そのステップは必要ですか?  ~精霊の愛し子は歌を歌って溺愛される~

一 ことり

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第1部

初めての喧嘩

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 コトニスとワニナの引く大きな馬車に梛央とヴァレリラルドとそれぞれの護衛、そしてテュコとオルドジフが乗り、アイナとドリーンは他の使用人と別の馬車に乗って古城を出発した。

 「ドーさんとお出かけするの、初めてだね」

 馬車の中で梛央が上機嫌でオルドジフに話しかける。

 「ナオは父上と出かけることはなかったの?」

 ジェラシーを感じながらヴァレリラルドが尋ねる。

 「僕が小さい頃は海外公演についていったこともあるんだけど、小学校に入学してからはあんまり。カオルは時々ついて行ってたけど……。今ならわかるんだ。父さんは僕が大好きだったけど、どう接していいかわからなかったんだ、って。僕が、もっと甘えればよかったんだ、って。でもお互い遠慮して、言いたいこと言えなくて、素直じゃなかったなぁ、って。僕と父さん、顔は似てないけど、性格は似てたみたい」

 梛央は照れたように笑う。

 夢の中ででも、大好きだと言われたことが、晃成への蟠りを消し去っていた。

 「だからオルドジフに甘えてるの?」

 自分でも意地悪なことを言っている、と思いながらヴァレリラルドは言った。せっかく梛央と出かけているのに、梛央の一番がオルドジフになっているのがヴァレリラルドの癪に障っていた。

 ヴァレリラルドの発言に、サリアンとテュコが目を瞠る。

 「ドーさんはドーさんだから、ドーさんに甘えてるんだよ」

 なんとなく嫌な感じがして、梛央はヴァレリラルドから顔をそむける。

 「殿下、ナオ様は私に甘えてるのではありません。私がナオ様を甘やかしてるんです。全力で。私は独身ですが、今の私は可愛い子供の父親なんです!」

 きっぱり言い切るオルドジフに、梛央が抱き着く。

 「ドーさん、大好き」

 くすぐったそうに笑うオルドジフの顔は怖かったが、梛央にはこの上なく優しい笑顔に見えた。



 
 
 古城を出て1時間ほどした山あいで馬車は止まった。

 先にケイレブとサリアンが馬車を折り、ついでヴァレリラルドが馬車を降りる。

 「殿下、少々進言させていただきますがよろしいでしょうか。さきほどの発言についてです。私はナオ様がオルドジフ殿に甘えて、オルドジフ殿が甘やかして、それでナオ様の精神が安定しているのだから推奨してさえいます。殿下はナオ様がソーメルスの砦から保護されてきてからの数日間がどんなものだったかわかりますか? それを献身的に支えたオルドジフ殿は本当の父親のようでした。オルドジフ殿が父親として支えていなければ、ナオ様はずっと精神に異常をきたしたままだったかもしれないんです。辛い思いを乗り越えて戻って来てくれたナオ様が正気を保っていられるのなら、どれだけでもオルドジフ殿に甘えてほしいです」

 梛央が馬車を降りる前に、ヴァレリラルドの前で仁王立ちになったサリアンが小声だが早口でまくしたてる。

 「殿下、サリーが敬語になるときは本気でキレてる時ですよ。そういう時は早めにごめんなさいしたほうがいいですよ」

 のんびりとした口調のケイレブに言われたが、ヴァレリラルドにもわかっていたことだった。

 「……ごめんなさい」

 小さい声で謝るヴァレリラルド。

 「謝る相手は私ではないでしょう? ナオ様が大好きなのに、嫌われてしまいますよ」

 サリアンに言われてヴァレリラルドは馬車の扉の前に立つ。

 馬車を降りようとする梛央に手を差し伸べて、
 
 「ナオ、さっきはごめんなさい。ナオがオルドジフと楽しそうだったから、意地悪言った」

 しょげた顔でヴァレリラルドは謝った。

 「いい? ヴァル。好きな子に意地悪するのは子供のすることだからね?」

 「はい。ごめんなさい」

 泣きそうなヴァレリラルドに、梛央はヴァレリラルドの手に自分の手を置いた。

 「ナオ……」
 
 「ドーさんはドーさん、ヴァルはヴァルだからね。せっかくのお出かけだから、楽しもう?」

 「うん」

 ヴァレリラルドは笑顔で頷いた。
 
 




 「ここ?」

 山すそを川が流れ、樹木が川面にせりだすように枝を伸ばしている。川の淵は河原になっていた。

 ヴァレリラルドに手を引かれて馬車を降りると、梛央は小首をかしげる。

 「ここに天幕を張って、騎士のみなさんとも一緒に食事をしましょう。ナオ様は大勢で食事をするのはお好きですよね?」

 「みんなで? 一緒に? うん、好き」

 テュコの提案に、梛央はすぐに頷いた。

 「ナオ様、支度ができるまで殿下と散策されませんか?」

 「わかった。ヴァル、石投げしよう。僕得意なんだ」

 ケイレブに言われて、梛央はヴァレリラルドと手をつないだまま河原に行く。

 「石投げ? 石を投げるのに得手不得手があるの?」

 ヴァレリラルドは首をひねる。

 「あるんだよ。じゃあヴァル、石を選んで。小さすぎなくて、大きすぎない程度のやつね」

 河原でつないでいた手を離すと、梛央とヴァレリラルドはそれぞれ石選びをする。

 「ヴァル、いい?」

 納得のできる石を見つけた梛央はヴァレリラルドに声をかける。

 「うん、いいよ」

 「じゃあ、僕からね。見てて」

 そう言うと梛央は河原から川に向けて石を投げた。

 石は水面で何度も跳ねた。跳ねた円形の波紋が次々にできていき、ヴァレリラルドも目を輝かす。

 「1,2,3,4,5,6,7,8,9……10回!」

 「ナオ、すごい!」

 「でしょ。これはね、水切りって言って、何回石を跳ねさせるかを競う遊びなんだ。ヴァルも投げてみて?」

 「うん、こんな感じかな?」

 ヴァレリラルドもナオを真似てやってみるが、石は一度だけ跳ねて川に沈んだ。

 「初めてで跳ねさせるの、すごいよ」

 「そうかな? どうしたらナオみたいにできる?」

 「コツがあるんだよ」

 梛央とヴァレリラルドは、いかにも子供が楽し気に遊んでいるという様子で、梛央が元気に笑って遊ぶ姿は人々を安心させ、幸せな気持ちにさせた。

 やがて梛央が15回、ヴァレリラルドが8回まで石を跳ねさせることができたところで、

 「んっ、んっ」

 見守っていたケイレブが咳払いをした。
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