191 / 425
第2部
エディを追え
しおりを挟む
俺の名前はエディ。
母ちゃんは娼婦だった。
貴族を相手にする高級娼館の娼婦で、娼館の中では一番綺麗だと評判だった。
子供の俺から見ても美人で、気品があって、昔は裕福な商家の娘だったらしくて芯のしっかりしてた人だった。娼館の女将から頼られて、娼婦仲間からは憧れられる存在だった。
けれど男を見る目だけはなくて、一度好きになったら他のことが見えなくなった。子供ができたと知った途端、相手は娼館に足を向けなくなった。それでも母ちゃんは周囲の反対を押し切って俺を産んだ。
母ちゃんは俺が小さい頃からいろんなことを教えてくれた。俺は母ちゃんが大好きだったけど、母ちゃんは日に日に弱っていった。
ある日、母ちゃんは軽い病気にかかり、俺たちはすぐに治ると思っていたけど、あっという間に死んでしまった。
女将は母ちゃんが不憫だと言って、俺を、一度も会ったことのなかった父ちゃんのところに連れていった。
初めて会った父ちゃんには、結婚したばかりの若い奥さんがいた。父ちゃんは若い奥さんにたくさん言い訳をして、俺を娼館に戻そうとしたけど、女将さんが贔屓の上位貴族に訴えるって言ってそれができなかった。
若い奥さんは俺には無関心で、俺をいないものとして扱った。折檻されるよりはましだったけど、たまに奥さんの父親が来て、俺に出て行けと言って殴ったり蹴ったりした。
痣を作った俺に、父ちゃんも俺を見なくなった。
いないものとして扱われるなら、いなくてもいい。だから俺は出て行くって言ったし、何度か実行もした。
けれどいつも家の門を出る前に連れ戻された。
連れ戻されるのに、俺はそこにはいない人間。いてはいけない人間。6歳だって、それくらいわかる。叩かれなくてもわかる。蹴られなくてもわかる。わかるから俺を出て行かせてほしい。
隙をみつけては逃げ出そうとしていた俺は、気付いたら外にいた。
あんなに外に出たいと願い続けたけれど出られなかったのに、気が付いたら裸で夜の森に寝ていた。
誰かが俺が寝ているあいだに連れ出してくれて、手間賃がわりに服を持って行ったのだろうか。
そう見当をつけながらあたりを見回すと、森の中だが、馬車が通れる幅の道から少しだけ離れたところだった。
俺は森を抜けるまで走った。真っ暗な森は怖かったし、わけがわからなかったが、逃げ出せたことだけはわかったから嬉しかった。
誰も追ってこないうちに、できるだけ遠くへ、遠くへ
やがて森を抜けた俺は、一番近くの家の戸を叩いた。
森で追剥にあった。家族とはバラバラにされたが、こんな時のために落ち合う場所を決めている。でも、服と馬車賃がないと、そこに行けない。
6歳の子供が目に涙を浮かべながら言ったら、手を貸さない大人はいない。
適当な服をもらい、王都の中心まで行ける馬車賃を借りることができた。朝になるのを待って1人で王都に戻った。
前にいた娼館には戻れない。戻ってもまた父ちゃんと若い奥さんのところに連れ戻されるだけだから。
俺は日雇いで働かせてくれるところを探した。
時折り折檻されて、それ以外はいない人間になるよりは1人で生きていく。当分はその日暮らしがやっとでも、いつか絶対一人で身を立ててやる。俺は固く決意した。
「あら、あんたは騎士さまの従士だったのかい?」
通用口から顔を出したメイド頭は騎士姿のブレンドレルを見て、それからマロシュを見た。
「まあ、そのようなものです」
言葉を濁すマロシュに、
「よければ私にも話を聞かせてもらえないか? 体裁だけの事情聴取では本当に必要な情報が手に入らない。ご当主から話を聞くよりもお前たちの情報のほうが役に立つものが多いと思うんだ」
ブレンドレルが人の好い笑顔を見せると、メイド頭も悪い気はしなかった。
「わかりました。どうぞ中へ。ちょっとあなたたち、ここへ来てちょうだい」
ブレンドレルとマロシュを通用口から中へいれると、近くにいた使用人たちを集めた。
「騎士さまがぼっちゃまを探すための手がかりを調べていらっしゃいます。何か知っていることがあったらお話しして」
メイド頭の言葉に、使用人たちは顔を見合わせる。
「お前たちから聞いた話はご当主には言わないから、何でもいいから教えてくれないか? お前たちの話で子供の命が救われるかもしれないんだ」
ブレンドレルは、今度は真摯な顔で呼びかけた。
「あの……ぼっちゃまは、時々いらっしゃる奥様のお父様から折檻をされていました」
メイドの1人がおどおどしながら申し出た。
「それが嫌で、ぼっちゃまは逃げ出そうとしていました。でも、ぼっちゃまを外に出すと私たちが叱られるから……」
「ああ。お前たちは主人の言いつけを守るしかなかったんだ。お前たちに非はない。ぼっちゃまがいなくなった時のことで、何か気づいたことはないか? ぼっちゃまが行きそうな場所に心当たりは?」
「ぼっちゃまは、母親が娼婦で、高級娼館で育ったと聞いています。そこの女将がぼっちゃまをここに連れてきたので、もし娼館に戻ったら女将がまたここに……」
「では娼館に戻る可能性は低いな。他に気が付いたことはないか?」
「あの……」
庭師が恐る恐る前に進み出る。
「なんだ? なんでも言ってくれ」
「関係ないと思いますが、ぼっちゃんがいなくなった日、この近くに精霊神殿の馬車が止まってたのを見ました」
「精霊神殿の馬車か。たまたま通りかかったのか……?」
考え込むブレンドレル。
「あれは孤児院に食料を配布するための荷馬車でした。幌がついていたから中は見えませんでしたが」
母ちゃんは娼婦だった。
貴族を相手にする高級娼館の娼婦で、娼館の中では一番綺麗だと評判だった。
子供の俺から見ても美人で、気品があって、昔は裕福な商家の娘だったらしくて芯のしっかりしてた人だった。娼館の女将から頼られて、娼婦仲間からは憧れられる存在だった。
けれど男を見る目だけはなくて、一度好きになったら他のことが見えなくなった。子供ができたと知った途端、相手は娼館に足を向けなくなった。それでも母ちゃんは周囲の反対を押し切って俺を産んだ。
母ちゃんは俺が小さい頃からいろんなことを教えてくれた。俺は母ちゃんが大好きだったけど、母ちゃんは日に日に弱っていった。
ある日、母ちゃんは軽い病気にかかり、俺たちはすぐに治ると思っていたけど、あっという間に死んでしまった。
女将は母ちゃんが不憫だと言って、俺を、一度も会ったことのなかった父ちゃんのところに連れていった。
初めて会った父ちゃんには、結婚したばかりの若い奥さんがいた。父ちゃんは若い奥さんにたくさん言い訳をして、俺を娼館に戻そうとしたけど、女将さんが贔屓の上位貴族に訴えるって言ってそれができなかった。
若い奥さんは俺には無関心で、俺をいないものとして扱った。折檻されるよりはましだったけど、たまに奥さんの父親が来て、俺に出て行けと言って殴ったり蹴ったりした。
痣を作った俺に、父ちゃんも俺を見なくなった。
いないものとして扱われるなら、いなくてもいい。だから俺は出て行くって言ったし、何度か実行もした。
けれどいつも家の門を出る前に連れ戻された。
連れ戻されるのに、俺はそこにはいない人間。いてはいけない人間。6歳だって、それくらいわかる。叩かれなくてもわかる。蹴られなくてもわかる。わかるから俺を出て行かせてほしい。
隙をみつけては逃げ出そうとしていた俺は、気付いたら外にいた。
あんなに外に出たいと願い続けたけれど出られなかったのに、気が付いたら裸で夜の森に寝ていた。
誰かが俺が寝ているあいだに連れ出してくれて、手間賃がわりに服を持って行ったのだろうか。
そう見当をつけながらあたりを見回すと、森の中だが、馬車が通れる幅の道から少しだけ離れたところだった。
俺は森を抜けるまで走った。真っ暗な森は怖かったし、わけがわからなかったが、逃げ出せたことだけはわかったから嬉しかった。
誰も追ってこないうちに、できるだけ遠くへ、遠くへ
やがて森を抜けた俺は、一番近くの家の戸を叩いた。
森で追剥にあった。家族とはバラバラにされたが、こんな時のために落ち合う場所を決めている。でも、服と馬車賃がないと、そこに行けない。
6歳の子供が目に涙を浮かべながら言ったら、手を貸さない大人はいない。
適当な服をもらい、王都の中心まで行ける馬車賃を借りることができた。朝になるのを待って1人で王都に戻った。
前にいた娼館には戻れない。戻ってもまた父ちゃんと若い奥さんのところに連れ戻されるだけだから。
俺は日雇いで働かせてくれるところを探した。
時折り折檻されて、それ以外はいない人間になるよりは1人で生きていく。当分はその日暮らしがやっとでも、いつか絶対一人で身を立ててやる。俺は固く決意した。
「あら、あんたは騎士さまの従士だったのかい?」
通用口から顔を出したメイド頭は騎士姿のブレンドレルを見て、それからマロシュを見た。
「まあ、そのようなものです」
言葉を濁すマロシュに、
「よければ私にも話を聞かせてもらえないか? 体裁だけの事情聴取では本当に必要な情報が手に入らない。ご当主から話を聞くよりもお前たちの情報のほうが役に立つものが多いと思うんだ」
ブレンドレルが人の好い笑顔を見せると、メイド頭も悪い気はしなかった。
「わかりました。どうぞ中へ。ちょっとあなたたち、ここへ来てちょうだい」
ブレンドレルとマロシュを通用口から中へいれると、近くにいた使用人たちを集めた。
「騎士さまがぼっちゃまを探すための手がかりを調べていらっしゃいます。何か知っていることがあったらお話しして」
メイド頭の言葉に、使用人たちは顔を見合わせる。
「お前たちから聞いた話はご当主には言わないから、何でもいいから教えてくれないか? お前たちの話で子供の命が救われるかもしれないんだ」
ブレンドレルは、今度は真摯な顔で呼びかけた。
「あの……ぼっちゃまは、時々いらっしゃる奥様のお父様から折檻をされていました」
メイドの1人がおどおどしながら申し出た。
「それが嫌で、ぼっちゃまは逃げ出そうとしていました。でも、ぼっちゃまを外に出すと私たちが叱られるから……」
「ああ。お前たちは主人の言いつけを守るしかなかったんだ。お前たちに非はない。ぼっちゃまがいなくなった時のことで、何か気づいたことはないか? ぼっちゃまが行きそうな場所に心当たりは?」
「ぼっちゃまは、母親が娼婦で、高級娼館で育ったと聞いています。そこの女将がぼっちゃまをここに連れてきたので、もし娼館に戻ったら女将がまたここに……」
「では娼館に戻る可能性は低いな。他に気が付いたことはないか?」
「あの……」
庭師が恐る恐る前に進み出る。
「なんだ? なんでも言ってくれ」
「関係ないと思いますが、ぼっちゃんがいなくなった日、この近くに精霊神殿の馬車が止まってたのを見ました」
「精霊神殿の馬車か。たまたま通りかかったのか……?」
考え込むブレンドレル。
「あれは孤児院に食料を配布するための荷馬車でした。幌がついていたから中は見えませんでしたが」
53
お気に入りに追加
959
あなたにおすすめの小説

いつかコントローラーを投げ出して
せんぷう
BL
オメガバース。世界で男女以外に、アルファ・ベータ・オメガと性別が枝分かれした世界で新たにもう一つの性が発見された。
世界的にはレアなオメガ、アルファ以上の神に選別されたと言われる特異種。
バランサー。
アルファ、ベータ、オメガになるかを自らの意思で選択でき、バランサーの状態ならどのようなフェロモンですら影響を受けない、むしろ自身のフェロモンにより周囲を調伏できる最強の性別。
これは、バランサーであることを隠した少年の少し不運で不思議な出会いの物語。
裏社会のトップにして最強のアルファ攻め
×
最強種バランサーであることをそれとなく隠して生活する兄弟想いな受け
※オメガバース特殊設定、追加性別有り
.

不遇の第七王子は愛され不慣れで困惑気味です
新川はじめ
BL
国王とシスターの間に生まれたフィル・ディーンテ。五歳で母を亡くし第七王子として王宮へ迎え入れられたのだが、そこは針の筵だった。唯一優しくしてくれたのは王太子である兄セガールとその友人オーティスで、二人の存在が幼いフィルにとって心の支えだった。
フィルが十八歳になった頃、王宮内で生霊事件が発生。セガールの寝所に夜な夜な現れる生霊を退治するため、彼と容姿のよく似たフィルが囮になることに。指揮を取るのは大魔法師になったオーティスで「生霊が現れたら直ちに捉えます」と言ってたはずなのに何やら様子がおかしい。
生霊はベッドに潜り込んでお触りを始めるし。想い人のオーティスはなぜか黙ってガン見してるし。どうしちゃったの、話が違うじゃん!頼むからしっかりしてくれよぉー!
散々利用されてから勇者パーティーを追い出された…が、元勇者パーティーは僕の本当の能力を知らない。
アノマロカリス
ファンタジー
僕こと…ディスト・ランゼウスは、経験値を倍増させてパーティーの成長を急成長させるスキルを持っていた。
それにあやかった剣士ディランは、僕と共にパーティーを集めて成長して行き…数々の魔王軍の配下を討伐して行き、なんと勇者の称号を得る事になった。
するとディランは、勇者の称号を得てからというもの…態度が横柄になり、更にはパーティーメンバー達も調子付いて行った。
それからと言うもの、調子付いた勇者ディランとパーティーメンバー達は、レベルの上がらないサポート役の僕を邪険にし始めていき…
遂には、役立たずは不要と言って僕を追い出したのだった。
……とまぁ、ここまでは良くある話。
僕が抜けた勇者ディランとパーティーメンバー達は、その後も活躍し続けていき…
遂には、大魔王ドゥルガディスが収める魔大陸を攻略すると言う話になっていた。
「おやおや…もう魔大陸に上陸すると言う話になったのか、ならば…そろそろ僕の本来のスキルを発動するとしますか!」
それから数日後に、ディランとパーティーメンバー達が魔大陸に侵攻し始めたという話を聞いた。
なので、それと同時に…僕の本来のスキルを発動すると…?
2月11日にHOTランキング男性向けで1位になりました。
皆様お陰です、有り難う御座います。

王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?
名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。
そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________
※
・非王道気味
・固定カプ予定は無い
・悲しい過去🐜
・話の流れが遅い
・作者が話の進行悩み過ぎてる
すべてを奪われた英雄は、
さいはて旅行社
BL
アスア王国の英雄ザット・ノーレンは仲間たちにすべてを奪われた。
隣国の神聖国グルシアの魔物大量発生でダンジョンに潜りラスボスの魔物も討伐できたが、そこで仲間に裏切られ黒い短剣で刺されてしまう。
それでも生き延びてダンジョンから生還したザット・ノーレンは神聖国グルシアで、王子と呼ばれる少年とその世話役のヴィンセントに出会う。
すべてを奪われた英雄が、自分や仲間だった者、これから出会う人々に向き合っていく物語。

光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。
みぃ
BL
自宅マンションへ帰る途中の道に淡い光を見つけ、なに? と確かめるために近づいてみると気付けば落ちていて、ぽん、と異世界に放り出された大学生が、年下の騎士に拾われる話。
生活脳力のある主人公が、生活能力のない年下騎士の抜けてるとこや、美しく格好いいのにかわいいってなんだ!? とギャップにもだえながら、ゆるく仲良く暮らしていきます。
何もかも、ふわふわゆるゆる。ですが、描写はなくても主人公は受け、騎士は攻めです。

新しい道を歩み始めた貴方へ
mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。
そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。
その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。
あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。
あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……?
※沢山のお気に入り登録ありがとうございます。深く感謝申し上げます。

風紀“副”委員長はギリギリモブです
柚実
BL
名家の子息ばかりが集まる全寮制の男子校、鳳凰学園。
俺、佐倉伊織はその学園で風紀“副”委員長をしている。
そう、“副”だ。あくまでも“副”。
だから、ここが王道学園だろうがなんだろうが俺はモブでしかない────はずなのに!
BL王道学園に入ってしまった男子高校生がモブであろうとしているのに、主要キャラ達から逃げられない話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる