そのステップは必要ですか?  ~精霊の愛し子は歌を歌って溺愛される~

一 ことり

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第2部

なぐさめてくれるあなたがいない

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 「ナオ様、だんな様と奥様、シーグフリード様がお見えですよ」

 寝室の扉からテュコが知らせたのは、オルドジフとフォルシウスが部屋を出てすぐだった。

 「はーい」

 寝台で、リングダールをクッション代わりにして体を起こしながらアシェルナオは両親とシーグフリードを待ち受ける。

 やがて寝台の天蓋カーテンの間からオリヴェルたちが姿を見せた。

 「気分はどうだい? アシェルナオ」

 テュコたちが用意した椅子に座り、寝台に体を乗り出すようにオリヴェルは尋ねる。

 「父さま、母さま、兄さま、おはようございます」

 アシェルナオは3人にいつもの愛くるしい笑顔を向ける。

 「元気そうでよかった。アシェルナオが倒れたと聞いてとても心配しましたよ」

 「心配かけてごめんなさい。覚えてないんだけど、具合が悪くなって倒れてお熱が出たらしいです。洗礼式からずっと、楽しいことがいっぱいで、気付かないうちに疲れてたのかな?」

 首を傾げるアシェルナオに、

 「そうか。じゃあ今日はゆっくり休んで、次の楽しいことに備えないとね」

 オリヴェルは手を伸ばしてアシェルナオの頭を撫でる。

 「はい、父さま。今度はなんだろう。楽しみです」

 「お友達とも会えるから、早く元気になりましょうね」

 パウラも手を伸ばしてアシェルナオを抱きしめて頬にキスする。同時にアシェルナオの脳裏に琉歌の顔が浮かび上がる。

 パウラのハグとキスが琉歌とのハグとキスを思い出させたのだ。

 「あ……」

 洗礼式で以前の記憶を取り戻したことで、これまでは思い出しもしなかった晃成と琉歌、薫瑠との記憶が一気に押し寄せていた。

 押し寄せる悲しみに押しつぶされるように、アシェルナオはパウラの胸にしがみつく。

 「どうしたの? アシェルナオ」

 珍しく甘えてくるアシェルナオを愛し気に胸の中に包み込む。

 「悲しい夢を見ていたことを思い出しました」

 涙声になるアシェルナオは次第にしゃくりあげ、声をあげて大泣きを始めた。

 自分だけが幸せでごめんなさい。新しい家族に愛されて、みんなを思い出しもしなくてごめんなさい。

 そんな思いがあとからあとから湧きあがる。

 「あらあら。可愛い甘えん坊さんだこと」

 アシェルナオの背中を叩くパウラのしぐさも琉歌を思い出させた。

 「大丈夫だよ、ここに悲しいことは何もない」

 「父さまも母さまも兄さまもいるからね」

 新しい家族の優しさが、今だけは罪悪感になっていた。




 気がつくと、アシェルナオは寝台の中にいた。

 視界にはリングダールがいた。

 朝はオルドジフの胸の中で気持ちよく目が覚めたのに、それから時間を置かずにパウラの胸の中で泣きながら寝てしまったことを思い出して、アシェルナオはどんよりとした気持ちで起き上がる。

 「ナオ様、起きた? 何かほしいものは? 今日は寝台の中で過ごすんだよ?」

 起き上がったアシェルナオに気づいたサリアンが寝台に歩み寄る。

 「ちょっとだけ起きたい。下でお庭が見たい」

 リングダールを抱えて寝台を降りるアシェルナオに、

 「わかった。ちょっとだけだよ? でも護衛として病み上がりの状態で階段を下ろさせるわけにはいかないから、下までは抱きかかえても?」

 サリアンが申し出る。

 「お仕事なら」

 不本意ながらも頷くアシェルナオ。

 「では私はリングダールを抱っこさせてもらいますよ?」

 テュコがリングダールを受け取ろうと手を伸ばす。

 「ん……テュコはサミュエルじゃないからいいよ」
 
 テュコに言われてアシェルナオは少しだけ躊躇ったが、サミュエルではないので安心だと判断してリングダールを預けた。





 ホールの横の、テラスに続く大窓を開けると、冷たい風が室内に入ってきた。

 アシェルナオは絨毯の上にリングダールを抱いて座る。

 「ナオ様、寒くありませんか?」

 アシェルナオの肩にブランケットを掛けるテュコ。

 「大丈夫。ひぃとぐりが温かい風を送ってくれているから」

 アシェルナオの目の前でひぃとぐりが手をつないで、うんうんと頷いている。

 一年の最初の月である上光月は冬の季節だが、庭では冬の寒さに負けずに花が咲き誇っていた。

 寒さに強い品種の花が多いこともあるが、シルヴマルク王国では花にも精霊が宿っているからだと言われている。

 室内から色とりどりの花を見ながら、アシェルナオは『元気の地』の話を思い出していた。

 まだ梛央が精霊の泉に落ちてきてすぐの頃は、残してきた家族を思って泣くこともあって、そのたびにヴァレリラルドが『元気の地』の話をしてくれた。

 辛いことから立ち直るとき、一気に立ち直ろうとすると反動が来るから、今日1つ元気になったら、明日は休んで、明後日また1つ元気になって、その次の日は1つ後戻り。そしてその次の日は1つ元気になる。そしてじっくりと元気の地を作り上げていくといいと言ってくれたヴァレリラルド。

 たとえ明日1つ後戻りしたって、それは元気の地ができてるってことだと言ってくれたヴァレリラルド。

 さっき1つ後戻りをしてしまったアシェルナオだが、なぐさめてくれるヴァレリラルドはいなかった。

 「ヴァル……」

 花を眺めながら、声にならないくらいの小さな声でアシェルナオは呟く。

 シアンハウスで、梛央が誰とも話をせずに、寝台の厚い天蓋の布の中でだけ過ごしていた頃、ヴァレリラルドが自分で選んで花束を贈ってくれたことが昨日のことのようだった。

 だが実際は11年近くの歳月が経っていて、ヴァレリラルドと自分の間には大きな壁がある。

 自分はまだ、後戻りしているというのに。

 アシェルナオが悲し気に瞳を伏せると、

 『ナオ、大丈夫?』

 『ナオ、悲しい?』

 『ナオ、あいつにまたぱちぱちしてこようか?』

 精霊たちがアシェルナオを気遣う。

 「大丈夫だよ」

 そう言うと、すぅっと息を吸う。



  目覚めた朝の贈り物

  あなたが慣れない手つきで摘んだ

  私を思って選んだ花たち

  色とりどりの思いに包まれて

  あれが私の恋のはじまり



  日差しを浴びて仰ぐ空

  あなたの優しいまなざしに

  静かにほころぶ蕾

  花の美しさに心がふれて

  あれが私の幸せだった



  あの時にこの気持ちを知っていれば

  もっと伝えることがあったのに

  あの時の花を集めれば

  あなたに私の気持ちは伝わりますか?

  花よ私の心を
 
  あの人に今届けてほしい



 アシェルナオの、声変わり前の美しく清らかな歌声が響き渡る。

 それは恋の歌というには寂寥感にあふれていて胸をしめつける、けれど心を魅了する歌声だった。 
 

 
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