そのステップは必要ですか?  ~精霊の愛し子は歌を歌って溺愛される~

一 ことり

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第2部

神殿長補佐

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 すでにグルンドライストにはベルンハルドから直接連絡が入っており、対策も講じているということで、オルドジフはハッセルバリと共にフランソン精霊神殿へ馬車で向かった。

 フランソン精霊神殿は貴族街の西に位置し、正面入り口から左側が聖拝や儀式を行う聖堂になっている。

 オルドジフは迷わずに右手にある神官たちの執務と生活の場である神殿内部に足を進めた。

 「オルドジフ殿は以前、ここの神殿長補佐をしていらっしゃったのでしたね」

 勝手知ったるという歩き方のオルドジフの後ろを歩きながらハッセルバリが声をかける。

 「ああ。もうずいぶん前の話だ」

 だが、梛央に出会うよりも前に暮らしていた神殿を懐かしがる心の余裕は、オルドジフにはなかった。

 アシェルナオと同じ日に洗礼を受けた子供が2人、行方不明になったという知らせは、オルドジフの心に暗雲を生じさせていた。

 子供たちの無事と、新たに行方不明になる子供が現れないことを祈りながらも、精霊の愛し子の存在に気づいた誰かがアシェルナオに危害を及ぼすのではないかという不安がぬぐい切れなかった。

 「オルドジフ殿、グルンドライスト様から連絡をいただいております。神殿長補佐のカスパルです。保管庫の状況を調査しておられるとか」

 廊下の前から歩いてきた紺色の髪の痩せた男が急ぎ足で近づいてきた。

 「カスパル殿、事は急を要するため、すぐに保管庫に案内を」

 「はい。神殿長からも許可をいただいております」

 カスパルは洗礼を受けた者の記録を保管している保管庫に2人を案内した。

 「手前にある棚に綴っているのが日付順の洗礼の記録です。記録は3枚取り、一枚がこの綴りに。一枚は貴族の家系ごとの綴りに。もう一枚は国民の記録として王城に送られます。毎日ではなく、ある程度まとめて送ることになっていますが、オルドジフ殿にはこのあたりの説明は不要でしたね」

 「それで、日付ごとの綴りを最近閲覧した者は? 下夜月3の風に洗礼を受けた者はいますか?」

 「閲覧には神殿長の許可が必要です。許可を受けても神殿騎士の監視下で必要な記録のみしか閲覧できません。ここ1月は閲覧の許可を受けた者はいません。下夜月の3の風の記録は……」

 フランソン精霊神殿神殿長の許可を得たカスパルは魔道具の鍵で魔法陣の封印を解除するとガラスケースの中に保管されている豪華な表紙の綴りを開く。

 「……前後の日にちに洗礼を受けた者はいますが、3の風に洗礼を受けた者はいないようです」
 
 「手を煩わせてすまない。助かった。だが、これからも今まで以上に警備を怠らず、厳重な保管をお願いしたい。これはグルンドライスト様の意向だ」

 「わかりました。グルンドライスト様自らが警戒していらっしゃるのであれば、それなりの危機が起こり得る状態なのでしょう。心して警戒にあたります」

 「感謝する」

 オルドジフはカスパルに一礼して、ハッセルバリと共にバロス精霊神殿に向かうべく玄関に急いだ。



 
 バスロ精霊神殿。

 フランソン精霊神殿よりも下位貴族の所属が多いが、その分神殿の雰囲気は明るく、すれ違う神官たちものびやかな表情をしていた。

 「ここには私の顔馴染みがいる。同じ時期に精霊神殿に勤めに上がり、若い頃はともに大聖堂の大図書室で研鑽したものだ。私がフランソン精霊神殿の神殿長補佐になってからは話をする機会は少なくなったが、各地の聖拝の儀式や大聖堂での典礼の儀式などで馴染みの顔を見かけると、その頃を懐かしく思う」

 バスロ精霊神殿に入ってすぐに、オルドジフはここに在籍している顔馴染みの存在を思い出していた。

 「そんな方が。どなたでしょうか。私もお会いしたことがある方でしょうか」

 「ネルダールという神官だ。生真面目で信仰心の厚い男だ」

 「名前は聞いたことがあるような」

 「あまり目立つ男ではないからな。それがネルダールの美徳なんだ」

 言いながらバスロ精霊神殿の内部に入るオルドジフ。

 「お待ちしておりました。グルンドライスト様から連絡をいただいております。保管庫にご案内します」

 神殿内部に入ってすぐのところでバロス神殿の神殿長補佐のペッレが待ち構えていた。

 「頼む。ところでネルダールは元気にしているだろうか」

 「オルドジフ殿はネルダールと懇意に?」

 「もう20年以上前のことだから知る者は少ないと思うが、ともに研鑽を積んだ仲だ」

 「そうでしたか。今日はあいにく不在にしておりますが……」

 歯切れの悪いペッレに、

 「何か問題でも?」
 
 「体調が悪いのではないかと見受けます。顔色が悪いのもですが、ふさぎこみがちになりまして。もともと社交的な性格ではなかったのですが、最近は1人でいることが多いです。気にかけてはいるのですが……」

 「原因に心当たりは?」

 「いいえ。寡黙な性質ではありますが、信仰心の厚さと人望の厚さで周囲から一目置かれる存在です。神殿内の人間関係に変化はありません。私的なところはわかりませんが、実家に何かあったという話は聞いていません」

 オルドジフがペッレの言葉に真剣に耳を傾けるうちに一行は保管庫に到着した。

 ペッレが厳重な魔法陣での施錠を解除し、オルドジフとハッセルバリを中に入れる。

 室内は整然としており、何の異常もないことが一目でわかった。

 「ここが洗礼の儀式の日付ごとの記録を閉じた棚です。奥の棚が家ごとの記録になります。王城へ送る綴りはある程度まとめてから送るために備え付けの小さな保管庫に厳重に保管しています」

 「閲覧の許可を与えたことは? 不審なことが起きたということは?」

 「いいえ。ここ最近で閲覧の許可を与えたことはありません。日々の記録を綴じる際も、必ず2人の神官で行うことにしております」

 「そうか。一応記録綴りの中まで確認することになっているんだが、そうだな、前月の綴りを見せてもらってもいいだろうか」

 オルドジフが申し出ると、ペッレは怪しむことなく先月分の綴りを取り出した。

 綴りをめくり、3の風に洗礼を受けたのが行方不明になった2人だけだということを確認して、安堵してオルドジフは綴りをペッレに返した。

 「フランソン精霊神殿もだが、ここも整然としている。神官がよく仕えているのだろう。ありがとう」

 オルドジフは、異常がないのに情報が洩れていることが異常だと思ったが、それを表情に出さなかった。

 「精霊神殿に仕える者として当然のことですが、そう言っていただけると嬉しく思います。最近お越しいただいたエンゲルブレクト王弟殿下にもお褒めいただいたところです」

 「日頃の行いの成果ということだ。だがくれぐれも厳重な保管と、何かあればすぐに中央へ連絡を頼む」

 オルドジフは言いようのない不安を覚えながら、行方不明の子供が無事に見つかることを祈っていた。


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