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第2部
僕、小さくなってる……
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エルランデル公爵家の広大な敷地に建つ精霊神殿。
個人の所有する神殿だから規模こそ小さいものの、専用の馬車寄せもついた美しいフォルムの神殿だった。
入り口の扉を開けると正面に花をモチーフにした幾何学模様のステンドグラスと、精霊を女性の形としてあらわした女神像が設置されている。
女神像の前の壇上には、聖職者の最高位である白い祭服を身に着けたグルンドライストと、補佐役のオルドジフ、フォルシウスが並んで立っている。
中央の通路を挟んだ左手の長椅子にオリヴェル、パウラ、シーグフリードが座り、右手の長椅子にベルンハルド、ローセボーム、サミュエル、ケイレブ、サリアンが座って今日の主役の登場を待っていた。
精霊の愛し子であるアシェルナオの洗礼式は国王であるベルンハルドも参席する、極秘中の極秘の儀式として行われることになっており、神殿の中には護衛役としてのケイレブとサリアンがいるものの、侍従も中には入れない厳戒態勢だった。
やがて神殿の扉がデュルフェルによって開けられる。
そこには白い衣装に身を包み、上部の髪を後ろの中央で編み込んだ普段よりも大人びて見えるアシェルナオが、テュコを従えて、少し緊張した面持ちで立っていた。
正面にいるグルンドライストとローセボーム、公爵家の者たちは知らなかったが、その他の者たちはアシェルナオが着ている衣装があの日の、光に包まれて消えてしまった梛央が着ていた衣装とそっくりであることに気づいて目を瞠る。
本来であれば梛央が洗礼を受ける時に着るはずだった衣装。
それを身に着けて洗礼に臨むアシェルナオに人々は、梛央を失った悲しみと、アシェルナオがこの世に生まれ落ちた喜びの両方を感じていた。
また、何か自分の知らない感情に呑み込まれている人たちがいて、アシェルナオは不安げに瞳を揺らす。
「さあ、こちらへおいで。精霊の愛し子よ」
長い白髪と長い白髭。それに白い祭服を纏ったグルンドライストは励ますように声をかける。
それに応えるように、稀有な美しさを持つアシェルナオはゆっくりと歩を進め、グルンドライストの前に立った。
シルヴマルク王国の各地に多数散在する精霊神殿のすべての神殿長のトップであるグルンドライストは、アシェルナオの前に跪いて指を組み、祈りを捧げる。
実際は精霊神殿のトップが、これから洗礼を受ける子供に跪くことなどありえないのだが、洗礼を受けるのは初めてのアシェルナオは、こういうものなんだ、と神妙な顔で成り行きを見ていた。
祈りを捧げ終わるとグルンドライストは慈しむような目でアシェルナオを見つめた。
「アシェルナオ・エルランデル。この洗礼をもって、あなた様は精霊から魂が与えられます。あなた様にとっては試練でもあるかもしれませんが、精霊神から大いなる祝福と加護が御身に与えられましょう。この聖杯の中には精霊の泉で汲んだ聖水が入っております。この水をあなた様の額につけたとき、あなた様に精霊の魂が宿ります。ご参席のみなさまもどうぞご一緒にご祝福をお願いします」
グルンドライストの言葉を受けて、オルドジフが聖水の入った聖杯を差し出す。
グルンドライストは聖杯の水に指を浸し、聖水を纏った指をアシェルナオの額に近づけた。
黒曜石の瞳を閉じるアシェルナオの額にグルンドライストの指が触れる。
その瞬間、アシェルナオの中に記憶の逆流が起きた。
9歳のアシェルナオ、8歳のアシェルナオ、7歳のアシェルナオ、6歳のアシェルナオ……生まれたばかりのアシェルナオにベルンハルドが泣きながら祈りを捧げている姿、ヴァレリラルドの叫び声、晃成、琉歌、薫瑠とのやりとり、シモンの姿、エンロートでのこと、旅のこと、カルムの夏の離宮、リータの村、シアンハウス、精霊の泉、車のライト、車の中でのこと、晃成に叩かれたこと、ダンスに夢中になったこと、高校生、中学生、小学生、保育園、秋葉梛央として生まれた日……。
そこまで遡って、今度はそこからの人生が順に怒涛のように流れ込んできた。
「うわあああああああああああああ」
10歳になったばかりの心と体には膨大すぎる量の情報が一気に入ってきて、アシェルナオは悲鳴を上げながら体から力を抜く。
アシェルナオの体が床につく前にオルドジフが抱きとめたが、パウラは青ざめた顔でそれを見ていた。
「アシェルナオ!」
「ナオ様」
オリヴェルやシーグフリード、テュコがオルドジフに抱かれたアシェルナオに駆け寄る。
「待っ……て……待って……なに……これ、なに……なんで……」
オルドジフの腕の中で頭を抱えていたアシェルナオは、ゆっくりと頭から手を離す。
その手は梛央の手と比べると二回り以上小さかった。
梛央として生きてきた記憶もあるが、アシェルナオとして生きてきた10年間の記憶もあり、戸惑いながら自分の足で立ち上がる。
「ドーさん、サリアン、ケイレブ……テュコ……テュコ、大きくなって……4年前から知ってるけど、可愛かったのにイケメンになってるショックが今きた……僕の方が先に大人になってムキムキでかっこよくなってるはずだったのに、僕、小さくなってる……ゼロからじゃなくマイナスからのスタートなんて」
立ち上がったのに周囲の者たちの顔がずっと上の方にあって、特に自分と同じくらいの身長だったテュコが周りの大人たちと同等の身長になっていることにアシェルナオはショックを受けていた。
「思い出したんですね、ナオ様」
テュコは跪いてナオに手を伸ばすと、きつく抱きしめる。
「うん、テュコ。アイナとドリーンも一緒に、ずっと僕のそばにいてくれてありがとう」
カルムの街では自分の方がテュコを庇っていたのに、大人になったテュコはアシェルナオが抱きしめ返すと手が回らないくらいに大きかった。
「約束しましたよ、ナオ様。私たちはずっとナオ様と一緒です、と」
「ナオ」
テュコと、梛央として再会を喜んでいたアシェルナオの前にベルンハルドが歩み出る。
「ベルっち?」
ベルンハルドはアシェルナオの前に跪いた。
個人の所有する神殿だから規模こそ小さいものの、専用の馬車寄せもついた美しいフォルムの神殿だった。
入り口の扉を開けると正面に花をモチーフにした幾何学模様のステンドグラスと、精霊を女性の形としてあらわした女神像が設置されている。
女神像の前の壇上には、聖職者の最高位である白い祭服を身に着けたグルンドライストと、補佐役のオルドジフ、フォルシウスが並んで立っている。
中央の通路を挟んだ左手の長椅子にオリヴェル、パウラ、シーグフリードが座り、右手の長椅子にベルンハルド、ローセボーム、サミュエル、ケイレブ、サリアンが座って今日の主役の登場を待っていた。
精霊の愛し子であるアシェルナオの洗礼式は国王であるベルンハルドも参席する、極秘中の極秘の儀式として行われることになっており、神殿の中には護衛役としてのケイレブとサリアンがいるものの、侍従も中には入れない厳戒態勢だった。
やがて神殿の扉がデュルフェルによって開けられる。
そこには白い衣装に身を包み、上部の髪を後ろの中央で編み込んだ普段よりも大人びて見えるアシェルナオが、テュコを従えて、少し緊張した面持ちで立っていた。
正面にいるグルンドライストとローセボーム、公爵家の者たちは知らなかったが、その他の者たちはアシェルナオが着ている衣装があの日の、光に包まれて消えてしまった梛央が着ていた衣装とそっくりであることに気づいて目を瞠る。
本来であれば梛央が洗礼を受ける時に着るはずだった衣装。
それを身に着けて洗礼に臨むアシェルナオに人々は、梛央を失った悲しみと、アシェルナオがこの世に生まれ落ちた喜びの両方を感じていた。
また、何か自分の知らない感情に呑み込まれている人たちがいて、アシェルナオは不安げに瞳を揺らす。
「さあ、こちらへおいで。精霊の愛し子よ」
長い白髪と長い白髭。それに白い祭服を纏ったグルンドライストは励ますように声をかける。
それに応えるように、稀有な美しさを持つアシェルナオはゆっくりと歩を進め、グルンドライストの前に立った。
シルヴマルク王国の各地に多数散在する精霊神殿のすべての神殿長のトップであるグルンドライストは、アシェルナオの前に跪いて指を組み、祈りを捧げる。
実際は精霊神殿のトップが、これから洗礼を受ける子供に跪くことなどありえないのだが、洗礼を受けるのは初めてのアシェルナオは、こういうものなんだ、と神妙な顔で成り行きを見ていた。
祈りを捧げ終わるとグルンドライストは慈しむような目でアシェルナオを見つめた。
「アシェルナオ・エルランデル。この洗礼をもって、あなた様は精霊から魂が与えられます。あなた様にとっては試練でもあるかもしれませんが、精霊神から大いなる祝福と加護が御身に与えられましょう。この聖杯の中には精霊の泉で汲んだ聖水が入っております。この水をあなた様の額につけたとき、あなた様に精霊の魂が宿ります。ご参席のみなさまもどうぞご一緒にご祝福をお願いします」
グルンドライストの言葉を受けて、オルドジフが聖水の入った聖杯を差し出す。
グルンドライストは聖杯の水に指を浸し、聖水を纏った指をアシェルナオの額に近づけた。
黒曜石の瞳を閉じるアシェルナオの額にグルンドライストの指が触れる。
その瞬間、アシェルナオの中に記憶の逆流が起きた。
9歳のアシェルナオ、8歳のアシェルナオ、7歳のアシェルナオ、6歳のアシェルナオ……生まれたばかりのアシェルナオにベルンハルドが泣きながら祈りを捧げている姿、ヴァレリラルドの叫び声、晃成、琉歌、薫瑠とのやりとり、シモンの姿、エンロートでのこと、旅のこと、カルムの夏の離宮、リータの村、シアンハウス、精霊の泉、車のライト、車の中でのこと、晃成に叩かれたこと、ダンスに夢中になったこと、高校生、中学生、小学生、保育園、秋葉梛央として生まれた日……。
そこまで遡って、今度はそこからの人生が順に怒涛のように流れ込んできた。
「うわあああああああああああああ」
10歳になったばかりの心と体には膨大すぎる量の情報が一気に入ってきて、アシェルナオは悲鳴を上げながら体から力を抜く。
アシェルナオの体が床につく前にオルドジフが抱きとめたが、パウラは青ざめた顔でそれを見ていた。
「アシェルナオ!」
「ナオ様」
オリヴェルやシーグフリード、テュコがオルドジフに抱かれたアシェルナオに駆け寄る。
「待っ……て……待って……なに……これ、なに……なんで……」
オルドジフの腕の中で頭を抱えていたアシェルナオは、ゆっくりと頭から手を離す。
その手は梛央の手と比べると二回り以上小さかった。
梛央として生きてきた記憶もあるが、アシェルナオとして生きてきた10年間の記憶もあり、戸惑いながら自分の足で立ち上がる。
「ドーさん、サリアン、ケイレブ……テュコ……テュコ、大きくなって……4年前から知ってるけど、可愛かったのにイケメンになってるショックが今きた……僕の方が先に大人になってムキムキでかっこよくなってるはずだったのに、僕、小さくなってる……ゼロからじゃなくマイナスからのスタートなんて」
立ち上がったのに周囲の者たちの顔がずっと上の方にあって、特に自分と同じくらいの身長だったテュコが周りの大人たちと同等の身長になっていることにアシェルナオはショックを受けていた。
「思い出したんですね、ナオ様」
テュコは跪いてナオに手を伸ばすと、きつく抱きしめる。
「うん、テュコ。アイナとドリーンも一緒に、ずっと僕のそばにいてくれてありがとう」
カルムの街では自分の方がテュコを庇っていたのに、大人になったテュコはアシェルナオが抱きしめ返すと手が回らないくらいに大きかった。
「約束しましたよ、ナオ様。私たちはずっとナオ様と一緒です、と」
「ナオ」
テュコと、梛央として再会を喜んでいたアシェルナオの前にベルンハルドが歩み出る。
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ベルンハルドはアシェルナオの前に跪いた。
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