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第2部
公爵家の打ち明け話
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アシェルナオはアイナとドリーンと一緒に、リングダールを半ば引きずってサロンの隅の方に行くと、絨毯に座って遊び始める。
「アシェルナオって、あの黒髪と黒い瞳って、ナオ様……ですよね? ですよね? 父上、そうでしょう?」
テュコは身を震わせながらティモを見る。
宰相である父ならば、いや、サミュエルが言っていた知っているクチである者たちならば、すべてを知っているはずだった。
「どういうことなんだよ、おっさん。ちゃんと説明してくれ」
「ナオ様だよ、あれはナオ様だ……だって、噛んでたじゃない……。噛んで、それをなかったことにする、あれはナオ様だ」
サリアンは両手で顔を覆って肩を震わせる。
「お前たちが、どれほどナオの死を悼んでいるのか、知っていて口止めさせていた。すまない」
苦渋の表情を見せるベルンハルドに、
「みなさん、戸惑っておいででしょう。まずは私たちの話を聞いていただけますか?」
オリヴェルはそう言うと、神妙な顔で人々を見回した。
頷く人々に、シーグフリード、パウラも席に着き、デュルフェルがそれぞれの前にティーカップを置く。
オリヴェルは大きく息を吸い、それを吐き出すと、話を始めた。
「7年近く前のことになります。あとで陛下に聞いたところでは、愛し子様が王城でお倒れになられた日の夜ということでした。就寝していた私は夢を見ていました。夢の中にはパウラもいて、私たちの前には手のひらに収まるくらいの優しい光がありました。その光は言葉ではなく、私たちの心に直接話しかけてきました」
そこで話を区切ると、オリヴェルはパウラを見た。
パウラは頷くと、夫のあとを受けて話始める。
「光は私たちにこうおっしゃいました。『あなたたちに私の愛し子の命を託したい』と。その光が精霊を統べる神であることが、言葉ではなく感覚として伝わってきました」
「光って、エンロートの古城からソーメルスの砦まで導いてくれたものと同じ光ではないのか?」
ケイレブがオルドジフに意見を求める。
「おそらく。精霊より上位の存在だとは感じたが、神だったとは。いずれにしてもナオ様を救ってくれた存在には違いない。失礼しました。どうぞ続きをお願いします」
オルドジフが言うと、パウラは頷いた。
「私たちは結婚してすぐにシーグフリードを授かったものの、次の子をなかなか授かることができずにいました。夫は子供が一人でも問題はないと言ってくれていましたが、周囲には夫に第二夫人を娶るように勧める者もおりました。私は、私こそが夫にそれを勧めるべきではないか、そうするのが公爵夫人としての務めではないかと悩んでおりました。ですから私は強く子供を望んではおりましたが、だからといって愛し子様を授かるのは大役過ぎるのではないか、と、私は神の言葉に迷いました。そんな私に神はこうおっしゃったのです。『愛し子は、前の世界で親兄弟と悲しい別れをしてきた。私は愛し子に優しい家族を与えたい』。その言葉に、私の迷いは消えました。悲しい別れをしてきた愛し子様が私たちのもとに来てくださるのならば、私たちは全力で慈しみたい。そう思ったのです。私は、喜んでお迎えいたしますと神に告げ、夫も自分たちの子供として慈しむことを神に誓ってくれました。神の光から小さな光が生まれ、その光が私のお腹に吸い込まれました。そして私はあの子を身籠ったのです」
パウラの視線の先には、リングダールに埋もれてきゃっきゃと楽し気に遊ぶアシェルナオがいた。
「その翌日、うちうちの話として愛し子様の出現と崩御の話を聞きました。私はその日のうちに陛下に謁見を望み出て、ご託宣があったことを報告しました」
そう言うと、オリヴェルは今度はベルンハルドに視線を向ける。
「報告を受けて、絶望の底から一縷の希望の光が差した。だが、だからと言って公表できる話ではなかった。それが事実だという確証がなかったし、隠し通すほうが安全だという思いもあったからな。だからオリヴェルの話は私とローセボームだけの中にとどめることとした。そして数ケ月後に生まれた赤子は黒い目、黒い瞳をしていたのだ」
「あ、痣は」
テュコは身を乗り出してベルンハルドに尋ねる。
「ナオの時に報告を受けていたよ。足の付け根の五弁の花の痣のことだな。アシェルナオにも確かにその痣がある」
その言葉に、テュコは崩れ落ちるようにテーブルに突っ伏した。
「あぁ……なんという僥倖……よかった……」
「生後一ヶ月の命名式にはオリヴェル、パウラ、シーグフリードと私とローセボームが出席し、グルンドライストが立ち会って『アシェルナオ』と名付けたのだ」
「アシェルナオ……」
その名前にも確かに梛央がいて、テュコは噛みしめるように呟く。
その声が聞こえたわけではないだろうが、アシェルナオがリングダールを引きずりながら駆けてきた。
「とたま、とたま」
「なんだい、アシェルナオ」
オリヴェルは、神に誓った通りに慈しんでいる表情でアシェルナオを見やる。
「今日はグルグルは来ないのですか?」
「ああ。今日はグルンドライスト殿は見えないんだよ」
「そうなのですか。ナオ、グルグルの『たかいたかい』たのしみでした」
しょんぼりするアシェルナオに、いくら幼児相手でも高齢のグルンドライストでは『たかいたかい』すると腰が痛かろう、とフォルシウスは納得した。
「父上、陛下、公爵」
テュコは勢いよく立ち上がると、ティモ、ベルンハルド、オリヴェルを順に見る。
「急にどうした」
「どうか、私をまた、ナオ様の侍従に任じてください。お願いします」
その場で直角に腰を折り、思いの丈をぶつけるように懇願するテュコ。
「いや、任じてくれと言ってもなぁ、ローセボーム」
ベルンハルドはこの6、7年で見違えるように立派な青年に成長したテュコを困惑気に見る。
「さようでございますね。また任じろと言われても、ですねぇ」
同じく困った顔を主君とオリヴェルに向けるローセボーム。
「お願いします。私はもう二度とナオ様のおそばを離れたくないんです」
深く深く頭を下げるテュコに、
「テュコ、顔をあげるんだ」
ベルンハルドは重々しい口調で言った。
「アシェルナオって、あの黒髪と黒い瞳って、ナオ様……ですよね? ですよね? 父上、そうでしょう?」
テュコは身を震わせながらティモを見る。
宰相である父ならば、いや、サミュエルが言っていた知っているクチである者たちならば、すべてを知っているはずだった。
「どういうことなんだよ、おっさん。ちゃんと説明してくれ」
「ナオ様だよ、あれはナオ様だ……だって、噛んでたじゃない……。噛んで、それをなかったことにする、あれはナオ様だ」
サリアンは両手で顔を覆って肩を震わせる。
「お前たちが、どれほどナオの死を悼んでいるのか、知っていて口止めさせていた。すまない」
苦渋の表情を見せるベルンハルドに、
「みなさん、戸惑っておいででしょう。まずは私たちの話を聞いていただけますか?」
オリヴェルはそう言うと、神妙な顔で人々を見回した。
頷く人々に、シーグフリード、パウラも席に着き、デュルフェルがそれぞれの前にティーカップを置く。
オリヴェルは大きく息を吸い、それを吐き出すと、話を始めた。
「7年近く前のことになります。あとで陛下に聞いたところでは、愛し子様が王城でお倒れになられた日の夜ということでした。就寝していた私は夢を見ていました。夢の中にはパウラもいて、私たちの前には手のひらに収まるくらいの優しい光がありました。その光は言葉ではなく、私たちの心に直接話しかけてきました」
そこで話を区切ると、オリヴェルはパウラを見た。
パウラは頷くと、夫のあとを受けて話始める。
「光は私たちにこうおっしゃいました。『あなたたちに私の愛し子の命を託したい』と。その光が精霊を統べる神であることが、言葉ではなく感覚として伝わってきました」
「光って、エンロートの古城からソーメルスの砦まで導いてくれたものと同じ光ではないのか?」
ケイレブがオルドジフに意見を求める。
「おそらく。精霊より上位の存在だとは感じたが、神だったとは。いずれにしてもナオ様を救ってくれた存在には違いない。失礼しました。どうぞ続きをお願いします」
オルドジフが言うと、パウラは頷いた。
「私たちは結婚してすぐにシーグフリードを授かったものの、次の子をなかなか授かることができずにいました。夫は子供が一人でも問題はないと言ってくれていましたが、周囲には夫に第二夫人を娶るように勧める者もおりました。私は、私こそが夫にそれを勧めるべきではないか、そうするのが公爵夫人としての務めではないかと悩んでおりました。ですから私は強く子供を望んではおりましたが、だからといって愛し子様を授かるのは大役過ぎるのではないか、と、私は神の言葉に迷いました。そんな私に神はこうおっしゃったのです。『愛し子は、前の世界で親兄弟と悲しい別れをしてきた。私は愛し子に優しい家族を与えたい』。その言葉に、私の迷いは消えました。悲しい別れをしてきた愛し子様が私たちのもとに来てくださるのならば、私たちは全力で慈しみたい。そう思ったのです。私は、喜んでお迎えいたしますと神に告げ、夫も自分たちの子供として慈しむことを神に誓ってくれました。神の光から小さな光が生まれ、その光が私のお腹に吸い込まれました。そして私はあの子を身籠ったのです」
パウラの視線の先には、リングダールに埋もれてきゃっきゃと楽し気に遊ぶアシェルナオがいた。
「その翌日、うちうちの話として愛し子様の出現と崩御の話を聞きました。私はその日のうちに陛下に謁見を望み出て、ご託宣があったことを報告しました」
そう言うと、オリヴェルは今度はベルンハルドに視線を向ける。
「報告を受けて、絶望の底から一縷の希望の光が差した。だが、だからと言って公表できる話ではなかった。それが事実だという確証がなかったし、隠し通すほうが安全だという思いもあったからな。だからオリヴェルの話は私とローセボームだけの中にとどめることとした。そして数ケ月後に生まれた赤子は黒い目、黒い瞳をしていたのだ」
「あ、痣は」
テュコは身を乗り出してベルンハルドに尋ねる。
「ナオの時に報告を受けていたよ。足の付け根の五弁の花の痣のことだな。アシェルナオにも確かにその痣がある」
その言葉に、テュコは崩れ落ちるようにテーブルに突っ伏した。
「あぁ……なんという僥倖……よかった……」
「生後一ヶ月の命名式にはオリヴェル、パウラ、シーグフリードと私とローセボームが出席し、グルンドライストが立ち会って『アシェルナオ』と名付けたのだ」
「アシェルナオ……」
その名前にも確かに梛央がいて、テュコは噛みしめるように呟く。
その声が聞こえたわけではないだろうが、アシェルナオがリングダールを引きずりながら駆けてきた。
「とたま、とたま」
「なんだい、アシェルナオ」
オリヴェルは、神に誓った通りに慈しんでいる表情でアシェルナオを見やる。
「今日はグルグルは来ないのですか?」
「ああ。今日はグルンドライスト殿は見えないんだよ」
「そうなのですか。ナオ、グルグルの『たかいたかい』たのしみでした」
しょんぼりするアシェルナオに、いくら幼児相手でも高齢のグルンドライストでは『たかいたかい』すると腰が痛かろう、とフォルシウスは納得した。
「父上、陛下、公爵」
テュコは勢いよく立ち上がると、ティモ、ベルンハルド、オリヴェルを順に見る。
「急にどうした」
「どうか、私をまた、ナオ様の侍従に任じてください。お願いします」
その場で直角に腰を折り、思いの丈をぶつけるように懇願するテュコ。
「いや、任じてくれと言ってもなぁ、ローセボーム」
ベルンハルドはこの6、7年で見違えるように立派な青年に成長したテュコを困惑気に見る。
「さようでございますね。また任じろと言われても、ですねぇ」
同じく困った顔を主君とオリヴェルに向けるローセボーム。
「お願いします。私はもう二度とナオ様のおそばを離れたくないんです」
深く深く頭を下げるテュコに、
「テュコ、顔をあげるんだ」
ベルンハルドは重々しい口調で言った。
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