そのステップは必要ですか?  ~精霊の愛し子は歌を歌って溺愛される~

一 ことり

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第1部

幸せな涙

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 水分を補給し、しばらく休んだおかげで、梛央は大事に至る前に症状が改善していた。

 だが、

 「馬車をこの店の前につけさせます。今日はこれで帰りましょう」

 エンゲルブレクトが市場散策の終わりを告げる。

 楽しかったし、まだ楽しみたかったが、きっと大人の事情的なものもあるのだろうと梛央は思った。

 この散策でたくさんの護衛騎士を地元民に紛れさせて警護させているし、王弟であるエンゲルブレクトも同行しているのだ。

 それに自分の体調も考えてくれてるのだろう。

 「わかった」

 梛央は小さく頷いた。

 「すみません、ナオ様。私が……」

 「テュコのせいじゃないよ。でも、アイナとドリーンにお土産買っていきたかったな」

 残念そうな梛央。

 「ナオ様が無事に帰ることが一番のお土産ですよ。それに、またきっと来れます。今日は早めに休みましょう。明日も外出したくないですか?」

 サリアンに提案され、

 「したい。いいの?」

 キラキラの目を向ける梛央。

 「体調に問題がなければ、ですけどね」

 「帰る。帰って早めに休む。ね、テュコ」

 途端に元気になる梛央に、

 「ええ、帰りましょう。アイナたちが心配して待ってますよ」

 テュコも笑顔を見せた。


 


 梛央たちが夏の離宮に戻ると、玄関ホールでヴァレリラルドが同い年くらいの少年といるところに出くわした。

 「ナオ? なぜそんな恰好を? その恰好で叔父上と……?」

 梛央の美少女姿に、ヴァレリラルドはゆっくり見惚れていたい反面、そんな恰好をさせて連れまわしたエンゲルブレクトに怒りが湧いた。

 「この格好で市場を見てきたよ」

 梛央はヴァレリラルドの前で一回転した。

 ロングワンピースの裾がふわりと広がる。

 「どう?」

 「……可愛い」

 怒りよりも可愛いが先にきて、ヴァレリラルドは頬を染める。
 
 「ヴァルはお友達と一緒だったの?」

 梛央の視線がヴァレリラルドの横の少年に向けられる。

 少年、ベルトルドも梛央に見惚れており、

 「ここの領主であるユングストレーム公爵の三男のベルトルドだよ。公爵と挨拶にきたついでに一緒に剣の稽古をしてたんだ」

 ベルトルドの体格への対抗心で、ついつい熱の入った剣の稽古になったヴァレリラルドだった。

 「ユングストレーム家三男のベルトルドです。お見知りおきを」

 梛央が何者かはわからなかったが、王太子であるヴァレリラルドに対等に話ができる存在であるなら、公爵家の息子である自分よりも上位の存在に違いないとベルトルドは考えた。

 それにヴァレリラルドはナオという少女に強い思い入れがあるようだった。

 確かに見惚れるほど美麗な少女には違いなく、ベルトルドも梛央を見て心がそわそわするのを感じていた。

 「ナオ様、今日は大変楽しい時間を過ごさせていただきました。ぜひまたご一緒しましょう。ベルトルド殿、お父上によろしく伝えてほしい」

 エンゲルブレクトは梛央とベルトルドに挨拶をして、護衛騎士と一緒に自室に引き上げる。

 「僕も楽しかったよ、またね」

 梛央もにこやかに手を振る。

 「はい、伝えさせていただきます」

 ベルトルドはお辞儀をしてエンゲルブレクトを見送った。

 「では殿下。ナオ様にお部屋でお休みいただきますのでこれで」

 テュコとサリアンはヴァレリラルドに一礼して梛央を連れて部屋に引き上げる。

 「今日は私の負けだ……」

 今日一日で梛央とエンゲルブレクトの間に信頼関係が築かれたのが垣間見えて、ヴァレリラルドは屈辱に震える。

 「いえ、殿下の剣は私より数段上でした。私もこれからさらに腕を磨いていこうと思います」

 かみ合わない会話に気付かないほど、ヴァレリラルドは消沈していた。




 
 無事に帰って来た梛央に胸を撫でおろしたアイナとドリーンは、梛央の好きな温いお湯に清涼な匂いのするハーブを入れて疲れた体を労わる。

 寝間着にはまだ早いため、リラックスできる部屋着を着せるとカウチに梛央を座らせた。

 冷たい飲み物を出しながら、

 「市場はどうでしたか?」

 「賑わっていたでしょう?」

 2人は梛央に散策の様子を尋ねた。

 「すごく賑わっていたよ。いろんなものを売ってて、建物の壁が白くて、屋台の屋根の布が赤だったり青だったりして綺麗だった。売ってるものも、人も、建物も、海が近いから海の匂いも、すっごくよかった」

 思い出しただけでも瞳をキラキラさせる梛央だったが、声のトーンを落として、

 「本当はね、アイナとドリーンにお土産買いたかったんだ」

 申し訳なさそうに言った。

 「私はナオ様にたくさん禁止事項を申し上げたのに、私がナオ様の足を引っ張ってしまったんです」

 テュコは散策が打ち切りになった経緯をアイナとドリーンに話した。

 「まあ、そんなことが」

 「ナオ様、テュコ様が心配でも、そこは護衛に任せないといけません」

 アイナに言われて、梛央は黙る。

 自分が怖い思いをしたから、それをテュコに味わわせたくない。けれど自分の身すら守れないのに他の者を助けに行くのは無謀でしかなかった。

 自分の行動の浅はかさにシュンとなる梛央。

 ノックの音がして、ドリーンが扉に向かう。

 扉を開けると、そこで少しやり取りがあり、戻って来ると、

 「ナオ様、ヴァレリラルド殿下が入室の許可を求められておられます」

 「いいって伝えて」

 梛央が許可を出すと、ドリーンは出迎えのために扉へ、アイナはヴァレリラルドにお茶を淹れるために奥へ向かった。

 「ナオ様のお気持ちはわかります。頑張ってくれてありがとうございます。でも、サリアンや護衛騎士はナオ様同様私も守ってくれているのです。ナオ様は無茶をしないでください。もしナオ様がお怪我でもしたら、私たちは処罰を受けるかもしれません」

 「処罰……」

 思ってもいない言葉に梛央は震える。

 「処罰を受けないとしても、主が侍従を庇って怪我をして、それを喜ぶ侍従がいるでしょうか。きっと他の侍従からは蔑まれ、主の身内には恨まれる。そういうものなのです」

 「……わかった」

 泣きそうな顔をする梛央。

 「ナオ、今日は大変だったと聞いた」

 入室してきたヴァレリラルドは、玄関ホールで会った時は元気そうだった梛央が泣きそうな顔をしているのに驚いた。

 「ナオ、どうしたの?」

 「危ないことをしてはいけないって怒られてたところ……」

 「危ないことをしてはいけないっていうのは大正解。身を守る基本です。だが、テュコを守ろうとした勇気をたたえるのはまた別物ですよ」

 ケイレブの言葉に梛央は顔をあげてその顔を見る。

 「ええ。危ないことはしてはいけません。でも、怖い気持ちをこらえて助けにきて下さったことは一生忘れません。ナオ様はとても優しくて、強い。私たちの自慢の主です」

 「そうですよ。だから私たちはナオ様を危険な目に遭わせたくないのです。その気持ちもどうかおわかりくださいね」

 「厳しく言ってしまうのはナオ様が大事だからなんです」

 テュコ、アイナ、ドリーンに言われて、梛央は頷く。その拍子に涙が一筋流れたが、それは愛されてることでの幸せな涙だった。


 
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