
手を振り回して空間を確かめるサリアンだが、すでにどこにも異常はなかった。
「ナオ様! しっかり!」
テュコは床に投げ出されたアシェルナオを抱き起す。
その瞳は見開かれていたが、何も映してはいなかった。
「アシェルナオ!」
「ナオ!」
ちょうどエルランデル公爵邸の前で合流したシーグフリードとオルドジフたちが混乱している室内に飛び込んできた。
「ナオ様、ナオ様! わかりますか!」
目を見開いたまま反応のないアシェルナオの頬をテュコが何度か軽くたたくと、アシェルナオの瞳が正気を映した。が、すぐに突然目の前に現れた男の、火傷を負って火ぶくれを起こした恐ろしい顔を思い出して、
「ひぃ……いやぁぁぁっ」
恐怖に凍り付いた悲鳴をあげる。
「こわかったですね、もう大丈夫ですよ」
小さな体を抱きしめて、最悪の事態を免れた安心を感じるテュコ。
きつく抱きしめられて、恐怖に凍った心を溶かすように、アシェルナオは声をあげて泣き出した。
「無事でよかった……」
泣いているアシェルナオを見て、間に合ったことに深い息を吐くオルドジフとハッセルバリ。
「どういうことです? ネルダールとは誰なんです?」
突然、ネルダールがアシェルナオを攫いに公爵邸に向かっていると連絡を受けたシーグフリードは、オルドジフに説明を求める。
「ネルダールとは以前私と親交のあったバスロ精霊神殿の神官です。エーマン子爵家の子供が攫われたときに屋敷の近くにとめてあった神殿の荷馬車をとめていた者で、数日前からバスロ精霊神殿から姿を消していました。さきほど中央統括神殿の保管庫に侵入しようとして失敗したものの、うちの神官から、グルンドライスト様が下夜月3の風にエルランデル公爵家の子供に洗礼を授けたという話を聞いてしまったんです」
「知られてしまったのか」
シーグフリードは蒼白になる。
目の前の、庭に出るための大窓には重くカーテンが引かれ、外にはさらに重い闇が広がっているはずだった。
古都エンロートの郊外、ソーメルスの砦のさらに南の麓でヴァレリラルドが戦っている。
そう思うとアシェルナオは気が気ではなく、花弁を耳にあてる。
『ウル、1人で突っ走るな』
『体力温存だぞ』
『平気平気、朝までいけるよー』
『仕方ないやつだ。また来るぞ!』
『殿下、お待たせしました』
『サミュエル、加勢ありがとう』
『クランツ、本当に来たのか』
前線の、ヴァレリラルドの周辺の声が入り混じって聞こえる。
合間に聞こえるヴァレリラルドの声はまだ活力があって、アシェルナオはほっとした時、
「テュコ、サリアン殿、シーグフリード様からの連絡です」
扉が開いて、執事のデュルフェルが扉を守っていた兵士と一緒に飛び込んでくる。
何事かとそっちを向いたアシェルナオの前の空間がわずかに揺らぎ、まるでカーテンを開けるように空間を空けて男が出てきた。
何事が起きているのか、わけがわからず呆然と男を見上げるアシェルナオ。
「ナオ様!」
叫んだのはエルだったか、ルルだったか。
その声に反射的にアシェルナオを振り向いたテュコとサリアンの目に、どこから現れたのか神官服の男が飛び込んできた。
だが、話を聞こうとデュルフェルに歩み寄っていたために初動が遅れた。
「ナオ様!」
アシェルナオに駆け寄りながらテュコが叫んだ。
何もない空間から男が現れた。
ど〇でもドア?
アシェルナオは、小首をかしげる。
何が起きているのか理解できなさすぎて危機感、緊迫感が欠如しているアシェルナオの瞳に、自分の方に男の手が伸ばされる様が映し出される。
それすらも自分ではない誰かの身に起きていることのように呆然と眺めているアシェルナオの耳に、エルかルルの声が意味をなさずに届いて通り過ぎる。
男の手がアシェルナオの腕を掴もうとした瞬間、眩しい光と共に爆風が起こった。
爆風に煽られて男の体が吹き飛ぶ。
同時にアシェルナオの小さな体も飛ばされたが、精霊たちが空気のクッションを作って衝撃を吸収して受け止める。
「ナオ様!」
テュコの声がした。
飛ばされて、体勢を整えようとしたアシェルナオの目の前にもうあの男がいた。
『ナオを護る』
『みんなで護る』
『女神さまに頼まれた』
精霊たちがアシェルナオの前に壁になり、ひぃが男に炎を吹き付ける。
「うがあああぁぁっ」
男が顔を抑え、そして再びアシェルナオに手を伸ばした。
その手がアシェルナオの寝間着の胸元を掴む。
右側に火傷を負って赤くただれた男の顔を間近で見て、アシェルナオはこれが現実に自分の身に起きていることだと実感した。
実感できたが恐怖に心が凍り付いたアシェルナオの体を男が引き寄せる。間近に火傷を負った顔が迫り、アシェルナオは動くことも声を出すこともできなかった。
アシェルナオが男の手に渡る前にサリアンの蹴りが男の顔面にはいる。
男の手から離れたアシェルナオの体が床に投げ出される。火傷を負った場所に強い蹴りをくらった男はたまらずに転げまわったが、立ち上がると、見えない空間に飛び込んだ瞬間に姿が見えなくなった。
「どこだ!」
手を振り回して空間を確かめるサリアンだが、すでにどこにも異常はなかった。
「ナオ様! しっかり!」
テュコは床に投げ出されたアシェルナオを抱き起す。
その瞳は見開かれていたが、何も映してはいなかった。
「アシェルナオ!」
「ナオ!」
ちょうどエルランデル公爵邸の前で合流したシーグフリードとオルドジフたちが混乱している室内に飛び込んできた。
「ナオ様、ナオ様! わかりますか!」
目を見開いたまま反応のないアシェルナオの頬をテュコが何度か軽くたたくと、アシェルナオの瞳が正気を映した。が、すぐに突然目の前に現れた男の、火傷を負って火ぶくれを起こした恐ろしい顔を思い出して、
「ひぃ……いやぁぁぁっ」
恐怖に凍り付いた悲鳴をあげる。
「こわかったですね、もう大丈夫ですよ」
小さな体を抱きしめて、最悪の事態を免れた安心を感じるテュコ。
きつく抱きしめられて、恐怖に凍った心を溶かすように、アシェルナオは声をあげて泣き出した。
「無事でよかった……」
泣いているアシェルナオを見て、間に合ったことに深い息を吐くオルドジフとハッセルバリ。
「どういうことです? ネルダールとは誰なんです?」
突然、ネルダールがアシェルナオを攫いに公爵邸に向かっていると連絡を受けたシーグフリードは、オルドジフに説明を求める。
「ネルダールとは以前私と親交のあったバスロ精霊神殿の神官です。エーマン子爵家の子供が攫われたときに屋敷の近くにとめてあった神殿の荷馬車をとめていた者で、数日前からバスロ精霊神殿から姿を消していました。さきほど中央統括神殿の保管庫に侵入しようとして失敗したものの、うちの神官から、グルンドライスト様が下夜月3の風にエルランデル公爵家の子供に洗礼を授けたという話を聞いてしまったんです」
「知られてしまったのか」
シーグフリードは蒼白になる。
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